空の彼方が赤く染まり、緑の稲穂が涼やかな風に揺れている。
夕陽に染まる田園風景の中を、正義と沙希は一緒になって自転車を押しながら歩いた。アスファルト舗装の道路には二人の影が伸びている。
「なんだか……レッドバロンに行くたびに問題事が起きる気がするよ……」
「……そうだね……」
正義が隣を歩く沙希に話しかけると、沙希は呟いて空を見上げた。
少し経つと、沙希のさくら色の唇が静かに動く。
「ねえ、正義……もし、わたしがたった一人で異世界に召喚されて、消えちゃったら……探してくれる?」
「え……」
思わぬ質問に驚いて、正義は歩みを止めた。
「……」
正義は沈黙したまま、いつになく真面目な顔つきで沙希を見つめている。その反応が意外だったのか、沙希もピタリと足を止めた。
「なんてね……冗談だよ♪」
沙希は照れ隠しをするようにおどけて言ってみせると、はにかんで俯いた。すると、静かだがはっきりとした正義の声が耳元に届く。
「……どんなことをしてでも、沙希を見つけ出すよ……」
「え……」
今度は沙希が驚く番だった。正義の真っすぐな物言いに、沙希は思わず顔を上げる。正義は数歩進んで、沙希の隣に並んでいた。
──あれ? 正義って、こんなに背が高かったっけ……?
どうしてだろうか……こちらを見下ろす正義の背が、急に高くなったように思える。それだけでは無い。肩幅も、いつもより大きくなった気がする。
──どうして……。
沙希は急に正義を男性として意識している自分に戸惑った。
沙希の戸惑いに気づかないまま、正義は静かに語りかける。
「絶対に見つけ出す。だけど……」
正義は眉を寄せて困った顔つきになった。
「消えちゃうとか……怖いこと言うなよ……」
沙希は正義の切なげな顔を初めて見た。と、同時に戸惑いは大きくなり、鼓動が高鳴る。
「ご、ごめん……ね……」
沙希はそう答えるので精一杯だった。
沙希のか細い声が届くと、正義は優しく微笑み返した。その優しい眼差しがどこか悲しげで、沙希は思わず見とれてしまう。気づくと、正義がそっと顔を近づけてくるのがわかる。
──え!? ちょ……ちょっと待っ……。
沙希が思う間もなく、正義の唇が沙希の唇に触れる。
柔らかな感触を唇に感じると同時に、沙希は瞼を閉じた。正義の優しさや、純粋な想いが沙希の胸に流れ込んで来るようだった。
お互いの気持ちを確認するように唇を重ね合った二人は、やがて静かに距離を取った。
「正義、ズルいよ……」
沙希は上目づかいで正義を見た。
「手が塞がってる時にキスするんだもん……」
沙希は少しだけふくれてみせる。その仕草が可愛らしく、正義は微笑んでしまう。
「それは俺も同じだよ」
「そうだけど……」
「……そろそろ行こうぜ。送ってくよ」
「うん……」
正義が自転車に乗ろうとすると、再び沙希の声が聞こえてきた。
「正義……」
振り返ると、沙希が笑顔でくっついてくる。夕陽を受けて、沙希の髪がキラキラと輝いていた。
「ねえ……もう一回……」
沙希の甘い囁きを聞いた正義は、耳まで熱くなるのを感じた。愛おしいと想う女の子に受け入れてもらうことが、これほど歓喜に満ち溢れているとは知らなかった。
正義の中で、沙希はもう幼馴染ではなくなった。
──沙希は……俺の恋人なんだ……。どんなことがあっても守らなきゃ……。
正義はそう思いながら、再び沙希と唇を重ねた。
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