正義たちは再び聖堂へとやって来た。
聖堂を出て天を仰ぐと、お昼ぐらいなのだろう、日は中天に差しかかっている。
「じゃあ、行こっか!!」
太陽の日差しに目を細めると、沙希は元気に言って大地を蹴った。
正義たちも互いに頷き合って沙希を追いかける。
幾分か涼しい風が、みんなの背中を押していた。
× × ×
正義たちがレッドバロンに近づくと、城門前で遊んでいた子供たちが、「あ、勇者だ!!」と歓声を上げて近寄って来た。
子供たちの中から、肩まである金髪の女の子が進み出た。
「勇者さん、わたしはマリーって言うの。お父さんとお母さんがお仕事中だから、年長さんのわたしがみんなの面倒を見てるんだよ!!」
マリーは腰に手をあてて得意気に話した。
「そっか、マリーは偉いね♪ お父さんとお母さんは何のお仕事してるの?」
沙希は正義たちが聞いたことの無い、優しい口調で尋ねた。
「お父さんは鍛冶職人で、お母さんは魔法使い!!」
「へーすごいね♪」
「でしょー」
幼い子供との平和なやり取りだが、出てきた単語は『鍛冶職人』に『魔法使い』である。正義たちは異世界に居ることを改めて痛感した。
やがてマリーは、「勇者さんが来たの、町のみんなに知らせて来るね!!」と言って、子供たちを引き連れて町中へと駆けて行った。
「魔法使いに鍛冶職人か……やっぱり違和感あるな。上手くやれんのかな……」
正義は子供たちの背中を目で追いながら不安を口にした。
「自分で来ることを選んだわけだし、頑張れるだけ頑張ってみようよ!! そうでしょ、生徒会長さん!!」
笑顔で言うと沙希は小さくガッツポーズを作ってみせた。
沙希の笑顔にはいつも励まされる。正義は不安を口に出した自分を恥ずかしく思った。
× × ×
「いやー信じてましたよ!! きっとまた来て下さるって!!」
『勇者の宿』の会議室に再び正義たちとビンス、ガンバルフがそろった。
沙希の言う通りなら、正義たちの世界での一時間がレッドバロンでの一日となる。
正義たちは一日近く現実世界に居たので、こちらでは三週間以上経っているはずだ。それなのに、ビンスは勇者の再来を信じていたらしい。
ビンスの調子の良い態度は全く変わっていなかった。
「いや~、迎えにあがろうかとも思ったのですが……ガンバルフ先生に止められちゃって……」
ビンスは頭を掻きながら言った。
「あ、来なくて大丈夫です。ビンスさんやガンバルフさんが僕たちの世界に来たら……きっと、捕まって病院に入れられてしまうので……」
正義が正直に答えると、ガンバルフはその鋭い眼光を向けた。
「なんて失礼な言い草じゃ!! 魔法の力を使って異世界に行くことは固く禁じられておる!! 魔法使いなら誰でも知っておる不文律じゃ!! 頼まれても行かんわ!!」
勝手に異世界の人間を召喚するのはいいのかよ!? と誰もが思ったが、いろいろと面倒なので誰も口に出さなかった。
「まあまあ。せっかく勇者さまがいらしてくれたのです。話し合いを始めましょう」
ビンスが音頭を取り、やっと『レッドバロン復活会議』が始まった。
× × ×
会議が始まったからといって、簡単に名案が出るわけではない。
いたずらに時間が過ぎてゆく中で、沙希と佳織だけが何事かを話している。佳織は沙希に頼まれて何かの図面を紙に描いていた。
「沙希ちゃん、できたよ!!」
「ありがとう!! かっちゃん、とっても上手だよ!!」
納得した声を出すと沙希は立ち上がり、ビンスを見た。
「ビンスさん、この町の人口が記載された資料って有りますか? それと、近隣を詳しく記した地図も。後……これを作って下さい」
沙希は佳織が書いたそろばんの図面をビンスに渡した。
初めて勇者たちから具体的な指示が出たことにビンスは大喜びした。
「人別帳と地図ですね。畏まりました!! それとこの図面は……伝説の武器かなんかの設計図ですか!? ……それにしては……あまり強そうじゃありませんね……」
「それは武器じゃくて、そろばんっていう計算の道具なんです」
「そうでしたか……。これなら、鍛冶屋のジョルジュや木工職人のドグに頼めばすぐにでも出来ますよ!!」
「じゃあ、よろしくお願いします。それと……もう一つお願いがあるんですけど……」
「はい、なんでございしょう?? 勇者さま、なんなりとお申し付けください」
「……レッドバロンの予算、使い方を任せてもらえますか?」
「「「!!!!????」」」
沙希の申し出に驚いたのは、ビンスやガンバルフよりも正義たちの方だった。
みんなの視線が沙希に集まる。
沙希は真剣な眼差しでビンスを見据えていた。
「予算……ですか……」
ビンスは少しだけ考えた風だったが、すぐに意を決した顔になった。
「勇者さまを召喚すると決めた時に、レッドバロンの命運を預けると覚悟しております。予算の使い道は……全て勇者さまにお任せいたします!!」
「「「!!!!????」」」
ビンスが快諾すると、正義たちは驚いて互いに顔を見合わせた。
思い切った提案をする沙希も沙希だが、承諾するビンスもビンスだ。
「とんでもないことが決まった」と、正義たちは固唾を呑んで見守った。
「ビンスさんありがとうございます。さっそくですけど、人別帳と地図とそろばん。そして、レッドバロンの収支予算書をよろしくお願いします」
「わかりました。すぐに用意します!!」
沙希が念を押すと、ビンスは快く頷いてみせた。
第一回『レッドバロン復活会議』は、町の予算が全て沙希に預けられることが決まって、幕を閉じた。
それにしても……。
いくら勇者だからといって、一つの町の予算を任される高校生はそう居ないだろう。これではますます責任重大で、レッドバロンを何としてでも復活させなければならない。
──だ、大丈夫なのか??
正義は沙希の決断を不安に思った。しかし、正義を含めて、誰も異議を唱えなかった。みんな、「篠津高校の鉄血宰相が考え無しに予算を預かるはずがない。沙希ならなんとかしてくれる」と沙希を信頼していたのだ。
やがて……。
「今日はありがとうございました。レッドバロンにはこの『勇者の宿』の他にも、『勇者ホール』といった演劇ホールもございます。勇者のみな様はレッドバロンの観光でもなさって、どうぞご自由にお過ごしください」
ビンスはそう言ってガンバルフと共に会議室を出て行った。
× × ×
会議が終わっても、正義たちは会議室に留まっていた。
正義は何気なく会議室の窓から外を見た。そこには閑散とした街並みが広がっている。そして、人影もまばらだった。
ふと……。
正義に一つの疑問が湧いた。今居る『勇者の宿』が大仰な建物のわりに、人の出入りが極端に少ないのだ。それこそ、皆無と言って良い。
「なんで『勇者の宿』を利用する人が少ないのかな……平日ってことか?」
「違うと思うな……」
即座に沙希が否定する。
「多分、『篠津町健康ランド』と一緒で、町の人は泊まらないんだよ。せいぜい温泉に入るくらいで……」
「それ、解りやすい」
茜が笑って納得している。
「この『勇者の宿』を建てるくらいだから、それなりにまだ予算は有ると思うんだ。後は、この町の労働人口に応じて仕事を作れれば……少しはなんとかなるんじゃないかな……」
「なるほど……で、その仕事って?」
京子が興味深そうに聞くと、沙希は苦笑いを浮かべた。
「それが思いついたら苦労しないよ……」
「あ、あの……」
遠慮がちに佳織が小さく手を上げた。
「特産品とか……どうかな? 『篠津饅頭』みたいな感じで……」
『篠津饅頭』とは『レタス侍』が描かれた包装紙に包まれただけの、何の変哲もない饅頭のことである。そして、餡が特別美味しいというわけでもないのに割高だった。
「あーあれね……一回食べればもういいよな」
「わ、わたしは結構、好きなんだけどな……」
笑いながら答える茜を見て佳織は俯いてしまった。
「そういえば……」
沙希が何かに気づいた表情で京子を見る。
「京子に頼みがあるんだけど、タイムキーパーをお願いできないかな?」
「タイムキーパー? ……あ、そっか。時間経過を把握しなきゃダメか……。自分たちの世界に帰るタイムリミットが有るんだった……」
京子は沙希の言わんとしている所を察して納得した。
「でも、どうやって時間を把握する? スマホは無いよ?」
京子が言った瞬間。
ボ、ボーン!!
どこかで聞きなれた音がした。
全員が音のする方を見ると、会議室の壁に見慣れた十二進法の丸い盤が掛けられている。
「時間の概念は共通なんだな……気付かなかった」
勇人が感心しながら言った。
確かに、前回レッドバロンにやって来た時には時計の存在に全く気付かなかった。みんな、異世界に召喚された事実を受け入れることで精一杯だった。周りに気を配る余裕なんて全く無かったのだ。
しかし、今回は自分たちの意志でレッドバロンへとやって来た。今はこの世界をもっと知る必要が有る。みんな、そう思い始めていた。
「君たち、部屋でじっとしているつもりかい? それじゃあ、つまらないじゃないか。レッドバロンで経験値を稼いで来ようよ!!」
みんなの気持ちを知ってか、知らずか。敬が力強く提案する。
みんなは頷き合ってレッドバロンの街中へ向かうことを決めた。
ビンスに懐中時計を借りると、正義たちは『勇者の宿』を出てレッドバロン探索へと出発した。
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