勇者たちの産業革命

田舎の高校生、異世界で町おこし!!
綾野トモヒト
綾野トモヒト

第41話 勇者、トイレに行く

公開日時: 2021年5月5日(水) 18:00
更新日時: 2021年5月14日(金) 23:57
文字数:2,140

 携帯コンロで湯を沸かして豆スープを作り、干し肉をあぶって乾パンと一緒に配る……食糧班と呼ばれる人たちは手際よく食事の準備を進めた。


 彼らは戦時には輜重隊しちょうたいを務め、兵站へいたんになっているとサリューは正義たちに説明した。


 正義と勇人はサリューやジョルジュ、ドグ、グレイと一緒になってコンロを取り囲んだ。プラットでは他の人たちもそれぞれコンロを囲んでいる。


 第6層の浸水に落胆した人たちも、食事が進むと人心地ひとごこちがついたらしく、プラットには談笑も響いた。


 食事を終えると、サリューは沸かしたお湯でお茶を淹れながら口を開いた。


「本当に……何とかなりそうですか? ……熱いですよ。気をつけてください」


 サリューはお茶が入った金属製のカップをドグに渡した。


「フム……」


 ドグは皺だらけの手でカップを受け取ると、視線を上げた。


「わしは木工職人じゃ。木組みのカラクリは作れるが、それではあの浸水に太刀打ちできん。しかし、勇者さまがもたらした技術……特に、あの往復運動を活用すれば、水を吸い上げる排水機ができるかもしれん」

「す、吸い上げる!?」


 サリューは目を見開いた。


「そうじゃ。勇者さまの技術は水車や風車のように、水や風の力を必要とせん。蒸気の力を使う革新的な技術なのじゃ。吸い上げることも可能と思うがどうじゃ?」


 ドグがジョルジュに視線を送ると、ジョルジュは頷き返した。


「ああ、ドグ爺の言う通りだ。蒸気による圧力の増減、それと俺たちが持つ送水技術を組み合わせれば……。大量の水を吸い上げる、揚水ようすい機関きかんができる」

「よ、揚水機関……」


 初めて聞く技術機関の名前にサリューは息を呑んだ。と、同時にサリューの胸に熱いものが込み上げて来る。


 大賢者が召喚した勇者やその仲間たちが、衰退するメヴェ・サルデのために新たな技術を提供してくれる。これほど有難く、頼もしいことは無い。


「あ、ありがとうございます……」


 自然と、サリューの頬を涙が伝った。


「若き領主よ。まだ何もうまくいっておらん。涙は早いワイ」

「そうだ、領主さん。俺たちはまだ何もしていない」


 ドグとジョルジュは困った顔になった。


 サリューやドグ、ジョルジュの様子に正義はホッと胸を撫で下ろした。ガンバルフが居なくて一時はどうなるかと思ったが、蓋を開けてみればサリューはレッドバロンの技術を信頼してくれた。隣を見ると、勇人も笑顔でお茶をすすっている。


 その時。


「あ、あのう……」


 ずっと黙っていたグレイが申し訳なさそうに手を上げた。


「盛り上がってるところ悪いんだけど……ボク……かわやに行ってもいいかな……?」


 グレイは頬を赤らめ、モジモジしながら言った。


 サリューは眉根を寄せてグレイを見た。


「グレイさん、申し訳ありません。今、近くに厠はありません。廃棄坑道を使ってもらうしか……」

「え!? そうなの!? ……」


 グレイが焦っていると、メヴェ・サルデの女性技術者二人が話しかけてきた。


「あの……わたしたちも厠に行きます。もし良かったら、あの廃棄坑道に一緒に行きませんか?」


 傘付きのランプを持った女性が坑口こうぐちの一つを指さした。


「え……あ、ありがとうございます!!」


 グレイはホッとした様子で二人の技術者と一緒に廃棄坑道へ向かう。


 グレイに言われてみると、正義と勇人も急にトイレに行きたくなった。しかし、トイレとして使用する廃棄坑道はグレイたちが使っている。


「あ、あの……だ、男性用はありますか?」


 正義が恐る恐る尋ねると、サリューは苦笑してプラットの窓を指さした。


「ここにある廃棄坑道はグレイさんたちが向かった所しかありません。ですが、あの窓を出て、外壁沿いに降りると、もう一つの廃棄坑道があります」

「ありがとうございます。勇人、俺たちも行っておこうぜ」

「ああ」


 正義と勇人はそろって腰を上げると、プラットの窓へと向かった。


×  ×  ×


 正義はランプを片手に、プラットの窓から身を乗り出した。窓の外はベランダのようになっており、そこから幅2メートルほどの道が大穴の壁に沿って設けられている。


「正義、行こうぜ」


 同じくランプを持った勇人が先にベランダに降り立った。


「ま、待ってくれよ」


 正義もベランダに降りると、勇人は先導して歩き始める。


 巨大な昇降機が行き来するだけあって、入ってみると大穴は思ったよりも規模が大きかった。大穴は円形で、道は下り坂になっている。右手側には切り立った崖が迫り、左手側には暗闇がポカンと口を開けていた。


 ぼんやりとした魔導石の輝きと、足下を照らすランプの灯りを頼りに正義は道を進んだ。落ちたら一巻の終わりだと思うと、正義は股間が縮み上がった。勇人は恐ろしくないのか、どんどんと前へ進んで行く。


 やがて、道が途切れるのと同時に坑口が現れた。これがサリューの言っていた廃棄坑道だろう。


 先着した勇人が足を止めた。


「正義、見てみろよ……」


 勇人はランプを掲げた。


 勇人の視線を追いかけてランプをかざすと、すぐ真下に水が迫っていた。黒い水面みなもでランプの灯りが揺れている。

 

「第6層近くまで降りて来たんだな……」


 勇人は来た道を仰ぎ見た。


 数10メートル上空の窓から光が漏れている。あそこがプラットの窓だろう。かなり下まで降りてきたことがわかる。


「さっさと用を済ましてもどろうぜ」

「そうだな……」


 勇人に促されて、正義は坑道へと入った。



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