勇者たちの産業革命

田舎の高校生、異世界で町おこし!!
綾野トモヒト
綾野トモヒト

第61話 勇者、瞳に闘志を宿す!!

公開日時: 2021年5月30日(日) 12:00
文字数:2,342

 『熱波ねっぱ苦悶くもん開脚走かいきゃくそう』……砂漠を縦断する『熱砂回廊』を20キロ走破する戦いは7キロ程を進んだ。その行程は『熱波苦悶開脚走』の名に相応ふさわしく、熱い日差しと砂丘の高低差がテレサと京子の体力を容赦なく奪っていった。


 石道を駆け抜けるテレサと京子の苦闘をよそに、二人に並走する砂船からは人々の熱狂的な歓声が上がっていた。人々は砂漠を駆け抜ける二人に一喜一憂しながら、激励の声を張り上げている。


 テレサは先を行く砂船の中に『砂漠の幽霊船』を見つけた。そして、甲板に腕を組んで仁王立ちするサーシャを確認して笑みをこぼした。


──サシャねえ、見てて!! 勇者相手に勝利してみせるよ!! そして、ガルタイ族の名声をいっそう高めてみせる!!


 サーシャの姿に鼓舞されたテレサは、力強く石道を蹴った。


×  ×  ×


 砂漠のマラソンは依然としてテレサが京子の前方を走っていた。


 テレサのしなやかな肢体が動く度に束ねられた赤髪が揺れ、頬を伝う汗が石道に落ちて小さな染みを作る。その染みが乾ききる前に、その上を京子が駆け抜けてゆく。


 砂漠の民としての誇りを胸に走り続けるテレサは、後ろから差すような視線を感じていた。後方からは絶え間ない足音と共に、確かな気迫が伝わって来る。


 緩やかなカーブに差し掛かると、テレサはチラリと後方を確認した。20メートル程後ろを、京子がピタリとくっついて追いかけてきている。その走りはテレサと同じで力強い。


──ふーん……。


 テレサは感心すると共に、何事かを思いついて少しだけ速度を緩めた。


 テレサが減速すると二人の距離は10メートル程に縮まり、砂船からの歓声が大きくなった。


 しかし……。


 ある程度テレサとの距離が縮まったものの、京子はそれ以上テレサを追い抜こうとしてこない。


──へぇ……やるじゃん、勇者さま♪


 自分のペースを崩そうとしない京子を見て、テレサは心の中で称賛した。


 テレサは今までに何度か『熱波苦悶開脚走』を戦ったことが有る。


 男女を問わず、大抵の相手はテレサが減速すると慌てて加速し、追い抜いてゆく。みんな、多数の観客を前にした興奮と、暑さで思考が麻痺し、無理にテレサを追い抜いてゆくのだ。そして……ペースを崩して自滅する。

 

 京子はテレサの撒いた餌に喰いつかない。


 今までの対戦相手とは違い、京子は冷静な試合運びを心がけている。


 ニヤリ。と、テレサの口元が上がった。


──面白くなってきたじゃん。『熱波苦悶開脚走』はこうでないと♪


 テレサの瞳に闘志の炎が燃えさかる。テレサは目の前に大きな砂丘が見えて来ると、今度は加速して駆け上がった。


 ダッ!!


 赤髪のポニーテールが一段と大きく揺れる。


 テレサは心臓破りの坂道をものともせずに駆け上がってゆく。テレサは京子をぐんぐんと引き離した。


 砂丘の頂上へ駆け上がると、前方に高くそびえる『不屈の柱』と神殿が見えてきた。折り返し地点まで後もう少しだ。


 トンッ、トンッ、トンッ。


 テレサは歩幅を大きくして、軽やかなステップで砂丘を駆け下りる。


 テレサは折り返し地点を前に勝負をしかけたのだ。


 振り向いてみても、砂丘の頂上に京子の姿はまだ見えない。


──このままだと勝負が決まっちゃうよ♪ 勇者さま♪


 テレサは不敵な笑みを浮かべて、神殿への道のりを突き進んだ。


×  ×  ×


 神殿の周囲には黒山の人だかりができていた。


「さすが砂漠の英雄!! テレサさま頑張れ!! 」

「後、半分ですぞ!! しっかり!!」

「テレサさま、大好きー!!」


 観光客やガルタイ族の野太い応援に混じって、女性の黄色い声援も飛ぶ。


 テレサは大歓声に包まれて神殿横の『不屈の柱』を回った。神殿前には給水所が設けられており、そこで皮袋に入った水を受け取った。テレサは水を幾分か口に含むと、残りは頭にかける。


 乾いた口を潤した水が体内の隅々まで浸透すると、熱せられた頭と身体がひんやりとして癒されてゆく。


 活力がよみがえってくるのがわかると、テレサは気力を新たに前進した。


 『不屈の柱』を回って少し走ると、前方に京子の姿が見えてきた。京子もまた、「頑張れ、勇者さま!!」と大声援を受けて走って来る。


──思ったよりも距離が離れちゃったな……。


 テレサは京子との差を確認して拍子抜けした。テレサと京子の差は100メートル近くまで開いている。


──勇者さまはもう諦めちゃったのかな……?


 『熱波苦悶開脚走』を楽しみにしていたテレサは少し落胆した。


 勇者といえども、やはり『熱波苦悶開脚走』でテレサと渡り合うには無理が有るのかもしれない。


 チラリ。


 すれ違いざま、テレサは京子と目が合った。



──えっ!?



 目が合った瞬間、テレサの背筋を悪寒が走った。


 一瞬だけ、テレサの顔を見た京子の目。その眼光はまるで獲物を狙う猛禽類のように鋭く、テレサを値踏みしていた。その視線にテレサは恐怖して震えたのだ。


──このわたしが……震えた!?


 テレサの脚が動揺で少し乱れた。


 テレサは剣士として、幾多の猛者たちと対峙してきた。しかし、今のように恐怖を感じたことは無い。


──ウソだ!! 有り得ない!!


 テレサは必死になって自分に言い聞かせた。


 ガルタイ族の英雄として。


 大陸随一の剣士として。


 テレサは数々の修羅場をくぐってきたのだ。今さら『熱波苦悶開脚走』で恐怖など感じるはずがない。


──いくら勇者さまが相手だからって……。


 テレサが得体の知れない恐怖に戸惑っていると、後方でひと際大きい歓声が上がった。京子が『不屈の柱』を回ったのだ。


 テレサは、背後で湧き起こった歓声に焦りを覚えた。


 京子は勝負を諦めてなどいない。それどころか、勝負所を見定めて必ず挑んで来る。テレサの『最強の剣士』としての本能がそう告げていた。


──ゆ、勇者が来る……急がなきゃ!!


 テレサは緩んだ心を引き締めるて前を見据えた。


 『熱波苦悶開脚走』の行程はまだ半分残っているのだ。


読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート