勇者たちの産業革命

田舎の高校生、異世界で町おこし!!
綾野トモヒト
綾野トモヒト

第57話 勇者、夜陰に友人を探す

公開日時: 2021年5月26日(水) 12:00
文字数:2,226

 燦燦さんさんと輝いていた太陽が地平線の彼方に沈み、砂漠に夜の帳が下りる。


 夜空に顔を出した無数の星々は白くまたたき、熱砂は姿を消して昼間の灼熱がまるで嘘のようだ。


 フッ。と、吹き抜ける涼風が茜の頬を撫でる。


 神殿からオアシス都市へと戻って来た茜はレオやレッドバロンの元戦士たちと共に、夜の街を歩いていた。


 茜は目を少しだけ細めると、辺りを見渡した。


 オアシス都市にはザハから来航した多数の砂船が停泊していた。砂丘の合間には天幕が張られ、篝火や行き交う人々の手にした松明の灯りが無数に揺れている。


 どうやらサーシャ率いるガルタイ族がザハで、「ガルタイ族のテレサが勇者と『熱波ねっぱ苦悶くもん開脚走かいきゃくそう』を行う!!」と大々的に触れ回ったらしい。


 「勇者さまが『熱波苦悶開脚走』を!?」と、興味を惹かれたザハの人々が大多数、このオアシス都市へと詰めかけていた。


 円形闘技場の周辺には新たに出店が設けられ、観光客や『熱波苦悶開脚走』の見物客が溢れている。その人々の喧騒の中に茜は京子の姿を探した。しかし、同じ篠津高校の制服を着た女子高生はどこにも見当たらない。


 京子はオアシス都市へ戻って来ると、「散歩してくる」と言って宿屋を出て行った。


 茜は京子との気まずい雰囲気に、「どこに行くんだよ?」と京子の背中を追いかけることが出来なかった。


 結局……。


 夕食時間になっても現れない京子を心配したレオが、「京子勇者さまを探しに行ってきます!!」と言った時、茜も一緒に探すことを選んだ。


──京子、本当に……どうしたんだよ……。


 普段はあまり動じない茜の顔が曇ったのを見て、レオが心配そうに声をかけて来た。


「京子勇者さまのことですから心配は無いと思いますが……このまま見つからないのであれば、ガルタイ族の連中にも探してもらった方が良いのではないでしょうか?」


 レオだけではない。他のレッドバロンの戦士たちも同様に心配そうな顔をしている。


「……そうだな。もうちょっと探して京子のやつが見当たらなかったら……ウチからテレサに頼んでみるよ」


 茜がそう言うと、レオたちは顔を見合わせて一応の納得を見せた。


 それにしても……。


 茜は周囲を行き交う人々の視線が気になった。屈強な戦士たちを引き連れて歩く茜は嫌でも目立ってしまう。


 人目を集めることに慣れていない茜は一人で京子を探すことを望んだ。


「わりぃ、レオさん。ウチ一人だけで京子を探させてくれねーか?」

「え!? とんでもない!! それはダメです!! 我々には勇者さまの護衛としての役割が……」


 捲し立てるレオは茜の顔を見て言葉を呑み込んだ。


 茜は真っすぐにレオを見つめて訴えている。


「レオさん……京子だって大袈裟にされたら、出て来づらくなるだろ? ホラ、京子はガラスのハートだからさ」

「し、しかし……。茜勇者さまには京子勇者さまの居所に心当たりが有るのですか?」

「まあ、なんとなく……」

「それなら、早くそこへ参りましょう!!」

「いや、だから……。一人で京子を探してーんだ。……レオさん頼むよ。それに……」


 困った顔をしながらも、茜は精一杯、微笑んでみせた。


「なんでもかんでも大袈裟にされちゃったら……ウチら、レッドバロンに来づらくなっちまうよ……」


 茜の気丈な顔に、憂いの影が差した。


 「レッドバロンに来づらくなる」という茜の言葉に、レオはギクリと反応して固まった。


 『郵便システム』を構築する為にバッバーニやサーシャを説得する。それは、大人の自分たちでさえ困難だ。いや、自分たちでは不可能と言って良い。それを十代の少女たちがやってのけようとしている。そして、レオはいつの間にかそれが当たり前だと思っていた。


 レオは『勇者』という言葉に万能を感じ、盲信してしまっていた自分に気付き、恥じ入った。


 勇者と言えどもまだ十代の若者なのだ……そう再認識すると、レオは改めて茜を見た。


 茜という『勇者』……いや、『少女』は純粋に友達が心配で、一人で探したいと望んでいる。


「茜勇者さま、わかりました。ただ、我々も京子勇者さまをお探し致します。見つかりましたら宿屋までお戻りください。それと……」


 レオは腰にいたつるぎの中から鞘に収まった短剣を取り出し、茜に渡した。それは刃渡り30センチ程の諸刃の短剣で、ダガーと呼ばれるものだった。


「!? レオさん、いらねーよ!!」

「いえ、お持ちください!! こればっかりは譲れません!! お持ちくださらないなら、やはり一緒に……」


 茜は遠慮したが、レオに引き下がる様子は無い。


 レオの頑固な性格を知る茜は、仕方なくダガーを受け取った。


「あ、ありがとう、レオさん」

「とんでもない。それでは、我々は参ります。茜勇者さま、後ほど」


 レオたちレッドバロンの戦士は深々と一礼してその場を去って行った。


──だから、大袈裟なんだよ……。でも、心配してくれてサンキュー。


 レオが立ち去るのを確認すると、茜はダガーをスカートの背中に差した。そして、無数の松明で照らし出された円形闘技場を見上げる。

 

──みんなを心配させるなんて……お前はたかしかよ。


 茜はクスリと笑って円形闘技場へと続く通路へと向かった。そして、獅子の咆哮する姿に似た入り口を見つけてくぐる。


──待ってろキングギドラ!! 今、ゴジラさまが迎えに行くからな!!


 腰にダガーを差して歩む茜の凛々しい姿は、かつてこの『無慈悲な終焉の地ギル・デ・メリク』の円形闘技場で戦った女闘士を彷彿とさせる。


 ドン!! ドン!! ドン!!


 茜が歩を進めると、円形闘技場の奥からは地を震わせるような太鼓の音が聞こえてきた。


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