ブルセラショップとは、女子高生の着用済み下着や体操服を売却する風俗店である。
ブルマとセーラーを語源としており、元は女子高生の記号的象徴だったそれらの衣服を販売していた店で、現在は他にも水着などの別の衣装や、変わり種では日用品なども販売しているという。
まあ、ようはかなりマニアックな店である。
だがこれらの活動が一番盛んだった頃、当時の女子高生は小金稼ぎにこれらの活動をよく行っていたらしい。
しかし結局問題視され、なんと三桁にもわたる人物が検挙。
青少年保護育成条例がTCGにおけるメタデッキの如く改正される事態になり、ブルセラは静かに終息していった。
しかしそうなった現在でも違法ブルセラショップ的なものは息づいているわけで。
不良としてそういったアングラにも精通してきた身としては、やはり嫌でも思い浮かべてしまうのだ。
何せ路銀を得るべく服を売る、という状況もこのイメージに拍車をかけている。
故にまあ已む無しといった面も有るだろう。
「で、オメーは何ブルセラをシャハルさんに吹き込んでやがりますのよ」
「え、だってウブな子にこういうの教えるの楽しいじゃん? キスもしたことがない女の子に無修正ポルノを見せるのとか最高に興奮するじゃん」
「やめんかおバカさん! 趣味がすげえ悪うございましてよ!?」
中々の悪趣味なセクハラに、有栖は絶句する。
幼馴染みのこういった悪趣味にはついて行けないところがあるのだ。
そんな様子を見ながら、シャハルは内心「流石はアライメントがDarkの女……」と目を細めている。
さて、そうこうしているうちに新しい服の仕立て直しは終わったようだ。
早速「試しに立ってみてください」と言われて二人は立ち上がる。
「おお、これいいねえ……!」
「ですわね……中々、着心地が良いですわ……!」
渡された服は上下セットのレザージャケットなのだが……大商人の商品というだけありフィット感、着心地……共に申し分ない一品だ。
身に纏うだけで、高級品であることがうかがえる。
これなら今までのドレスとスカートよりもより簡単に格闘が出来るだろう。
勿論、する必要が無いならそれが一番なのだが。
「じゃあ……早速明日、のみの市に出かけてみますか?」
「ええ、行ってみましょう!」
シャハルの提案に、有栖はウキウキしながら返答する。
のみの市というのは、ようはフリーマーケットのことだ。
出品は商人から一般家庭まで様々……。
幅広い層に門戸が開かれた場所である。
その手の場所に出品するというのは、羅美吊兎叛徒の仲間とワイワイ話しながら互いの金と物を出し合っていた時間を思い出して中々楽しい。
それを思い出しているのは真白も同じのようだ。
「なんというか、昔を思い出すよね! ときめいちゃうなあ……」
「ですわね、心が躍るというか……懐かしいですわ……」
良い思い出も悪い思い出も、沢山羅美吊兎叛徒の日々には詰まっている。
たとえば真白が家から高級チョコを持ってきた日は、金を通り越して力での奪い合いになったりもした。
その光景を真白はまるで虫の争いを見るかのように笑っていたが……。
それも今となっては良い思い出。
まあ、良い思い出ではあるが血気盛んな者がいないにこしたことはない。
いずれ笑い話に出来るだろうが、せめて今回は終始穏やかに交渉が進むよう祈るのだった。
さて、翌日……。
のみの市はレプレの外れ、古物の穴と呼ばれる広場で行われている。
毎日毎日、この場所には様々な者が集まり商品を売りに出すのだ。
中には勿論、当品を売りつけようとする悪人もいるため注意が必要だが……。
そういう人物にさえ気を付ければ、ここは物品の調達にちょうど良い場所なのだ。
「カーペットよし、と……! ではここに商品を並べましょう!」
「ええ、わかりましたわ!」
出品のルールは簡単、それぞれが持ってきた物をカーペットに陳列し、値札を掲示して購入を待つだけ。
出品者は不当な売価吊り上げも購入の強要もしないし、来客は同じく不当な吊り下げも乱暴もしない。
そうやって互いがマナーを守りあうことによりこういう場は成立しているのだ。
逆に、マナーが悪い者は譲り合いにより成立する場におけるひずみになりかねない。
ひずみを放置すれば、当然待つのは崩壊だ……故に周囲から注意をされやんわりと出て行くよう言われるのだが……。
「ざけんなよ、こんなおもちゃが20オーロなんておかしいだろうが!」
「ひっ、おかしいと思うんだったら他行ってくださいよ!」
「吊り上げのマナーが悪いっつってんだよ!」
マナーというのは暗黙の了解だ、それ故にこういった形でトラブルになることもある。
互いの考えるマナーがずれていると、明確なガイドラインのない場ではトラブルに発展しかねない。
というより、現在進行形でしているのだ。
本来なら自分達の準備もあるのでスルーしてもいいところだが……。
向こう見ずでまっすぐ、周囲を鑑みない正義感……。
そういう在り方は、彼女にとって見知った人々、羅美吊兎叛徒の仲間達を思い起こさせる。
となれば放っておけるはずもなく……気付けば有栖は立ち上がっていた。
「ちょっと準備をお願いしますわ、アタイはあのシャバ僧に少しお灸を据えててきますのよ」
「え、あ、はい! ご武運を!」
サムズアップして尻尾を振るシャハル。
そんな彼女にサムズアップを返すと、有栖はゆっくり歩き出す。
そして、喧嘩をする男二人の間に割って入った。
「失礼……もうそこまでにしませんこと? このまま続けて怪我人でも出れば、それこそ永続的な出禁にされてしまいますわよ?」
「なんだこのガキ……! 大人に生意気抜かすんじゃねえ!」
「大人なら大人らしく年齢相応の振る舞いというものがあると思いませんこと? 不満が有る気持ちも納得できましたから、今日は双方諦めて帰宅することで手打ちにすれば一件落着でしょう?」
有栖の問いかけに、因縁を付けられている側の男は面倒なのか「もうそれでいいです」と納得しているようだ。
だが因縁を付けている側の男は、流石にここまでしておいて退くのはメンツが痛むと思ったのだろうか。
拳を握りしめ、納得がいかない様子だ。
そして……勢い良く、有栖へと拳を振るった。
「おっと……有栖ちゃん大丈夫?」
「ええ、全然大丈夫ですわ……こんなシャバ僧如きがアタイを傷つけようなんざ、百万年早くてよ……」
「て、テメエ……!」
真白に拳を受け止められ、男は顔を赤くする。
そして、ばつが悪そうに踵を返すとそのまま走って行った。
良かった、これで一件落着だ……。
誰もがそう安堵し、有栖と真白はハイタッチをして笑い合う。
だがその時……。
「きゃっ! 何するんですか!!」
背後から聞こえる声。
振り返ると、そこではシャハルが倒れていた。
そして……荷物が一切無い。
何一つ敷物の上に残っていないのだ。
「大変です、あの人が急に荷物を奪いました!」
「何……!?」
シャハルが指さす方向、そこには逃げ去る女がいた。
その背中を見ながら、有栖は舌打ちする。
バイクがこの場にあればすぐ追いつけたが、生憎とバイクはまだデネボラ邸の厩舎だ。
取りに行くよりは、素直に追うべきだろう。
「シャハルは衛兵に連絡を、アタイ達は追いますわよ!」
「は、はい!」
「んー、やれやれ……シャハルちゃんすぐこういうの巻き込まれるねえ、カモのオーラがあるのかな」
「カモじゃなくて犬ですよ!」
「あのなあ……漫才してねえで行きますわよ!」
呆れ顔で走り出す有栖。
その後ろに「はーい」といいながら続く真白。
その背を見ながら、シャハルは周囲に騒がせたことを謝罪し、衛兵のもとへ向かうのだった。
「お待ちなさいな、このアマ!」
「大人しく止まれば、小指一本で勘弁するよ!」
「真白、脅すんじゃねえですわよ!」
「相手が止まりにくくなるって? それ、言えた口じゃないって!」
わちゃわちゃとじゃれ合いながらも、女性を追う二人。
その前で女性が住宅地の角を曲がる……。
そこへ二人も入っていくが……。
「あれ、行き止まりだ!」
「はあ……!? 何がどうなってますの……!?」
向かった先は行き止まり……。
周りの家のドアはこの位置ではないし、奥には岩壁があるだけのシンプルな袋小路だ。
周囲の家はどれも屋根が高く、上れるような高さではない。
では目の前の岩壁はどうか……と考えるが、そこもまた常人の飛び乗れる高さではない、どうやら街の外は山らしく、岩壁に見えたのは切り立った崖のようだ。
「あっちゃー、見失ったか……どうする?」
「勿論……種や仕掛けを探しますわ! こんなの許せない……アタイ達は何もしてねえのに荷物を奪われるなんざ間違ってますわ! 絶対に筋を通させないと納得いきませんもの!」
「ま、だねえ……指五本奪っちゃうかあ」
嬉々として言いながら笑みを浮かべる真白。
一方、有栖は怒り顔だ。
どちらに捕まるにせよ……あの泥棒は無事ではいられまい。
そう考えながら、真白は泥棒がどんな苦悶の顔を見せてくれるのか、内心楽しみにするのだった。
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