「は!? じゃあ、沙希は正義と付き合ってんのか!?」
茜の大声が会議室に響き渡った。
「ちょっと、茜、声が大きいよ」
ビンスからもらった収支予算書や人別帳とにらめっこをしながら沙希は答えた。
正義と勇人が『鍛冶屋ジョルジュと魔法屋リリーの店』へと向かった後、沙希はビンスに郵便システムについて説明した。ビンスは大賛成し、さっそくザハへと向かう馬車を手配しに出かけて行った。
『蒸気機関製作』と『郵便システム』の構築を控えて忙しくしている沙希とは対照的に、暇を持て余した茜は恋バナをしたくてしょうがないらしい。
沙希は作業の手を止めて顔を上げた。
「気持ちを伝え合っただけだよ……」
「んなワケねーだろ!? ホラ、キスとか、イロイロ有るだろ!? どうなんだよ!?」
「それは……」
沙希は苦笑いを浮かべて茜から視線を逸らした。
「少し黙れ、暇ゴリラ。沙希は忙しいんだ」
困り顔の沙希を見かねて京子が助け舟を出す。
「でもよ、気になるじゃねーか……」
「そんなの気にしてる暇が有るなら、どうやって商人ギルドに話を通すか考えろ」
「あ? 要するにバッバーニを説得すりゃイイだけの話だろ? 余裕だよ」
「そんな簡単に考えてたら失敗するぞ……」
「大丈夫、大丈夫。京子、お前は黙って『郵便システム』の作り方だけ考えてればいいんだよ」
「油断するな……このクソゴリラ」
佳織と一緒になって『郵便システムの仕組み』を考えていた京子は茜の余裕綽々な態度が気に入らなかったようだ。勇人が居ないのも手伝って、強烈な一言を浴びせた。
「京子、テメー!! ついに一線を越えやがったな!? 上等だよ!!」
「わたしもあんたのナメた態度が腹立つ!!」
「や、やめて~」
慌てて佳織が茜と京子の間に割って入る。
「「かっちゃん、止めるな!!」」
異口同音に叫ぶと、茜と京子は佳織を挟んでお互いの胸倉をつかみ合った。
「お、お願い……ふ、二人とも……や、やめ……沙希ちゃん……てつだって」
もみくちゃにされ、進退が窮まった佳織は沙希を見た。そして、沙希と目が合った瞬間、何かを閃いた表情になる。その顔に沙希は嫌な予感を覚えた。
「沙希ちゃん、正義君に気持ちを伝えたんだね!! 凄いなぁ~。ねぇ、二人ともそう思うでしょ!? そう思うよね!? 喧嘩をやめて、沙希ちゃんと正義君のお話しを聞こうよ!!」
佳織は急ハンドルを切って、強引に話題を変えた。すると、茜と京子はもみ合うのをやめて沙希に視線を送る。なんだかんだ言って、二人とも沙希と正義の恋愛模様に興味津々だった。
「沙希ちゃんも正義君に好きって言ったの??」
「えっ!? ま、まあ……」
「勇気あるなぁ~」
佳織は感心すると続けた。
「つ、付き合うって……今までと何が変わるの!? 先生、教えてください!!」
「……」
佳織の質問に沙希は黙ってしまった。
沙希は正義との関係が今までと変わったように思えない。確かに、正義のことは好きだ。しかし、それが『異性として好きか?』と、聞かれると……。
──わたし……正義のこと、どう思ってるんだろう?
沙希は今になってそんな疑問が湧いてきた自分が可笑しくなった。
正義は幼い頃からずっと一緒で、そばに居るのが当たり前だった。大切な存在であることに変わりはない。ただ、その好意が異性に対するものであると確信できない自分が居る。
──じゃあ、何でわたしは……。
そう思うと、沙希は自分で自分のことがわからなくなった。
× × ×
──わたしと正義……これから何か変わるのかな……。
そんなことを考えていると、当の本人である正義と勇人が帰って来た。聞けば、レッドバロンの職人たちと一緒になって蒸気機関を作ると言う。
しかし……。
正義と勇人も職人たちと一緒になってメヴェ・サルデへ行くと聞いた沙希は不機嫌になった。正義と勇人の決断は尊重したい。それでも、命を狙った相手の元へ向かうのはやはり危険な気がする。言い出せないだけで、茜、京子、佳織も不安気な顔になっていた。
「なんで不機嫌になったんだよ……?」
「別になってないよ……。で? いつメヴェ・サルデに行くの?」」
沙希は不安を押し殺して尋ねた。正義は沙希の心配など全く気づかない様子だった。それが少しだけ腹立たしい。
「明日、向かうよ。ジョルジュさんやグレイも一緒に行く」
グレイという名前に茜と京子がピクリと反応した。
ボクっ娘のグレイは腕の良い紋章師だが、茜と京子にとっては勇人を巡る恋敵だ。その恋敵が勇人と一緒になって行くのを二人は気にしているらしい。
沙希は再び手元の資料に視線を落とした。
「そっか……。茜と京子も明日、ザハへ行くから途中まで一緒だね」
「二人だけで行くのか? 少し危険じゃ……」
「ザハまでチーム茜の皆さんが同行してくれるから大丈夫だよ。そっちこそ、メヴェ・サルデに行くんでしょ? 職人さんたちだけで大丈夫? 必要だったらチーム茜の皆さんに頼んで……」
「ドグさんがガンバルフさんに一緒に来てくれるように頼んでくれるって」
「えっ!? ガンバルフさんが一緒に来てくれるの??」
沙希は少し驚いて尋ねた。
ガンバルフは護衛の戦力として申し分ないが、どこか気難しく、頑固な所が有る。簡単に引き受けてくれるとは思えなかった。
「ドグさんとガンバルフさん、茶飲み友達で仲が良いんだって」
「ガンバルフさんと茶飲み友達……。そういえば、ガンバルフさん、敬と一緒になって何かしてるんだよね……?」
「そうだった!! 敬はどうしてるんだ!?」
正義は忘れかけていた名前を思い出した。
敬は正義たちの時間で一昨日の夜に旅立った。しかし、こちらの世界では一ヶ月以上の時間が経過している。一ヶ月以上もの間、敬は何をして過ごしていたのであろうか?
「みんな、敬君に会いに行こうよ……」
佳織が進み出て心配そうに言った。佳織は敬が無事とわかっていても、実際に顔を見るまでは安心できないのだろう。
「「「かっちゃん、そうしよう」」」
みんなが頷き合っていると、馬車の手配を済ませたビンスが戻って来た。
「これはこれは勇者さま、再び勢ぞろいで御座いますね!! 馬車の用意は整いました。それでは、これから『勇者ホール』へと向かいましょう!! さあさあ、皆さまお待ちかね!!」
お待ちかね? みんなは一斉に首を傾げた。すると、そんな正義たちにビンスは一枚ずつチラシを配った。それはどこか映画の宣伝を思わせるフライヤーだった。
チラシの中心にはシリアスな表情で正面を見据える敬が描かれている。そして、敬を取り巻くように美男美女が描かれていた。いや、美男美女に混じって、厳めしい顔つきのガンバルフもこちらを睨んでいる。
『ロミオとジュリエットとタカシ』
チラシには嫌な予感しかしない題名が書かれていた。それに、ご丁寧にあらすじまで記載されている。
『あらすじ……。
レッドバロンのモンタギュー家とキャピュレット家とは仇敵の仲。しかし、モンタギュー家の一人息子ロミオとキャピュレット家の一人娘ジュリエットは密かに想い合う恋人同士だった。許されざる恋に思い悩むロミオとジュリエット。
悲劇に見舞われる二人を勇者と大賢者が救う!!
本物の勇者と大賢者が演じる本格舞台!!』
正義たちは絶句した。
シェークスピアの『ロミオとジュリエット』そのままの物語が書かれている。しかし、『ロミオとジュリエット』には勇者や大賢者は登場しない。
「敬君、異世界で演劇してるんだ!? 凄い!!」
みんなが呆れて言葉を失う中、佳織だけは感心しきりだった。
「『ロミオとジュリエットとタカシ』は涙無しには観れない感動の舞台ですよ!! 開演まで間もなくです。参りましょう!!」
ビンスは嬉々として語り、みんなを『勇者ホール』へと誘った。
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