『ビンスはかく語りき FINAL SEASON 』
ここからは人づてに聞いた話や、わたしの憶測も混じります。何故なら、レッドバロン解放後にわたしも優香さまのもとを離れたからでございます。
わたしはゼノガルド帝国軍を追撃する優香さまに別れを告げ、レッドバロンに残りました。戦争で荒廃したレッドバロンを、一刻も早く復興させたかったのです。それに……優香さまにはもう……わたしは必要ありませんでしたから……。
……さて、話を続けましょう!!
バルザック王国軍はゼノガルド帝国軍の残存部隊を駆逐しながら、皇帝カインハートを追いかけました。大魔導士カルマンを失った帝国軍は、もはや目立った抵抗ができません。帝国軍は散り散りになって、長城の外へと逃げてゆきます。
バルザック王国領内から帝国軍を一掃した優香さまは、そのまま帝国軍を追って『斃れた貴婦人の傘』に進軍するかに思えました。しかし……。
長城まで来ると、優香さまはバルザック王国軍の進撃を停止させたのです。長城に大軍を留めたまま、それ以上は動こうとなさいません……。きっと、失地を回復したことで、これ以上の戦闘は無用と考えたのでしょう。
追撃の手が緩むと、帝国軍は『斃れた貴婦人の傘』で残存兵力をまとめ上げました。そして、山岳地帯に再び防御陣地を築きます。
カインハートは勢いに乗ったバルザック王国軍がゼノガルド帝国まで侵攻してくると考えたのです。カインハートは『斃れた貴婦人の傘』での決戦を睨み、本国へ増援部隊の派遣を命じました。
「敵の増援が来るぞ!!」とバルザック王国軍にも緊張が走ります。誰もが再び帝国軍との決戦が行われるものと思いました。『斃れた貴婦人の傘』が第二の『無慈悲な終焉の地』になると覚悟したのです。
ところが……。
みんなの予想に反して、優香さまはゼノガルド帝国に停戦を申し込んだのです。カインハートに対して、これ以上の流血を避けるために、「お互い無条件で停戦しよう」と呼びかけたのです。
カインハートは最初、優香さまの申し出を突っぱねたそうです。それはそうでしょう。バルザック王国軍は大魔導士カルマンを停戦協議の場に呼び出して、騙し討ちにした過去があるのですから。軍使が斬り殺されなかっただけ、まだマシだったかもしれません。
「本国からの増援が来る前に我々を斃した方が良いぞ。今度は『斃れた貴婦人の傘』をお前らの血で染め上げて、英霊カルマンの無念を慰める」
と、挑発する内容の手紙をよこして来たそうです。
拒絶する帝国軍に対して優香さまは何度も停戦の軍使を送りました。そして、待機する将兵は一歩も長城から出しませんでした。戦う意思がないことをカインハートに伝えたかったのです。
やがて……
根負けしたのか、カインハートは優香さまの心算を試すような軍使を送ってきました。その軍使はこう言ったのです……。
「皇帝であるわたしと、勇者である優香殿、二人だけで話をしたい。ついては、古ノイエル城まで一人で来られたし」
どうせ断るだろう……。と、カインハートは無理難題を言ってきました。古ノイエル城は『斃れた貴婦人の傘』にある廃城のことです。かつて栄えた王国の城塞で、当時は打ち捨てられ、廃墟と化していました。
古ノイエル城は敵の勢力下にあります。当然ながらバルザック王国軍の将校たちは反対しました。「罠だ!!」と叫ぶ者もいれば、「この機にカインハートを捕らえよう」と策謀を囁く者までいました。誰も、優香さまが一人で向かうなんて考えていなかったそうです……。
しかし……。
優香さまは一人で古ノイエル城へ向かうと、お決めになったのです。将校たちは腰を抜かし、必死になって思い止まるように説得しました。ですが、優香さまの決意は固く、説得に応じません。ついには……。
「わたしを追って長城を出た者は、反逆とみなして極刑に処す バルザック王国軍上級大将 若槻優香」
と、軍の最高司令官である上級大将の名で令状まで発しました。これでは、誰も何も言えません。みんな、勇者である優香さまを信じるしかありませんでした。
こうして、優香さまは単身、『斃れた貴婦人の傘』にある古ノイエル城へと向かわれたのです……。
伝え聞いたところによると、カインハートは闇に染まる漆黒の黒髪に、蒼天を覗き見るような碧眼の持ち主だったとか。長身で、誰もが見入ってしまうほどの美丈夫だったそうです。
聡明で優しく、穏やかな性格をしておりますが、皇帝としての冷徹な側面も併せ持っており、若くして内紛が絶えないゼノガルド帝国をまとめ上げました。
優秀な皇帝として魔族の頂点に君臨するカインハートと、『バルザックの乙女』として活躍する勇者優香が対峙なさったのです。
一方……。
残されたバルザック王国軍は大騒ぎでした。旗頭と仰ぐ優香さまが一人で『斃れた貴婦人の傘』に向かわれたのですから、動揺して当然です。
「優香さまに何かあれば、ゼノガルド帝国に侵攻して蹂躙する!! 今度は自分たちが殲滅戦をやってやる!!」
と、将校たちは息巻いていました。そして、優香さまが戻らなかった場合は長城から出撃して『斃れた貴婦人の傘』に進軍すると決め、その期限を翌日の昼と定めました。
将校たちは「長城を出た者は反逆とみなして極刑に処す」という優香さまの命令を、その狂信的な忠誠心でねじ伏せたのです。みんな「優香さまが無事なら処刑されても構わない」と覚悟を決め、出撃の準備を始めました。
翌日の朝、長城に集結したバルザック王国の大軍から幾つもの炊煙が上がります。将校たちは戦いに備えて兵士たちに腹いっぱい食事をさせました。昼になれば、食事を抜いて古ノイエル城に急行しようと考えていたのです。
昼近くになっても、優香さまが帰って来る気配がありません。
いよいよ、将校たちの焦りの色が濃くなります。
「やはり優香さまに何か有ったのだ!!」
焦燥に駆られた将校たちはそう決めつけました。
こうなってくると、みんなが憎しみの炎を燃やします。
「停戦を呼びかけておきながら……ゼノガルド帝国の外道どもめ!!」
「奸智に長けたカインハート!! カインハートを殺せ!!」
「ゼノガルド帝国の畜生どもは皆殺しだ!!」
自分たちがカルマンを騙し討ちにしたことなど忘れて、将校たちは口々に叫んだそうです。カルマンを殺された帝国軍だって、同じことを思ったでしょうに……。
長城に展開するバルザック王国軍からは狼煙が次々と上がり、出陣を告げる陣太鼓が響き渡ります。軍馬が嘶き、軍旗が高々と掲げられました。兵士たちは「バルザックの乙女を救え!!」と鬨の声を上げ、出撃を今か今かと待ちわびます。
その時……。
先遣の騎馬隊が長城から出撃しようとした、まさにその瞬間。
『斃れた貴婦人の傘』の方角から、騎馬が近づいてきました。
馬に乗っているのが優香さまだとわかると、将校たちは城門を開いて飛び出してゆきます。「優香さまが戻られたぞ!!」と声を張り上げる伝令も全軍に向かって放たれました。
しかし……。
歓喜しながら優香さまに近づいた将校たちは、その姿を見て言葉を失いました。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!