勇者たちの産業革命

田舎の高校生、異世界で町おこし!!
綾野トモヒト
綾野トモヒト

第43話 勇者、謎の番人と出会う

公開日時: 2021年5月8日(土) 12:00
更新日時: 2021年5月15日(土) 00:03
文字数:2,351

 どのくらい睨み合っていただろうか……。


 異様な存在は、いよいよその全貌を水面から現した。地面に仁王立ちしたソレは、水ではない黒い粘液をしたたらせている。そして、2メートルを優に超える巨体を有していた。


「オ……オォォ……」


 低い唸り声を上げ、ソレは正義へとゆっくり向かって来る。


 その時。


「勇者さまを世迷人よまいびとから守れ!! 放てぇ!!」


 ヒュッッ!!


 大音声だいおんじょうとともに、煌めく幾つもの閃光がソレの足下に放たれた。それは火矢だった。数本の火矢が世迷人と呼ばれる巨体の足下に突き刺さる。


 ボオォッ!!


 火矢が地面に刺さると、火柱が立ち、大穴が明るく照らし出された。


「オ……」


 世迷人は炎を嫌って後退あとずさった。


「勇者さま、早くこちらへ!!」


 正義が慌てて振り向くと、サリューがすぐそこまで来ていた。サリューの後ろではゲオルグに率いられた兵士がいしゆみを構えている。


「早く!!」

「は、はい!!」


 正義はそのまま駆け出した。


 サリューは正義が近づくと、その手を引いて自身の後ろへさがらせる。


「あ、ありがとうございます!!」

「もう大丈夫です、勇者さま」


 サリューは頷いて腰から剣を抜き払った。そして、世迷人に向かって剣を構えながら声を張り上げる。


「ゲオルグ、世迷人よまいびとを威嚇せよ!! だが、決して当てるな!!」

「畏まりました!! 弩、構え!! 威嚇射撃用意!! 世迷人の足下を狙え!!」


 サリューが指示を出すと、後方のゲオルグは太い声で応じた。


「放てぇ!!」


 バシュッッ!!


 ゲオルグの号令一下いっかつるの弾ける音がして火矢が斉射される。火矢は再び世迷人の足下に突き刺さり、火柱が上がった。


「オォ……」


 恨めしそうに唸ると、世迷人は緩慢な動きで後退を始めた。


 そして。


 水辺まで戻ると世迷人は上体をのけ反らせて天を仰ぎ、その赤い口をめいっぱいに開いた。



「オオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!」



 世迷人は正義が聞いたことの無い咆哮を発した。その咆哮は大穴にこだまして、坑道の隅々まで響き渡る。


 プラットの窓からことの成り行きを見守っていた勇人、グレイ、ジョルジュ、ドグは得体の知れない叫び声に身震いして互いに顔を見合わせた。各々おのおのの表情に心配と不安の影が浮かぶ。


 やがて……。


 世迷人は黒く波打つ水面の中へと消えて行った。そして、消え去る瞬間、一度だけ振り返った。その不気味な赤い眼は正義を捉えていた……。


「正義、大丈夫か!?」


 正義がプラットへ戻ると、真っ先に勇人が駆けつけた。聞けば、正義のランプが一向に動かないのを不審に思った勇人が、サリューに異変を知らせたらしい。


「ああ。なんとか……」

「さっさと戻らないからだ。……心配したぞ」


 勇人の後ろでは、グレイ、ジョルジュ、ドグも心配した顔つきで正義を見つめている。勇者に異変が起きたことで、レッドバロン一行に動揺が走ったのだ。


「ご心配をおかけしました……すいません」


 正義がみんなに謝っていると、サリューやゲオルグたちが戻って来た。サリューたちは安全が確認されるまで殿《しんがり》を務めてくれていた。


「みなさん、もう大丈夫です」


 サリューが宣言すると、プラットに安堵のため息が広がる。


 正義は剣を鞘に収めているサリューに歩み寄った。


「サリューさん、救ってくれてありがとうございました。みなさんも……本当に、ありがとうございました」


 正義はあらためてみんなに頭を下げた。すると、大斧を担いだゲオルグが角張った顎をさすりながら進み出た。


「ご無事で何よりです。それにしても、世迷人と対峙して怯まないとは……さすが勇者さまだ。胆力が違う!! 我が君、そうは思いませぬか?」


 ゲオルグは豪快に笑ってサリューを見た。

 

 サリューは頷いていたかと思うと、突然、正義の前で片膝をついた。


「勇者さま、誠に申し訳ございません。元はと言えば、世迷人の危険を教えなかったわたしが悪いのです……どうか、わたしの不明をお許しください」


 サリューが威儀を正して頭を下げると、ゲオルグも慌ててひざまずく。他の兵士たちも同様に跪いた。


 予想もしない展開に、正義は焦ってサリューを抱き起こす。


「た、た、立って下さい!! ボンヤリしていた俺が悪いんです!! みなさん、気にしないで下さい!! むしろ、ありがとうございます!!」


 謝ったり、謝られたり……忙しい正義の隣に勇人が並んだ。


「正義の言う通りです。みなさん、コイツがアホでボンヤリだから危険に巻き込まれたんです。コイツはアボーです」


──アボー??


 密林の毒草みたいな名前に、正義は腹が立った。


「勇者アボーは寛大なお方だ」

「勇者アボー!? ちょっと、変な名前で憶えないでください!! 俺は……」


 ゲオルグは正義の名前を勘違いして覚えたようだ。


 慌てて否定しようとする正義を制して、勇人が疑問を投げかける。


「サリューさん、ゲオルグさん、世迷人ってなんですか?」

「それはですな……」


 勇人が尋ねると、ゲオルグは小さなため息をついてサリューを見る。


 ゲオルグと視線が合うとサリューは小さく頷いて説明を始めた。


「世迷人は……鉱山で亡くなった方の幽霊、または地中に巣食う魔物とも言われていますが、その正体ははっきりせず、不明です。一説によれば、地中深くに眠る門を守る『番人』とも言われていますが、定かではありません。わかっていることは、火を恐れていることと、攻撃されたら仲間を呼ぶということくらいです」


 サリューはプラットの窓から大穴を見た。


「坑道に人の火が消えて久しくなりますが、この辺りで世迷人を見たのは初めてです……」


 サリューは下唇を噛んで俯くと、剣の束を強く握り締めた。その顔には悔しさが見て取れる。

 

 やがて……。


「もはやここに長居は無用です。勇者さま、みなさん……早く戻って、熱いお風呂で汗を流しましょう!! 美味しい食事も待ってますよ!!」


 サリューは顔を上げると、つとめて明るく振る舞った。


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