『勇者の宿』を背にして広い通りをまっすぐに進むと、『鍛冶屋ジョルジュと魔法使いリリーの店』と書かれた看板が見えてくる。そこが鍛冶職人、ジョルジュのお店だった。
正義は扉の横に備え付けられた呼び鈴らしきボタンを押した。
「いらっしゃい、勇者さん!!」
朗らかな声と共に中から出てきたのはマリーだった。そういえば、初めてマリーと出会った時、マリーは父親が鍛冶職人で母親が魔法使いだと言っていた。
「娘と遊んでくれたんだってな、勇者さま。感謝する」
マリーの後ろに体格の良い大柄の男性が立っている。
「鍛冶職人のジョルジュだ。宜しく」
ジョルジュは言いながらごつごつした手を差し出し、握手を求めた。
正義はジョルジュの握力に悲鳴をぐっと堪えたが、勇人は平気な顔で握手を交わしている。
「初めまして、前田正義と言います。ビンスさんの紹介で来ました」
「須藤勇人です。宜しくお願いします」
「ああ。ガンバルフ先生が召喚した勇者さまだろ。噂は聞いてるよ。今日はどうしたんだ? まあ、中へ入ってくれ」
大きめのリビングへ通されると、正義と勇人はさっそく冷却魔法を持続的にかけても大丈夫な箱を作れないか相談した。
ジョルジュは丸太のような腕を組み、二人の話を聞いている。
やがて……。
「馬車に載せても大丈夫な箱を明日までにか……。グレイが力を貸してくれれば、問題なく作れると思うが……」
ジョルジュは角張った顎を撫でながら言った。
ジョルジュがグレイと呼ぶ人物は、レッドバロンに住む腕の良い紋章師で棺桶職人のことだった。
紋章師というのは物にかけた魔法の効力が持続するための文様を彫り込む技師のことである。こちらの世界では死後、人々の魂が神々の祝福を受けられるように、紋章師が棺を作っていた。
「グレイは優秀な紋章師だ。きっと、冷却魔法が長続きする文様を彫り込んでくれる。……ただ……」
ジョルジュは少し困った顔をして続けた。
それによると……。
紋章師で棺桶職人のグレイは臥せがちな父親の後を継いだばかりで、腕の良い紋章師だが、『根暗のグレイ』とあだ名される程、人見知りが激しく難しい性格だという。
「まあ、勇者さまの言うことだったら聞くと思うが……」
そう言ってジョルジュは締めくくった。
少なくとも、職人たちの元締めであるジョルジュが「腕の良い職人」と認めているのだ。多少、性格に難があっても、ここで諦める訳にはいかない。正義と勇人は『紋章師 グレイ』を訪ねてみることに決めた。
「「ジョルジュさん、ありがとうございました」」
「ああ。また何かあったら、いつでも相談してくれ、勇者さま」
正義と勇人が頭を下げると、ジョルジュは頼もしげに大きく頷く。そんなジョルジュの巨体の影から、マリーがピョコッと顔を出した。
「プリンありがとう!! またね、勇者さん!! 勇者のお姉ちゃんにもよろしくね!!」
マリーの声を背に、正義と勇人はグレイの家へと向かった。
× × ×
白く塗装されたレンガの家から出てきたのは、正義や勇人とさほど年の変わらない女の子だった。ショートカットで細い三つ編みのカチュームを巻いている。ツナギに似た作業服を着ており、美容室で見かけるようなウエストポーチには様々な工具が入っていた。
不審そうに見つめる女の子に少し戸惑いながら、正義が尋ねた。
「あの……グレイさんはいらっしゃいますか?」
「……ボクがグレイだけど……何か用?」
意外な答えに正義と勇人は少なからず驚いた。ジョルジュの話し振りから、正義も勇人もグレイが男性だと思い込んでいたのだ。
「ボク」と言っているが、グレイの容姿や声色は明らかに女性だった。
とりあえず、正義は自分たちがグレイを訪ねた理由を説明した。
しかし……。
「ま、町の現状くらい、知ってるよ。でも……ボ、ボクと何の関係があるの?」
グレイは目を合わせようともせず、モジモジと左手の人差し指に嵌めた指輪ばかりいじっている。
「ゆ、勇者だからってなんだ。どうせ……棺桶職人のボクを、他人の不幸を喜ぶ人間だって思ってるんだろ?」
「……」
初対面でここまで言われてしまっては、取り付く島もない。予想の斜め上を行く、グレイのひねくれた性格に正義は絶句した。
正義が言葉に詰まっていると、それを横で見ていた勇人が進み出た。
「これ、プリンって言うんだけど、食べてみてくれないかな?」
勇人は急に切り出した。
「え?」
戸惑うグレイは目の前に差し出されたプリンと勇人の顔を交互に見つめた。
すると、突然。
「グレイ、外で一緒に食べよう!!」
「ちょ、ちょっと……」
勇人は渋るグレイの手を引いて外へと連れ出した。
傍から見ると勇人の強引な行動も、グレイにとっては新鮮で、あまり嫌ではなかったらしい。仕方がないなという顔をしながらも、グレイは家の外へと出てきた。
「突然訪ねてゴメン。鍛冶屋のジョルジュさんに腕の良い職人さんが居るって聞いて訪ねてきたんだ。初めまして、俺は須藤勇人。で、こっちは前田正義。よろしく」
勇人は改めて自己紹介した。
「ボ、ボクはグレイ……グレイ・サンダース」
消え入りそうな声でグレイも名前を名乗った。
「グレイって、お父さんの後を継いで仕事しているんだろ? すごいね」
「別に……そうでもないよ……」
「俺も父さんが工場やっててさ……」
「こ、工場!? そっちの方がすごいじゃん」
「町の小さな工場だよ。この間だって……」
いつの間にか、勇人はグレイと自然な会話を成立させていた。
一人蚊帳の外の正義はプリンを食べながらことの成り行きを見守っている。
やがて、グレイは会話の合間にプリンを食べた。
「あ……美味しい……」
グレイは不思議そうにプリンを見つめた。
「な!! 美味しいだろ!? プリンって、俺たちの世界ではおやつの定番で、食べるとみんなが笑顔になるんだよ!!」
勇人の笑顔に、グレイはいつの間にか見入っていた。
「レッドバロンのバロンプリンで世界に笑顔が増えたら、素敵だろ?? その為にはグレイ、君の力が必要なんだ。力を貸してくれ、頼む!!」
言葉の最後で、勇人は急に真剣な眼差しになった。
──勇者さまはボクの力が本当に必要なんだ……。
勇人に見つめられてそう感じたグレイは、はにかみながら俯いた。
「どこまで力になれるかわからないけど……ボク、勇人のために頑張ってみるよ」
「良かった。よろしく頼むよ、グレイ。出来ることがあったら、俺と正義も手伝うから。……また一緒にプリン食べよう!!」
「本当!? ……良いの……?」
上目づかいに勇人を見るグレイの頬が少し紅くなっている。
「当たり前だろ!!」
爽やかな勇人の笑顔を見て、グレイの顔がついに真っ赤になった。
須藤勇人……。
普段の勇人は義理堅くて真面目。野球に打ち込むイケメンのお兄ちゃんキャラだ。
しかし……。
勇人には自然に女性を口説いてしまう、天賦の才能が有った。もちろん、勇人本人にその自覚は無い。
「だから性質が悪いんだよね……」と沙希が言っていたのを正義は思い出した。篠津高校でも、茜と京子がそんな勇人に盛大な勘違いをした。
本人が聞いたら怒るかもしれないが、勇人は『篠津高校の天然ウーマナイザー』だった。
グレイとの話し合いを終えると、勇人は「グレイって話の分かるイイ子だったな」と安堵の表情を浮かべた。
「コイツうらやま……あ、いや、恐ろしいヤツだな」
正義は小さく呟いた。
そして、その頃……。
『勇者の宿』では、レッドバロン総出のバロンプリン作りが行われようとしていた。
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