議事堂にサリュー、ゲオルグ、そして正義たちレッドバロン一行が現れた。
議事堂は半円状の舞台のように作られている。中心には議長席があり、その前方、一段低くなった所には演説台が設けてあった。演説台の前にはちょっとした空間があり、そこにテーブルが置かれてある。
正義たちレッドバロン一行が議長席の後ろに並ぶと、演説台にゲオルグが立った。ゲオルグは昨日と同様、甲冑で身を包み、手には大斧を持っている。
「みなさん、お静まりください!! みなさん、ご静粛に!!」
ガン、ガン、ガン!!
ゲオルグは声を張り上げ、石突きと呼ばれる大斧の持ち手の末端で床を突く。すると、傍聴席を波打つ囁きが止まった。
ざわめきがやむと、ゲオルグは満足気に頷いて議長席の方を振り返った。
「それでは……これより、勇者さまが浸水を克服する術についてお話します!! レッドバロンの皆様、よろしくお願いします!!」
ゲオルグが促すと、まずは昨日は酩酊していたドグが進み出た。
ドグは円形の筒を片手に持っている。
「わしはドグ!! 勇者さまが降臨なさったレッドバロンの木工職人じゃワイ!!」
ドグは大観衆を前にしても動じず、堂々としている。昨日、酔っぱらって癇癪を起こしたお爺さんとは思えない。
ドグは演説台の前に設置されたテーブルの前まで来ると、円形の筒から紙を取り出した。それは、勇人が描いた蒸気機関の設計図だった。
「これは勇者さまがもたらした伝説の技術書!! 見て驚け、その名も蒸気機関じゃワイ!! メヴェ・サルデの技術者、同志諸君、とくとご覧あれ!! じゃ、ワイ!!」
ドグは大音声とともに設計図を広げた。
ドグのかけ声に傍聴席から一人、また一人と聴衆が立ち上がった。彼らはメヴェ・サルデや近隣の町の技術者たちである。みんなはテーブルに集まると、一様に設計図を覗き込んだ
やがて……。
「こ、これは……水蒸気を使うのか……」
「圧力の増減に着目しているのだな……凄い……」
「こんな機関、王都にだって無いぞ……」
技術者たちは食い入るように設計図を見ている。その驚きと感嘆は聴衆にも伝わった。「どうやらとんでもない技術らしい」と聴衆は顔を見合わせ、どこか緊迫した空気が議事堂を包み込む。
「勇者さま、ご説明を!!」
ドグが勇人を手招くと、会場の視線が勇人に集まる。
勇人は演説台まで来ると、大きく深呼吸して会場を見渡した。
「そこに描かれている設計図は……勇者の世界で蒸気機関と呼ばれています。俺たちの世界では蒸気機関は鉱山の排水に使われています。水を汲み上げるのではなくて、水を吸い上げるんです!!」
勇人はあえて「自分たちは今も蒸気機関を活用している」と言った。それは、今なお使われている技術として紹介した方が、みんなが安心すると思ったからだ。
勇人は傍聴席の一人一人を見ながら続ける。
「恥ずかしい話ですが……俺には設計図は描けても、こちらの鉄鋼素材や技術を応用して具現化することまではできません。どうかみなさんのお力で、水を吸い上げる揚水機関を作ってくれませんか? そうすれば、坑道の浸水に対抗できると思うんです!!」
勇人が話終えると、議事堂はシンと静まり返った。
勇人の呼びかけに呼応するような歓声は上がらない。
代わりに……。
「自分たちの技術を惜しげもなく披露するとは……さすが……勇者さまだ」
設計図を見ていた技術者の中から声が上がる。技術者たちは尊敬の眼差しを勇人に向けていた。
やがて……。
技術者の一人が設計図を指差しながら叫んだ。
「みんな、聞いてくれ!! 勇者さまの技術……これは動力源を魔法に頼らない、画期的な技術だ!! これを具現化すれば、排水どころか、乗り物だって作れる可能性が有る!! それこそ、伝説になるぞ!!」
聴衆に向かって叫んだ技術者は興奮した顔で演説台の勇人を振り返った。
「勇者さま、ありがとうございます!! 勇者さま万歳!!」
技術者が両手を上げると、それまで黙って見ていた聴衆が次々に立ち上がった。
「「「勇者さま万歳!!」」」
技術者の興奮が伝播した聴衆は、口々に叫んでもろ手を上げた。
「「「勇者さま万歳!! 勇者さま万歳!! 勇者さま万歳!!」」」
鳴りやまぬ歓呼に勇人は困惑して演説台から議長席を振り返った。
勇人の困り顔を見たサリューがゲオルグに目で合図を送る。
ガン、ガン、ガン。
「皆様、ご静粛に!! ご静粛に!!」
ゲオルグが再び石突きで床を叩くと人々は静かになった。
サリューは演説台まで降りて勇人の隣に立つと、その通る声で聴衆に呼びかけた。
「メヴェ・サルデ近郊の市長、領主に申し上げる。今、我々が頼みとする坑道からは、その浸水で人の火が消え、財産が消え、街からは笑い声が消えた。かつては魔導石の採掘で栄え、『ビフレストの首飾り』とその栄光を謳われたメヴェ・サルデも、今は日々糊口をしのぐのが精一杯の有様……。悔しいが、揚水機関を作り上げる事業を単独で行うことは叶わない……」
サリューは演説台に手をつくと、身を乗り出して議事堂に集まった人々を見渡した。
「ビフレストに恩恵を授かる兄弟たちよ、どうか、力を貸してくれ。共に揚水機関を作ってくれ。頼む、この通りだ!!」
サリューは精一杯に呼びかけて、深々と頭を下げた。
頭を下げる領主の姿に人々は戸惑い、顔を見合わせる。
その時。
「何を言うか!! サリュー・ドラモンド伯爵、頭を上げられよ!!」
傍聴席から筋骨隆々で背の高い男が進み出た。男は頭の両サイドをガッツリと刈り上げ、長く伸ばした髪を麻紐で結わえている。そして、腰には巨大な偃月刀をぶら下げていた。
男はビフレストの裾野に広がる草原を支配するハン族の族長だった。ハン族は壁面都市ではないが、ビフレストに多くの鉱山を持ち、魔導石の採掘を行っていた。
「アル・ハディン殿……」
サリューは顔を上げると、男の名前を呼んだ。
「サリュー殿、水臭いではないか。我らはビフレストの子供なのですぞ」
アルは豪快に笑うと演説台に上り、サリューや勇人と並んだ。サリューも背が高く体格が良い方だが、アルと並ぶと、大人と子供に見える。
アルは議事堂を見渡すと、その太い腕を突き出した。
「困窮に喘いでいるのはメヴェ・サルデだけではない!! 遠からず我々もメヴェ・サルデと同じ運命に見舞われよう!! 今、勇者さまはその崇高なる技術をメヴェ・サルデに提供してくださると仰った!! それを共有しようと言うサリュー殿の申し出、断る道理など有るはずもない!!」
アルは鞘から偃月刀を抜き放つと、勢い良く掲げた。
「ハン族はメヴェ・サルデ、そして勇者さまと共に進む!!」
「ウ、ウオオオォォォー!!!!!!」
アルの従者と思しき男たちが一斉に剣を抜き放ち、歓声を上げながら剣を掲げた。その勢いと熱気は、暗闇を切り裂く一筋の光のように、人々の心に差し込んだ。
勇者がもたらした揚水機関に人々は希望を見出し、そして賭けに出た。
「ポロッカの町も協力を惜しまぬゾイ!!」
「ガルフォードも協力するわ!!」
「木守り族だって!!」
老齢の市長が、若い女性の領主が、子供の族長が……議事堂に集まった様々な町の指導者が強力を申し出た。
しかし……。
議事堂全体が盛り上がる雰囲気の中……。
サリューと同じ上等な宮廷服を着た男が演説台の前まで歩み寄った。
「地方が勝手に連合を組むなど……王府の許可は貰ったのですかな?」
でっぷりと太った体格の男が、そう言って脂ぎった顔をサリューに向けた。
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