お久しぶりね、玲奈ちゃん。電話をかけてきてくれてありがとう。
良いの良いの、大変な事が起きた後だもの。わたしへの連絡なんて後回しにしてくれて構わないのよ。
玲奈ちゃんの声が聞けただけでも、わたしは嬉しいわ。
本当はね、美味しいお紅茶でも飲みながらゆっくりお話ししたいなって思ってたんだけど……玲奈ちゃんは気を使うでしょうし、しばらくはそんな余裕もないかなって思って、こんな形でお話しさせてもらっているの。
そう緊張しないでね。
これはただの世間話。良いニュースも悪いニュースも無いのよ。安心して。
まず誤解してほしくないのはね、わたしは、「お母さんにも事情があったのだから赦してやりなさい」なんて言いたいわけじゃないの。
家族との関係の中で玲奈ちゃんが傷ついたり、嫌な思いをしたとして、それを無かったことにしてはいけないわ。
いくら不幸だったからってね、何をしても赦されるとは思わない。
でもそれは、玲奈ちゃんにも言える事よ。
玲奈ちゃんがご家族のことを、赦すのか、憎むのか、相反する感情を抱き続けるのかは、玲奈ちゃんが選ぶこと。
でも、親との関係性にいつまでも捕らわれているのは、もったいないとわたしは思うわ。
例えばね、「生まれてきた環境が悪かったから、現状がうまくいかないのも仕方がない」だとか、「親がもっとマトモだったら私だって今頃」だとか……そういう言葉を聞いたことはない?
玲奈ちゃんのご両親がそうだと言いたい訳ではなくて。事実としてね、世の中にはどうしようもない人間っているものよ。
勿論、悲惨な環境のせいで、平均的な環境にいる人たちからは、想像も出来ないハンディキャップを負ってしまう人もいる。
親からされたことを憎み続けるのも人生。
それも一つの道だと思うし、そうしなければ命を繋ぎ止めていられない状態だって、確かにあるわ。
でもね、親を憎み続けることにばかりエネルギーを使ってしまって、己の現実から目を逸らしてしまうのは、違うと思うの。
頑張り屋さんの玲奈ちゃんには、自分の人生に集中して欲しい。
うまく行かない時があったとしても。休んだったって良い、ゆっくりでも構わない、自分のために生きて欲しい。
家族のために自分をすり減らすのはもう、終わりにして良いと思うの。今まで十分、頑張ってきたんだから。
わたしは、玲奈ちゃんのそばにずっといた訳じゃない。本当に困っている時にも、駆けつけてあげられなかった。そんな人から偉そうに、ああだこうだ言われて、嫌な気持ちになるかもしれないわね。
でもね、「そんな」位置にいるからこそ、見える物もあると思うの。
今、玲奈ちゃんには「お母さん」の存在が、とても大きなものとして認識されているんじゃないかしら。誤解を恐れず言葉にすれば、まるで神様みたいな絶対的な存在として。
だから、自分に生ずるリスクのことなんかお構いなしに、お母さんの希望を叶えてあげようとしちゃうのかもしれないわよ。
えへへ、そう、実は智弘君から何があったか聞いちゃったのよね。
内心の葛藤はともかくとして、実際のところ玲奈ちゃんは、お母さんの望みを拒絶した。
それって、とっても大切なことなのよ!
あなたはお母さんと同じ人間ではないし、お母さんの手足でもない。別個の人格を持った、独立した人間なの。そこを見失わず、きちんと将来のことを考えられた自分を、きちんと誇って欲しい。
でもこのままじゃ、玲奈ちゃんは、お母さんの希望にそえなかったことを、ずっと後悔してしまうような気がしたの。
玲奈ちゃん、あなたは、誰のために生きているの?
これからは、誰のために生きてゆくの?
今の玲奈ちゃんにとって、お母さんへの愛が「信仰」という言葉に置き換えられる状態なら、お母さんが――洋子さんが、「親として」ではなく、「一人の人間として」どんな人物だったのか、どう言う心理状態だったから、玲奈ちゃんにひどい事をするに至ったのか――知る必要があると思うの。
洋子さんという人を、きちんと客観視して。
良い所も悪い所も、自分の中で消化しないとね。
そうでないと、玲奈ちゃんの中で「お母さん」は永遠に神格化されたまま。
自分の一生を、お母さんのために捧げてしまってもいいの?
言うことを聞かなきゃいけない、大いなる存在に、自分の未来を縛られて良いのかしら。
うん、そうね。長い話になるわ。
美味しい飲み物でも持っていらっしゃい。
チョコクロワッサンとジンジャーエールは、あんまりおすすめしないけど。
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