勇者たちの産業革命

田舎の高校生、異世界で町おこし!!
綾野トモヒト
綾野トモヒト

第82話 勇者、それぞれの夏休み+α

公開日時: 2021年6月20日(日) 14:10
文字数:1,356

 空の彼方が赤く染まり、緑の稲穂が涼やかな風に揺れている。


 夕陽に染まる田園風景の中を、正義と沙希は一緒になって自転車を押しながら歩いた。アスファルト舗装の道路には二人の影が伸びている。   


「なんだか……レッドバロンに行くたびに問題事が起きる気がするよ……」

「……そうだね……」


 正義が隣を歩く沙希に話しかけると、沙希は呟いて空を見上げた。


 少し経つと、沙希のさくら色の唇が静かに動く。


「ねえ、正義……もし、わたしがたった一人で異世界に召喚されて、消えちゃったら……探してくれる?」

「え……」


 思わぬ質問に驚いて、正義は歩みを止めた。


「……」


 正義は沈黙したまま、いつになく真面目な顔つきで沙希を見つめている。その反応が意外だったのか、沙希もピタリと足を止めた。


「なんてね……冗談だよ♪」


 沙希は照れ隠しをするようにおどけて言ってみせると、はにかんで俯いた。すると、静かだがはっきりとした正義の声が耳元に届く。


「……どんなことをしてでも、沙希を見つけ出すよ……」

「え……」


 今度は沙希が驚く番だった。正義の真っすぐな物言いに、沙希は思わず顔を上げる。正義は数歩進んで、沙希の隣に並んでいた。


──あれ? 正義って、こんなに背が高かったっけ……?


 どうしてだろうか……こちらを見下ろす正義の背が、急に高くなったように思える。それだけでは無い。肩幅も、いつもより大きくなった気がする。


──どうして……。


 沙希は急に正義を男性として意識している自分に戸惑った。


 沙希の戸惑いに気づかないまま、正義は静かに語りかける。


「絶対に見つけ出す。だけど……」


 正義は眉を寄せて困った顔つきになった。


「消えちゃうとか……怖いこと言うなよ……」


 沙希は正義の切なげな顔を初めて見た。と、同時に戸惑いは大きくなり、鼓動が高鳴る。


「ご、ごめん……ね……」


 沙希はそう答えるので精一杯だった。


 沙希のか細い声が届くと、正義は優しく微笑み返した。その優しい眼差しがどこか悲しげで、沙希は思わず見とれてしまう。気づくと、正義がそっと顔を近づけてくるのがわかる。


──え!? ちょ……ちょっと待っ……。


 沙希が思う間もなく、正義の唇が沙希の唇に触れる。


 柔らかな感触を唇に感じると同時に、沙希はまぶたを閉じた。正義の優しさや、純粋な想いが沙希の胸に流れ込んで来るようだった。


 お互いの気持ちを確認するように唇を重ね合った二人は、やがて静かに距離を取った。


「正義、ズルいよ……」


 沙希は上目づかいで正義を見た。


「手が塞がってる時にキスするんだもん……」


 沙希は少しだけふくれてみせる。その仕草が可愛らしく、正義は微笑んでしまう。

 

「それは俺も同じだよ」

「そうだけど……」

「……そろそろ行こうぜ。送ってくよ」

「うん……」


 正義が自転車に乗ろうとすると、再び沙希の声が聞こえてきた。


「正義……」


 振り返ると、沙希が笑顔でくっついてくる。夕陽を受けて、沙希の髪がキラキラと輝いていた。


「ねえ……もう一回……」


 沙希の甘い囁きを聞いた正義は、耳まで熱くなるのを感じた。愛おしいと想う女の子に受け入れてもらうことが、これほど歓喜に満ち溢れているとは知らなかった。


 正義の中で、沙希はもう幼馴染ではなくなった。


──沙希は……俺の恋人なんだ……。どんなことがあっても守らなきゃ……。


 正義はそう思いながら、再び沙希と唇を重ねた。


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