勇者たちの産業革命

田舎の高校生、異世界で町おこし!!
綾野トモヒト
綾野トモヒト

第16話 勇者、恋を自覚する

公開日時: 2021年4月17日(土) 19:00
更新日時: 2021年5月14日(金) 22:31
文字数:3,783

 太陽と灼熱の砂漠。そして、熱砂の砂海さかいを往来する帆船がひしめく街、ザハ。そのザハの中心部、砂の海に面した広場で市場は開かれる。


 鮮やかな繊維でできた衣類、トカゲに似た動物の干物、派手な装飾が施された武器、市場には様々な品を扱う店が立ち並び、それらを求める人々で広場は埋め尽くされていた。


 今日、市場の中央には、ひと際目立つ団体が陣取っている。それは、レッドバロンから来たバロンプリンを売る隊商だった。


 心でも入れ替えたのか、バッバーニは市場で最も良い場所を提供してくれたのだ。


 バロンプリンを満載した馬車が十二台、半円を描くように並んでいる。そして、半円の中心には舞台が設置され、舞台の前には弦楽器や金属楽器を持った『ザハ・デ・ビーチ』の専属楽団が座っていた。


 ビンスの兄であるバンスはレッドバロン一行に協力する為、ホテル専属楽団の出張演奏を快諾してくれていた。



 パパパパーン♪



 突然、高らかなファンファーレが鳴り響いた。


 市場の喧噪の中でも目立つファンファーレに人々が目を向けると、舞台にガンバルフが現れる。


 人々の注目が集まる中、舞台に立ったガンバルフは両手を天に掲げた。


「ヌゥ~アァ~……時の女神フィリスよ……魔法を見世物に使うことをお許しください」


 苦渋に満ちた顔で言うと、ガンバルフは魔法を詠唱した。


「祭事魔法、『祭りだワッショイ』!!」


 ドン! 


 ドン!!  


 ド、ドン!!!


 空気が震え、舞台や馬車の上空に昼間でも鮮やかに見える花火が打ち上がった。そして花火が終わると、楽団の曲はアップテンポなものへと変わる。


 曲調が変化するのと同時に、今度は西園寺さいおんじ沙希さき高橋たかはしあかね伊藤いとう京子きょうこがガンバルフに代わって舞台に登場した。


「「「バロン~♪ バロン~♪ バロンプリン~♪」」」


 派手な踊り子の衣装を身に纏った沙希たちは、音楽に合わせてバロンプリンを掲げる。


 これでもか!! という愛想笑いを浮かべ、愛嬌を振りまく姿はまるでアイドルのコンサートだ。しかし、茜だけはまだ吹っ切れていないのか、笑顔が引きつっている。


「カ、カワイイ!!」

「誰だ?? 踊り子なのか??」

「勇者さまだって!?」


 人々は目を丸くして驚きの声を上げる。舞台の前には瞬く間に人垣ができた。


「レッドバロンが勇者を召喚して完成させた伝説のおやつ、バロンプリンです!! ぜひ、ご賞味下さい!!」


 沙希が言うと、並んだ馬車に載せられた保冷庫の扉が次々に開く。


 グレイとジョルジュが中心となって作った保冷庫は見栄えが良く、壮麗だ。その『篠津高校の校章』が彫り込まれた絢爛けんらんな扉が開かれると、中の冷たい空気がザハの外気に触れて湯気が立った。白く揺らめく湯気はまるでスモークのように、熱気溢れる市場に神秘的な食べ物の登場を演出する。


 バロンプリンの登場に、集まった人々は思わず息を呑んだ。


×  ×  ×


「レッドバロンのバロンプリンです!! 試食もあるので、ぜひ食べてみてください!!」


 保冷庫の扉が開かれ、屋台に様変わりした馬車の前で正義は声を張り上げた。


「ィラッシャイマッセェェェー!!!!」


 他の馬車でも勇人やチーム茜の売り子たちが一斉に客に声をかけ始める。


「う、うまい!! 何個でも食べられる!!」

「なんだこれは!? この舌触り、魔法か!?」

「勇者さまが作ったって!?」


 試食品を口にした人々はその味と食感に感激して、我先にバロンプリンを買い求めた。


 やがて……。


『大賢者ガンバルフと召喚されたカワイイ勇者たちが、とんでもなく美味しいおやつを売っている』


 バロンプリンの噂は瞬く間に市場を席捲した。


 各馬車の前には、あっと言う間にバロンプリンを求める長蛇の列ができた。


「ここが最後尾になります!! 最後尾の方は『最後尾』と書かれたプラカードを持ってください!!」

「お一人さま、三つまでです!! あ、順番は守って下さい!!」


 正義と勇人、そしてチーム茜が一丸となって押し寄せる人並みを整理し、沙希、茜、京子はバロンプリンの宣伝を繰り返し上演した。


 いつしか、バロンプリンと勇者の噂はザハ全体にも広がり、市場はバロンプリンを求める人や勇者の舞台を見ようとする人たちで溢れ返った。そして、市場が閉まる頃、バロンプリンは大盛況のうちにめでたく完売した。


×  ×  ×


 夕映えの空には青白い二つの月が顔を出していた。


 人気が少なくなったザハの市場を、正義は『イーナイ』と呼ばれる飲み物を二つ持って歩いていた。『イーナイ』は爽やかな甘みのある乳白色の飲み物で、木で出来た細長いコップに入っている。猛暑の中、酷使した体を癒してくれる『イーナイ』を何回飲んだか、正義はもう覚えていない。


 正義は市場の片隅で、砂海を行き交う帆船を眺める沙希を見つけると『イーナイ』を手渡した。


「ありがとう」


 沙希は笑顔で受け取った。


「もう、今日だけで、何回飲んだかわからないよ」

「わたしも」

「おかげで、売店のおばちゃんと仲良くなった」

「高校の売店のおばさんとも仲良いもんね」


 沙希はクスクスと笑う。


「あ~あ。日焼け止めクリーム、持って来れば良かったな~。……あ、ムリか」


 沙希は手を伸ばして、日焼けを気にする仕草を見せる。つられて、正義も沙希のしなやかな身体をまじまじと見つめてしまった。


 気づくと、そんな正義の方に沙希が顔を向けている。


「え!? あ、いや、お肌のケア、重要ですよね!! 僕もそう思いマス!!」

「……ここって、夕方はデートスポットなんだね……」

「??」


 正義は振り向いて沙希の視線を追いかけた。


 沙希の視線の先、閑散とした市場にはザハのカップルたちがちらほらと見受けられた。カップルたちは正義たちと同じようにザハの港に入港する帆船を眺めている。確かに、夕方の港はデートに最適かもしれない。


「デートスポットって、異世界もわたしたちの世界もあまり変わらないのかもね」


 沙希はどこか嬉しそうに微笑んだ。その笑顔に、正義はなんて答えて良いかわからず、困惑する。


「……ゆ、勇人は??」


 正義は話題をらすように聞いた。


「勇人は茜と京子とガンバルフさんと一緒に商人ギルド会館へ行ってるよ。市場の使用料を払うついでに、レッドバロンの手紙をバッバーニさんに頼んで来るって」

「あのバッバーニさんがすんなり引き受けてくれるのか?」

「バロンプリンでしっかり結果を出したから、大丈夫。バッバーニさん、なんだかんだ言っても、市場の中心を使わせてくれたでしょ? さとい人だと思うから、勇者たちとガンバルフさんに恩を売れるチャンスだって考えるよ」


 さすがは篠津高校の鉄血宰相、西園寺沙希。正義は沙希の先見に舌を巻いた。


「手紙も片付いたら、やっと帰れるな」


 『イーナイ』を飲み干すと、正義は大きく伸びをした。身体中でパキパキと関節が鳴っている気がする。ふと、正義の目の端に馬車の回りで人だかりに囲まれるビンスが映った。


「ん? あれは?」

「ザハで飲食系の小売業を営んでる人たちだよ。バロンプリンを卸して欲しいんだって」


 道理で……ビンスは笑顔で対応している。


「バロン~♪ バロン~♪ バロンプリン~♪」


 沙希は昼間の舞台で歌った曲を口ずさんだ。


 バロンプリンも盛況だったが沙希たちのパフォーマンスも大盛況だった。沙希は『ザハ・デ・ビーチ』に到着してからの練習だけで、付け焼き刃だと言うが、勇者たちのパフォーマンスは市場を訪れる人々の視線を釘付けにした。


 西園寺沙希、伊藤京子、高橋茜、勇者たちのパフォーマンスを見た人々の中には自分の武器や商売道具にサインを求める人まで現れた。


 バロンプリンは大成功したと言える。


 しかし……。


「わたし、やっぱり自信無いな……」

「え? ……」


 沙希は呟くと欄干に寄りかかった。目の前を巨大な帆船が出向して行く。


「自分でこっちの世界に来ることを決めたのに……レッドバロンで自分に何ができるか、わからなくて。……こっちの世界にわたしが存在する意味って何だろう? ってことまで考えて……」

「……バロンプリン、成功しただろ!? 良かったじゃないか!!」


 正義は自分の言葉の虚しさに悲しくなった。沙希と比べると、何もしていないに等しい自分に言われて、響くだろうか?


「ありがとう」


 沙希は優しい笑みを浮かべる。その微笑みが、正義には社交辞令のように思えた。

 

「やっぱりさ……」


 沙希の視線は遠く、砂漠の彼方へと向けられた。


「自分の存在に意味を見出すのって、結局、自分次第なんだよね……」


 沙希の髪がザハの涼風になびく。その横顔が銀色のサークレットと相まって、異国のお姫様のように見える。


 沙希が自分の知らない遠い世界の住人に見えた瞬間、正義は言い知れぬ不安に襲われた。そして、昨日の夜のように胸が絞めつけられ、苦しくなる。


──まただ。俺は急にどうしたんだ?


──何故、不安に感じているんだ?


──この不安は何処から来るんだ?


 答えを求めて、正義は沙希を見た。幼馴染は風になびく髪を、細い指先で耳にかけている。そのたおやかな仕草に見惚みとれながら、正義は一つの答えに行き着いた。


──ああ、そうか。沙希は自分で決断したことに、自信が無くても向き合って進んでいるんだ。それに比べて、俺は日々をなんとなく、ただ漠然と過ごしている。


──俺は、沙希にどんどん置いて行かれるようで、不安なんだ。当たり前に思っていた存在が遠い彼方に消えちゃうようで、怖いんだ。


──俺は……沙希が好きなんだ……。


 正義は自分の気持ちに気づくと、素直に認めた。

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