「さーてさて、こういうところは通説通りなら秘密の抜け道が……おっ、ビンゴビンゴ!」
「えっ、マジですの!?」
岩壁を軽く叩き、中に空洞があることを確認する真白。
それだけじゃない、触った感覚からしてどうやらこれは岩壁に偽装された木の扉のようだ。
ならばこの先こそが泥棒の通った道で間違いないだろう。
しかし真白は、指を左右に振ると有栖を制止した。
そして壁を指さす……如何にも無機質で何もない壁だ。
そう、何もないのだ……スイッチもレバーも。
「チッチッチ……問題は、入り方が分からないことなんだよね、たーぶんこの先の抜け道があの泥棒の使った道で間違いないんだろうけど」
「入り方、なるほど……その問題が確かに有りますわね……チッ、まだるっこしい事ですわ」
壁を叩き、地面を確認し……二人で周囲を確認する。
しかしスイッチらしきものなどは見つからない。
頑張って探すが……正直段々とイライラしてきた。
こういうまどろっこしい作業は大嫌いなのだ。
もっとパーッと、手早く終わらせて先へ進みたい。
「チッ……ああもう! この壁……壁に偽装されてるけども、実際んとこは木のドアなんですわよね?」
「材質的にはそうっぽいかな、触った感覚とかでの推測だけど……たぶん魔術的な何かで視覚だけいじられてるっぽい?」
「よっしゃあ! じゃあこうですわ! ウラァ! オラアアァァァ!!!」
足を正面に上げ、思い切り壁を蹴る有栖。
俗な言い方をするところの、ヤクザキックという奴だ。
羅美吊兎叛徒として活動していた頃、敵対していた連中のアジトにカチコミへ向かうも入り方が分からずドアを蹴り開けた事が何度か有った。
得てして表に出来ない不良行為をする者の隠れ家などはボロい家などを間借りして行っていることが多く、蹴りで何とかなることが多かったのだ。
また、こういった蹴りの効果はドアを蹴破ることだけではない。
大声でがなり立てながら蹴りを入れれば、その衝撃と音で中の人間が出てくるのだ。
「る、るっせえぞ! 何だテメエ!」
「開けやがったな! カチコミですわ、覚悟しやがれボケナスが! テメエら次に朝日を拝む場所は留置所でしてよ!」
「あはっ、やってることは完全にうちの若衆だよねえ」
狙い通り、騒音に耐えかねて中から出てくる男。
恐らく盗賊仲間なのであろう男に、有栖は拳をたたき込む。
その様子を見ながら、真白は腹を抱えて笑っているようだ。
一方、自身も応戦は忘れていないようで、腹を抱えて屈む動作をしながら足を後ろに上げて、油断して近寄ってきた盗賊を蹴り飛ばす。
どうやら見張りはこの二人で間違いないらしい。
奥には暗い洞窟が続いている……。
「さてさて、ここが通路ってのはビンゴだねえ、なるほど中のレバーで開けてたのか……きっと合い言葉か何かがあって、それを言われて初めて開けるんだろうなあ」
「中々暗くて気味がわりい洞窟ですわね……どうするべきか、進むか衛兵を待つか……真白はどう思いますの?」
「んー、ここがファンタジックな世界である事を考慮し、通路に恐ろしい怪物がいるかもしれないという線も考えられる、でもでも通路なんかにわざわざそんなの置くの? って疑問もあるかな、だってそれしたら他の奴が通れないもん」
慎重案、楽観案、二つの案を提示する真白。
その隣で有栖は顎をさすり考え込む。
どちらの意見も捨てがたい、悩ましい局面だ。
だがいつまでも悩んでいてもしょうがないだろう。
そう考え……顔を上げると、拳を手の平に叩きつけた。
「よし……決めましたわ、奥へ進むとしましょう、ここで攻めあぐねて高飛びでもされちまうのが一番困りますわ、殆どの荷物はデネボラさんの家とはいえ……ここでお金を稼げなければ路頭に迷うだけですもの」
「オーケー、ここまで来たら一蓮托生……地獄の底まで付き合うよ、マイバディー」
羅美吊兎叛徒時代にいつも言っていた軽口を叩き、笑う真白。
そんな彼女に笑みを返し、有栖は歩き出す。
そして……。
突如、その体をもつれさせた。
躓いたというわけではない、顔を青くして頭を抱えている……。
頭痛を感じているのだろうか?
「うわ……! 顔青いよ、どうしたの?」
「……分からねえ……なんだ、今声が……あの時と同じ目眩……?」
「声……? 何も聞こえなかったけど……」
辺りを見回す真白、彼女には何も聞こえていないようだ。
しかし……有栖の耳には、いや頭には確実に声が聞こえていた。
あの日、学校で聞こえてきた声と同じものが……。
もしかすると、あの時の声が自分達を転移させた犯人なのだろうか。
「声はなんて?」
「……ズレたから迎えに行く、らしい……なんだそりゃ……って感じですわね……」
口調を取り繕える程度には余裕が出てきたのだろう、有栖は立ち上がり頭を振る。
そしてもう一度、前をじっと見た。
そんな有栖を落ち着かせる為なのか……真白が後ろから抱きつく、そして……。
突如として周りが真っ白になっていく。
「……!」
目を見張る、とはこの事だろうか。
驚愕のあまり目を見開く有栖の前で、またあの時と同じ光の道が開かれる。
そして……そこには一匹の兎がいた。
あの時、バイクが勝手に追いかけた兎だ。
『さあおいで』
「……! あっ、今度は私にも聞こえた!」
声が聞こえたらしく、真白が声を上げる。
その様子に兎も満足げだ。
同時に、何か引き寄せられるような感覚がする。
きっとまたバイクが勝手に動いたのと同じように引きずり込まれ、転移させられるのだろう……。
だが……有栖は首を左右に振った。
「ダメだ! 泥棒は捕まえていないし、デネボラさんへ一宿一飯の恩義も返していない! そんな状況でどこかへ連れて行かれるなんて、筋が通っていませんわ!」
『……! おやおや、そうくる?』
声の主は少し驚愕したようだが、すぐに面白そうにコロコロと笑う。
そして……『いいよ』と言うと引き寄せられるような感覚が一気に失せていった。
どうやら、転移させるのは諦めたらしい。
無理矢理転移させたというのに……いやに聞き分けが良い様子だ。
『代わりにこちらから、君に助っ人を送ってあげようかな』
「は……? なんでですの? 助っ人って……」
『万一ここで死なれては呼んだ意味が無いし、それにここで恩を売れば義理と筋にこだわる君は私のもとへ来ざるを得なくなるはずだ』
どうやら、今は諦めこそするがどうあっても来て欲しいらしい。
だが、この不安な状況を堅実な形に出来るというなら受け入れるのもありだろう。
というより……光の道から、既に誰かがこちらへ来ている。
助っ人に関しては有無を言わせず寄越すつもりのようだ。
あの兎が声の主なのかは知らないが……もしそうだとすれば、中々の狡兎。
有栖の性質をよく理解していると言える。
そんなことを考えていると……光の道が消え、目の前に一人の女性が立っていた。
「あー……どーも、モストロ軍所属、戸西朧……まあよろしく頼みます」
気だるげな女性で、肩まで有る茶髪を首の辺りでまとめている。
肌は白く背は高く……一見ごく普通の人間のようだが、その目は瞳孔が縦に割れていたりと人間離れした雰囲気だ。
何はともあれ、どうやら先ほどの声の主はモストロという場所に所属しているらしく、この女性はそこから遣わされた助っ人らしい。
だが……正直あまり強そうには見えないのだが。
背丈は有栖達より少し高く、日本の成人女性くらいだろうか。
服装は貴族的なレザージャケットにハンチング帽及びズボンと、どこかラフだ。
目こそ人間離れしているが、正直それ以外はあまり強そうな要素が無い。
「えーと……あなた助っ人だって話しだけど、強いの?」
「そりゃもう、盗賊風情とか片手で皆殺しに出来るくらいには……」
「……はあ!? なんじゃそ……げふん! 分かりましたわ、お力お借りします、というか嫌って言っても来るんでしょう? それが恩を売るって目的なわけですし……しょうがねえから乗ってさしあげますわ、ただ……殺しは無しですわよ」
「はあ……それまたなんで? 相手はこの近辺を騒がす悪党で、殺しだってやってますよ、精算させんのが筋じゃ?」
「それは被害にあった者がすべき事、私達は荷物だけ取り返してえんですの、よろしくて、余計なことをすれば恩だなんて感じませんわよ!」
有栖の言葉に、朧は面倒そうに息を吐く。
そして「中間管理職って辛いなあ」と呟き目を細めた。
中間管理職……それが彼女のポジションだというのなら、どこか疲れた様子も納得か。
どうやら、どんな世界でも辛いポジションというのは同じらしい。
「そんなに辛いの?」
「そりゃもう、急に召喚されるしこういう場じゃ我は通せないし……おっと、迂闊なこと言って窮奇様に聞かれてもまずいか……今の内緒でよろしくお願いします」
「あ、ああ、いいですけど……なんというか世知辛い話ですわね」
中間管理職の世知辛さ、それを感じつつも有栖は窮奇という名前をしっかりと覚える。
恐らく、それが自分達をここへと呼んだ存在の名前なのだろう。
いずれ筋を通すことになるのか……それともまた別の道があるのか。
それは分からない……だが、忘れてはいけない。
そう考える有栖の前で、朧が歩き出す。
どうやらとっとと終わらせて帰りたいようだ。
放置しては面倒になって盗賊を殺してしまうかもしれない、それは筋が通らないだろう。
そう考えた有栖は、彼女を慌てて追いかける。
その後に真白も続き……こうして、洞窟の攻略が始まるのだった。
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