勇者たちの産業革命

田舎の高校生、異世界で町おこし!!
綾野トモヒト
綾野トモヒト

第70話 ビンス、勇者の伝説を語る02

公開日時: 2021年6月7日(月) 12:00
文字数:2,305

 『ビンスはかく語りき SEASON 2』


 召喚された若槻優香さまは当時17才で、笑顔がよく似合う可愛らしい女の子でございました。京子勇者さまと同じ短めの髪型で、茜勇者さまのように物事をハッキリと仰る性格でした。そして、ケンドーという勇者さまの武術も身につけていたのです。


 レッドバロンに召喚された当初こそ、優香さまは戸惑い、家族を想って嘆かれておりました。しかし、次第に現状を受け入れ、わたしやガンバルフ先生、他の仲間たちとも仲良くなっていったのです。


 わたしたちと打ち解けても、優香さまが戦争に参加することはありませんでした。「戦争の理由もわからないのに、バルザック王国に味方なんてできない」と、もっともな正論を仰って、剣を取らなかったのでございます。


 わたしたちが困り果てたのは想像にかたくないことと思います。自分たちが召喚した勇者が、戦争の理由いかんによっては敵に味方するかもしれないのですから……。


 心無い王府の人間の中には、敵と戦わない優香さまを非難する者もいたそうですが、レッドバロンのわたしたちは優香さまが大好きでした。

 

 優香さまは戦傷を負った者の介護、敵の攻撃で燃え盛る家屋の消火、壁の崩落で下敷きになった者の救出……老若男女、敵味方を問わず、レッドバロン中を駆け巡って救いの手を差し伸べていました。優香さまは傷つき、悲しむ人を絶対に放っておきません。そして、戦争を心の底から嫌っておいででした……。


 弱者に寄り添い、苦痛や悲しみを共有する優香さまにとって、人を傷つける戦争は嫌悪けんおすべき行為だったのでしょう。自分から戦うとは絶対に仰いませんでした。わたしたちは、それでも良い、居てくれるだけでありがたい、と思っていました。戦わずとも、優香さまはレッドバロンの精神的支柱となっていたのです……。


 そんなある日……。


 優香さまの考えを一変させる出来事が起こりました……。


 今でも覚えております。その日は朝から雨がぱらつく空模様でございました……。


 優香さまは兵站をになう部隊と一緒になってレッドバロンの外で活動なさっておりました。兵站とは食糧や軍需品の調達、それらを運び込む交通路を確保する任務のことでございます。優香さまはみんなと一緒になって弓や燃料に使える木々を集めに向かったのです。その帰り道……リーハという山間やまあいの小さな村で……ゼノガルド帝国軍が行った殲滅戦せんめつせんを目撃なさいました……。


 聞いた話によれば、ザハから落ちびた戦士たちがゼノガルド帝国軍に遊撃戦を挑み、逆に反撃されてリーハ村に逃げ込んだとか……。追撃するゼノガルド帝国軍はリーハ村を襲い、掃討戦そうとうせんではなく、殲滅戦せんめつせんを行ったのです。


 掃討戦と殲滅戦の違いでございますか? 掃討戦は抵抗する兵士のみを相手にしますが、殲滅戦はその名の通り殲滅します。非戦闘員まで皆殺しにするのです。リーハ村では降伏した兵士も、村の老若男女も、子供や赤子まで……なで斬りにされました。


 優香さまの一行はリーハ村に入る直前でゼノガルド帝国軍の襲来を知り難を逃れました。ですが、優香さまは虐殺の一部始終を目《ま》の当たりにすることとなったのです。


 レッドバロンに戻って来た優香さまは真っ青な顔をしておいででした。そして、部屋に籠りきりになり、あまり食事もお取りになりません。


 やがて……数日が経つと、優香さまは自室を出てみんなに顔を見せました。みんなは喜びましたが、わたしには優香さまの目つきが以前と変わったように感じられました……優しげな雰囲気はそのままですが、瞳の奥に冷たい決意を秘めているように見えたのです。


 ようやく姿を見せた優香さまは、わたしやガンバルフ先生、そしてレッドバロンの人たちに向かってこう仰いました。


「わたしは戦争を止めるために剣を取る!!」


 そう力強く言い放った言葉は、正義まさよし勇者さまの「暴力を抑止する暴力を肯定する」という言葉とどこか似ております。もしかすると、優香さまと正義さまはお考えが似ているのかもしれません……。

 

 さて、優香さまが剣を握ったまでは良いのですが、正直に申し上げまして、戦場では何の役にも立ちませんでした。ケンドーという勇者さまの武術も、実戦では効果を発揮しなかったそうです。


 優香さまによれば、ケンドーとは精神修養に励む競技であり、礼儀作法を重んじ、一対一で行われるそうです。多対多の乱戦である戦場においては、全く活用できなかったと申しておりました。それに、勇者さまの武器である竹刀シナイと違って、わたしたちの剣が重く、勝手が違ったのも影響したみたいです。


 勇者さまが戦力にならない……わたしたちは愕然としました。優香さま自身も落胆し、自分の非力を嘆いておられました。


 優香さまは魔法が使えません。特殊能力があるわけでもございません。……沙希さまや佳織さまと同じ、普通の女の子だったのです。しかし、優香さまには一つだけ特筆すべき才能がございました。それが……。


 戦争指導者としての才能です。


 弱者に寄り添って笑顔で励ます優香さまの姿にレッドバロンの人たちは惹きつけられました。同じように、今度はバルザック王国全体が、健気けなげに戦う優香さまの姿に魅了されていったのです。


 レッドバロンの精神的支柱だった優香さまは、バルザック王国の精神的支柱になっていきました。


 人々を魅了してまとめ上げると、一致団結して戦争での勝利を目指す……いつの間にか、優香さまは反攻を待ち望むバルザック王国の旗頭はたがしらとなっていました。そして、ついに反撃の狼煙のろしを上げたのです。バルザック王国、冬の大攻勢の始まりです。


 何の皮肉でしょうか……戦争を毛嫌いする優香さまには、戦争指導者としてのたぐまれな才能が備わっていたのです……。



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