市庁舎は頑丈な木材と研磨された白い石材で造られていた。そして、魔導石を使った採光でもしているのか、洞窟の中の建物とは思えないほど明るかった。
正義たちは茶色のシングルブレストを着た青年に応接室へと案内された。そして少し経つと、応接室の扉が開き、今度は上等な宮廷服を着た長身の青年が入ってくる。青年は美しい金髪に涼やかな碧眼の美男子だった。
「お久しぶりです、勇者さま。本当に来てくださったのですね」
青年は正義の前まで来ると、優雅な仕草で片膝をついた。
「「だ、誰ですか?」」
正義と勇人は思わず口をそろえた。
「勇者さま、お忘れになったのですか? サリューです、サリュー・ドラモンド」
サリューは顔を上げると、ニコリと微笑んだ。
「「サ、サリューさん!?」」
正義と勇人が驚くのも無理はない。
正義の知っているサリューはざんばら頭に無精髭を生やした精悍な顔立ちだった。正義に悪態を吐いた野蛮なサリューと今のサリューでは出で立ちも含めてまるで別人だ。サリューは野盗から青年の貴公子へと変貌を遂げている。
「今は父上からメヴェ・サルデの領地と伯爵の称号を継承して、サリュー・ドラモンド伯爵と名乗っております」
品位を保って挨拶すると、サリューは正義の正面に座った。
「勇者さま、よくおいで下さいました。そして……」
サリューは正義、勇人、ガンバルフの顔を緊張の面持ちで見つめる。
「その節は、大変な暴挙を行い、誠に申し訳ございませんでした。本来であればあの場で殺されていても文句は言えません。勇者さまのご厚情には感謝するばかりです。あの時は……本当に申し訳ございませんでした」
サリューは深々と頭を下げた。
しかし……。
正義はサリューの言葉をどう受け取って良いかわからなかった。
確かに、サリューは変わったのかもしれない。けれども、心を入れ替えたからと言って、過去の罪が清算される訳じゃない。
正義が返答に困っていると、その横で勇人が口を開いた。
「謝るなら、俺たちにじゃなくて、亡くなった人たちに謝ってください。俺が言えたことじゃないけど……あんたがみんなを煽動しなかったら、あんな争いは起きてなかった……死人だって……出なかった……」
勇人は両手をギュッと握り、どこか悔しそうに言った。その顔を見ていたサリューにも、苦悩と悔恨の表情が浮かぶ。
「仰る通りです。あのような間違いを犯したわたしが領主を務めるのも、どうかと思っています。ですが、どうか今はメヴェ・サルデ復活のため、わたしに力を貸してください。お願いします、勇者さま……」
「そのつもりです。でも……」
勇人の眼光が鋭くなった。
「俺たちがメヴェ・サルデを救うと約束したのは、亡くなった人たちのためです。あんたのためじゃない。それだけは……覚えておいてください」
勇人は『領主』という一国一城の主を前にしても臆することが無かった。そんな勇人を見て、正義は襲撃された帰り道に勇人が言っていた言葉を思い出した。
『危険が有ろうと、無かろうと、引けねーよ』
あの時、勇人はすでにメヴェ・サルデを救うと決意していたのかもしれない。
勇人の覚悟が伝わったのか、サリューも真剣な眼差しになった。
「当然です、勇者さま。メヴェ・サルデが救われるなら、わたしなど、どうなっても構わない。どんな協力も惜しみません。どうか、メヴェ・サルデをお救いください。お願い致します」
サリューは再び深く頭を下げた。
「俺たちの方こそ……どこまでできるかわかりませんが、努力します」
勇人はその手をサリューの前に差し出した。サリューはその手を強く握り、正義とも握手を交わす。
「わだかまりは解けたようじゃの……勇者とメヴェ・サルデの若き領主が手を携えるなら、メヴェ・サルデの復興は成ったようなものじゃ」
事態の推移を見ていたガンバルフは、満足気に言ってその長い白髭を撫でた。
× × ×
「明日、メヴェ・サルデの坑道をご案内します。勇者さま、職人のみなさま、今日はゆっくりと休んで英気を養ってください。明日、またお会いしましょう」
サリューは恭しい態度で別れを告げると、市庁舎の職員にレッドバロン一行をホテル『グラスゴー』まで案内させた。
『グラスゴー』は市庁舎と同じ広場にあった。四階建ての瀟洒な建物で、広場に面した一階にはカフェテラスが設けてある。正義と勇人は部屋に荷物を置くと、そのカフェテラスで遅い夕食を取り始めた。
「取りあえず、また争いごとにならなくて良かった……」
正義がテラス席に座ると、その正面に勇人が座る。
「ああ……もう、揉めごとは十分だよ。後は排水機が上手くいけば、言うことない」
「そうだな」
正義が頷いていると、黒いパンツに白シャツのウエイターが注文を取りに来た。
「ゆ、勇者さま。ち、注文は何になさいますか?」
ウエイターは正義や勇人と同年代の男の子で、緊張した様子で尋ねてくる。
「じゃあ、この『グランパンとサルデ豚のソーセージセット』をお願いします」
「あ、俺も同じものを」
正義はメニュー表を見ながら頼んだ。
「か、畏まりました!!」
ウエイターは直角にお辞儀をすると、慌てて店の奥へと戻って行った。
「なんであんなに緊張してるんだ?」
ウエイターの緊迫した雰囲気に正義が首を傾げた。
「怖いんだよ、勇者の俺たちが……」
「……」
メヴェ・サルデでも勇者一行を襲撃した事件は有名なはずだ。
返り討ちにした勇者が滞在しているのだから、怖れて当然だ。
レッドバロンでは経験したことのない反応に正義は少なからず衝撃を受けた。
「勇者って何なんだろうな……」
「知らねーよ」
勇人の苦笑が聞こえて来る。
──かつての勇者も、人々の反応に困ったのかな……。
そんなことを考えながら、正義はふとテラス席から広場を見た。広場には正義たちが乗っていた馬車が停められ、馬が飼い葉を食べている。そして、馬車には勇者の紋章である『篠津高校の校章』が縫い込まれた旗が立っていた。
──……ん? ……まてよ?
正義はある重大な事柄に気付いた。
「な、なあ勇人、あれって篠津高校の校章だよな!?」
「何を今さら。自分が通う高校の校章を忘れたのか?」
勇人も馬車に立てられた旗に視線を送る。
「勇者が紋章持ってないのはカッコ悪いって言って、グレイが作ってくれたんじゃないか」
「違う、そうじゃなくて!! グレイは『勇者の紋章くらい知ってる』って言ってただろ!? 俺たちがこっちの世界に来る前から、篠津高校の校章を知ってたんだよ!!」
「そっか!! じゃ、じゃあ……グレイは俺たちの他に……」
勇人も事の重大さに気づいた。
その時。
「盛り上がってるね、勇者さま」
グレイがテーブルの前までやって来た。グレイはパンとソーセージが満載になったトレーを持っている。
「勇人、ボクも一緒に食べていい??」
グレイは微笑みながら席に座った。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!