『鍛冶屋ジョルジュと魔法屋リリーの店』に着くと、正義と勇人はジョルジュに事情を話した。ジョルジュは勇者たちとの再会に熱い握手を交わすと、喜んで工房の一室を貸してくれた。
勇人はさっそく蒸気機関の設計図を描き始めた。
勇人が設計図を描いている間に、ジョルジュは紋章師のグレイや木工職人のドグを招いた。グレイやドグだけではない。 「勇者さまが新しい技術を披露する」という噂を聞きつけて、レッドバロン中の職人たちが『鍛冶屋ジョルジュと魔法屋リリーの店』へと駆けつけた。
「勇者さん、頑張って!!」
マリーも子供ながら勇人を応援している。
勇人はみんなの期待を一身に背負いながら蒸気機関の設計図を描き上げた。
× × ×
「で、できました……。上手く伝わると良いのですが……」
勇人は額の汗を拭いながら言った。
「どれどれ……」
「ボクも見たい!! 見せて!! 見せて!!」
ジョルジュやグレイ、他の職人たちも机に広げられた設計図を覗き込んだ。
「水蒸気を使うのか……画期的だな」
「往復運動が回転運動へと繋がる仕組みだな……凄い!!」
「こ、こりゃあ、排水機どころじゃないぞ……この機関を応用すれば乗り物だってできる!!」
職人たちの間から感嘆の声が上がった。
「……描いておいて恥ずかしいのですが……俺は蒸気機関の設計図を描けても、どういった部品を使えば良いのか、送水技術との連動はどうするのか、全く解らないんです……本当にすいません」
設計図に見入る職人たちに勇人は頭を下げた。
スチール缶や真鍮、アルミホイールの代わりに何を代用すれば良いのか勇人は全く解らなかった。ボイラー部分やピストン部分、動輪の仕組みは描けたが、何を用いるかまでは皆目見当がつかない。
「何を謝ってるんだ、勇者さま。顔を上げてくれ!!」
ジョルジュがとんでもないという顔をした。
「この設計図は言ってみりゃ、魔法に頼らない新しい動力機関の作り方なんだ。こんな素晴らしい技術をもたらしてくれるなんて……まるで奇跡だ!! 勇者さま、後のことは俺たち職人に任せてくれ!!」
「そうだよ勇人。勇者たちもボクたち職人を信じてよ。そりゃあ、勇者たちの世界と比べてボクたちの技術力は低いかもしれないけど……ボクたちだって長年培った技術を、それなりに持ってるんだ!!」
「そうだ!! そうだ!!」
グレイの言葉に職人たちは頷き合った。
「例えば……」
グレイは進み出ると設計図のボイラー部分を指さした。
「水を溜める部分はドラゴンメイルに使う鉄鋼を使えるんじゃないかな? 耐火の紋章を彫り込めば耐久性も上がるし、高圧にも耐えられると思う」
「そりゃいいアイディアだ!! さすがグレイ!!」
勇人にとっては小学校時代の夏休みの自由研究でも、こちらの世界では新技術の登場だった。蒸気機関の設計図を前に職人たちの意気は上がった。
「ウ~ム……」
誰も彼もが張り切っている中で、木工職人のドグだけが難しい顔をしている。
ドグはおもむろに口を開いた。
「後は……製作費用とメヴェ・サルデが求める排水機になるかどうかじゃな……。こればっかりは現地を見ないことにはわからんワイ……」
ドグはレッドバロンで長く木工職人を営んでおり、職人仲間の間ではご意見番といった存在だった。それだけにドグの言葉は重く、職人たちは黙ってしまった。
「あの……。そのことなんですが……」
ずっと黙っていた正義がみんなを見回した。
「排水機の製作に当たっての費用はちゃんと出ますので、安心してください。それと……メヴェ・サルデには俺と勇人も行きます」
正義の申し出にジョルジュやグレイ、ドグたち職人は驚愕した。
正義たちがメヴェ・サルデの人々に襲われたことをレッドバロンで知らない者は居ない。死人も出たのだ。メヴェ・サルデの中には『勇者』である正義や勇人に恨みを抱く人々が居て当然だ。危険が無いとは言い切れない。
「ありがたい申し出だが……勇者さんよ、大丈夫なのか?」
「勇人、本当なの? ボク、心配だよ……」
「何か有ってからじゃ手遅れじゃワイ」
ジョルジュ、グレイ、ドグだけでなく、職人たちも心配そうに顔を見合わせている。
「……俺たちで決めたことなんです」
そう言って正義が隣を見ると、勇人も強く頷いている。
『鍛冶屋ジョルジュと魔法屋リリーの店』へと向かう間……。
正義は勇人と話して、「排水機を製作する過程でメヴェ・サルデに行く必要が生じたら共に行こう」と決めていた。
レッドバロンとメヴェ・サルデが手を携えるなら、まずはその間に有るわだかまりを解かなければならない。争った事実が有るなら、なおさらだ。
正義と勇人は勇者としてメヴェ・サルデを救うと約束した。その勇者である自分たちが率先して行動しなければ、メヴェ・サルデを救うことはもちろん、レッドバロンの復活だって叶わない。正義も勇人も、本気でそう考えていた。
「邪魔になるなら、出しゃばりませんけど……」
「いや、そんなことは無いが……」
ジョルジュは正義と勇人を交互に見た。二人の表情は真剣そのものだ。
「わかった。メヴェ・サルデに行く時はよろしく頼む」
ジョルジュは大きく頷くとそのゴツゴツとした手を差し出した。
「ありがとうございます!!」
正義と勇人はジョルジュと固い握手を交わした。
× × ×
「良かったな、勇人」
「ああ、ホッとしたよ」
勇人の笑顔に、正義は少しの罪悪感を覚えた。勇人には言ってないことが有る。それは、正義がメヴェ・サルデに行く理由がもう一つ有ることだ。
正義はレッドバロンにおける沙希の負担が大きくなることを懸念していた。
レッドバロンの財政を担い、みんなに指示を出す……その責任はあまりにも重い。
──少しでも沙希の重荷を減らしたい。
正義はそう願っていた。
いつだって……。
大切に想う女性には、その能力を思いきり発揮して欲しいと願うものだ。
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