思考の波に攫われた意識を呼び覚ましたのは、右耳にくっつけていたスマートフォンが放つ爆音の着信音と、振動だった。
私は飛び上がるほどに驚き、慌てて画面を確認する。弟の智弘の名前が表示されていた。
咄嗟に、倫子おばさんとの通話を保留にして智弘からの電話を取るため、画面に表示されているはずの保留ボタンを探してーー渇いた嗤いが止まらなくなった。目頭がじんわり熱く、肺が痛い。
画面のどこにも、保留ボタンは表示されていなかった。あるのは、智弘からの着信を告げるメッセージのみだ。
即ち私は、誰とも通話していなかったという事になる。
きしむ肺にそうっと酸素を送り込み、意識してゆっくりと、吐き出した。
肺を空っぽにして数秒の間、感情をおさえつけるために呼吸を止める。苦しくなってそらを見上る反動を利用して、智弘からの着信を受信した。
「寝てたの? 随分出んのに時間かかったじゃん」
私は呼吸を整えながら無難な相槌を打ち、弟が話しだすのを待った。
「さっき倫子おばさんから電話があってさ、最悪なんだけど。宗教の勧誘だったわ。そういうのマジ無理。
なんか、姉ちゃんにも電話したとか言ってたけど、大丈夫?」
べつに、大丈夫。何も問題ないーーそう、言ったつもりだったのだけれど、実際には言葉が喉の奥で氷になって、口蓋に張り付き出てこなかった。
その数秒の沈黙で、智弘は私の感情を読み取ったらしい。
「今、近所でハンバーガー買った所。姉ちゃん、ごはんまだなら一緒に食べよ」
智弘はそう言うと、私の返答を待たずに通話を切ってしまった。
通話終了を告げる電子音を聞いていると、全身から力が抜けていった。両手をだらりと下げると、ゴトリと嫌な音がして、床にスマートフォンが転がり落ちる。
私はだらしなく床に寝っ転がって、天井を仰ぎ見た。
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