「王府? 許可だと?」
突然の発言者にサリューは怪訝な顔をして男を演説台から見下ろした。そして、その衣服から男の素性を察すると、嫌悪で眉を顰めた。
男はサリューの顔が反感に満ちても全く気にしない様子で口を開く。
「さようですとも!! ……申し遅れました。わたくしは王府より地方行政の監察官を拝命しておりますペリゴールと申す者です。近くの村に滞在しておりましたところ、サリュー・ドラモンド伯爵に不穏な動きありと聞き及び、駆けつけた次第……」
汗と脂なのか、金髪をおでこにぺったりと張りつけたペリゴールは、薄ら笑いを浮かべてサリューを見上げる。
「聞けば、揚水機関なる大事業を各町と連携して行おうとしておられる。それほどの大事業ならば当然、王府の許可が必要とは考えませぬか? 一地方都市の領主ごときが町の代表を集めて連合を組む……そんな王府の真似事など、許されるはずがありません!!」
ペリゴールは武装した従者を二人連れており、その従者たちがテーブルに集まった技術者たちを追い払った。
ペリゴールの肩書とその言葉に、盛り上がっていた議事堂は再び静まり返る。ペリゴールは自身の権威に人々が沈黙すると満足気に頷いて、今度はサリューの隣に立つ勇人へと視線を移した。
「そもそも……こんな子供が勇者なはずがありますまい。食うに困った物乞いの子供が、詐欺を働いているに違いない。きっと、この設計図も王都の工房で盗みを働き、貴重な設計図を盗んだのでしょうな」
ペリゴールは言いながらテーブルの上に広げられた設計図に触れようとした。その瞬間、ドグがいち早く設計図を回収し、円形の筒へと収めた。
ペリゴールはドグの態度に「ふん」と鼻を鳴らして続けた。
「まあ……勇者を騙る薄汚い子供。そんな教育をするとは、親もまた人非人よ」
吐き捨てるように言うと、ペリゴールはその顔に再び下卑た薄ら笑いを浮かべる。
──こ、こいつ!!
親を侮辱された正義と勇人は怒りで顔が真っ赤になった。
謂れの無い侮辱に、正義と勇人はそれぞれ議長席後方と演説台から「ちょっと待て!!」と大声を張り上げようとした。しかし、寸前で大きな手が正義と勇人の肩をつかむ。
正義の肩をつかんだのはジョルジュ、勇人の肩をつかんだのはアルだった。正義と勇人が見上げると、鍛冶職人と騎馬民族の部族長はそれぞれ眼差しの奥で「堪えろ」と言っている。
勇者の怒りをジョルジュとアルが抑えていることなど全く気づかないペリゴールは、得意満面で演説を続けている。ペリゴールは議事堂に集まった全員が自分の言葉に納得していると思い込んでいた。
「ことは追々、詳らかにするとして……。やはり、地方が勝手に連合を組むなど、身の程をわきまえぬ畏れ多い話……監察官として見過ごせませぬ。しかし……」
ペリゴールは額に手を当てて考え込む仕草をしたかと思うと、すぐにその両手を大袈裟に広げた。
「しかし、しかし、しっっっかぁーーーし!!!!」
掠れ気味の金切り声を上げて叫び、ペリゴールはサリューを指さした。
「疲弊する町を救いたいと領主たちが思うのも無理からぬ話。……地方行政の監察官であるわたくしが王府に便宜を図れば、全てが上手く行きますぞ!!」
「それで? 我々にどうせよとペリゴール殿は仰いますか?」
ペリゴールは我が意を得たりと舌なめずりをした。
「まず、各町はこのわたくしに王府で根回しするための資金を提供して頂きたい。さよう……三年以内には王府の許可を得てみせますぞ」
「なるほど、賄賂を用意せよと仰いますか……」
サリューは口の端を上げて微笑みを湛《たた》えた。
笑顔で「賄賂」という言葉を口にするサリューを、ペリゴールは一瞬だけギロリと睨んだ。しかし、すぐに困り顔を作ってサリューに迫る。
「賄賂などとは人聞きの悪い……立派な政治活動資金でございます。そうであろう?」
ペリゴールは二人の従者に尋ねた。従者たちは主人に同調して頷き合う。
「頂けぬのであれば……残念ながら、揚水機関とやらは水泡に帰しますな……」
ペリゴールはわざとらしく悲し気な顔を作り、議事堂を見回した。それはもはや、脅迫だった。居並ぶ人々や町の代表は俯き、言葉を失っている。
ペリゴールは自分の提案に人々は黙って頷くしかないと思っていた。
しかし。
「くっくっく」
誰かの口から笑い声が漏れた。
「だ、誰だ!?」
得意気に議事堂を見回していたペリゴールは慌てて声の主を探した。そして、その声の主がサリューだとわかると、意外そうな顔をした。
サリューは演説台から下りてくると、ペリゴールの目の前に立ちはだかった。
「黙って聞いてりゃ……好き放題、言いやがって!!」
サリューは腰に帯びた剣を抜き放つと、その切っ先をペリゴールの鼻っ柱に突きつけた。
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