勇人の実家は篠津町でトラクターや移植機といった農機を修理する工場を営んでいる。国道に面して事務所を兼ねた家があり、そのすぐ裏手に工場がある。
正義と沙希が勇人の家の前まで来ると、茜、京子、佳織、敬の四人はもう集まっていた。みんな、佳織のお母さんに送ってもらったのだと言う。
「沙希と正義は二人で仲良く夜のサイクリングか~♪ ふ~ん♪」
正義と沙希が一緒に現れたのを見て、茜が冷やかすように言って笑う。
「茜こそ……なんだよ、そんな格好して」
正義は茜を一瞥して言った。
茜は爽やかなサックスブルーのプリーツスカートに、クレリックシャツを着ている。普段の活発な姿と違い、今の茜はお淑やかなお嬢さまだ。
「どうせ、勇人の家に行くからって張り切ったんだろ?」
スパッと京子が言い切ると、見る間に茜の顔が真っ赤になった。
「!? ん、んなことねーよ!! なんだよ京子。お前の方こそ、麦わら帽子とか被って、可愛いとでも思ってんだろ!? ……手足の長い、海賊の船長にしか見えねーぞ!!」
京子は七分丈のカーゴパンツにロングのボーダータンクトップという、スポーティーな格好をしている。そして、黒のラインリボンが付いたストローハットを被っていた。
「か、海賊の船長!?」
京子は茜に詰め寄った。
「二人とも、や~め~て~!!」
火花を散らす京子と茜の間に、佳織が割って入る。デニムのシャツワンピースを着た佳織は、さながら、ゴジラとキングギドラの戦いを必死に止めるおやゆび姫だ。
ゴジラ対キングギドラの火蓋が切られようとした瞬間、玄関の電灯が点いた。そして、すぐに玄関の扉が開いて恰幅の良い勇人のお母さんが現れる。
「みんないらっしゃい。勢ぞろいね」
「お母さん、こんばんは!!」
「何がお母さんだ、暇ゴリラ!! ……あ、おばさん、こんばんは」
茜の挨拶にツッコミを入れつつ京子も頭を下げる。
「「「こんばんは!!」」」
正義たちも口々に挨拶をする。
「みんな、『篠津町農業祭り』の集まりなんでしょ? 勇人から聞いてるわ。夏休みなのに遅くまで大変ね~」
勇人のお母さんは昔から遊びに来る正義たちを快く迎え、時には豪快に叱り飛ばす、肝っ玉母さんだった。
正義たちを見て微笑んでいた勇人のお母さんは、敬の出で立ちに目をとめると表情を一変させた。
「た、敬ちゃん……また何処かへ冒険に出かけるのかい!?」
触れられたくはなかったが、敬は以前、札幌のコスプレ会場を目指した時のように魔法使いの格好をしていた。正義たちはあえて敬の格好を無視していた。
動揺を抑えて尋ねる勇人のお母さんに敬は満面の笑みを向ける。
「そうなんです!! 今度はレッドバ……」
「「「わー!!」」」
正義たちは敬の口を塞ぎ、「あの、おばさん。勇人君はどこに居ますか?」と慌てて尋ねた。
「勇人なら、工場の方でみんなを待ってるわ。今日はお父ちゃんたち農業祭りの準備って名目の飲み会だから、好きに使って頂戴」
「「「ありがとうございます!! お邪魔します!!」」」
正義たちは口々にお礼を言って家の裏手へと回った。
× × ×
「みんな、集まってくれてありがとう!!」
正義たちが家の裏手へ回ると、青色のツナギを着て頭に白いタオルを巻いた勇人がみんなを出迎えた。勇人は部活の合間に実家の手伝いをしている。その時の格好をしていた。
勇人は工場の横に建てられた大きめの納屋へとみんなを案内した。
「ここが俺の工場……正義と敬は覚えてるだろ?」
勇人は入り口横のスイッチで電灯を点けると中へ入った。
「そう言えば……昔、よく秘密基地にして敬と一緒に遊んだよな。覚えてるよ」
正義は懐かしがった。
「わたしたちは入れてくれなかったよね」
沙希が笑いながら言うと、茜、京子、佳織も「そうだったね」と頷きながら入って来る。みんなは物珍しそうに中を見回した。壁の棚には電動ドリルや工具箱が置かれてある。そして、秘密基地時代の名残なのか、埃を被ったラジコンも置かれていた。
「みんな入れちゃったら、秘密基地にならないじゃないか……。コレ、結局動かなかったんだよなぁ……」
敬はラジコンを見ながら懐かしそうに言った。
「みんな……このミニコン、椅子の代わりに使ってくれよ」
納屋の中央には家庭科室で見かけるような作業台が置かれてあり、回りには数個のミニコンが積まれてあった。ミニコンとは、野菜や工具を入れるプラスチックで出来た軽くて頑丈な容器のことである。
勇人はみんなにミニコンを手渡した。
「かっちゃん、茜、ごめんな。そんな可愛い格好をして来てくれたのに……ミニコンしか椅子に出来るのなくて……」
「ううん。気にしないで」
「そ、そうだよ。き、気にしてんじゃねーよ……。あ、い、今、カワイイって言っ……」
「早く座れ、暇ゴリラ」
顔を赤らめる茜を京子が急かすと、二人は睨み合った。でも、睨み合うだけで、ゴジラ対キングギドラは始まらない。勇人の前だとゴジラもキングギドラも借りてきた猫のようにおとなしい。
「で? 話ってなんだよ?」
全員が座ると、正義が聞いた。
「あのさ……メヴェ・サルデの話の前に……。小学校六年生の夏休み、俺が自由研究で何を作ったか覚えてるか?」
「自由研究??」
勇人の言葉に正義は遠い記憶を呼び起こした。
× × ×
小学校六年生、夏休みの自由研究……それは、正義にとって苦い思い出だった。
当時、正義 は夏休みの自由研究に、松前城を割りばしと紙粘土で作ることを思い立った。以前、家族旅行で松前町を訪れた時、正義は初めて見る松前城の美しさに心を奪われたからだ。
歴史マニアの正義にとって、北海道に一つしかない日本式城郭を見ることは悲願であり、今度は自由研究でその美しさを再現してみたいと考えた。
割りばしで基礎と骨組みを作り、それに紙粘土を付着させて輪郭を作る。三重三階の天守と切妻造の本丸御門は、苦心した甲斐があり、我ながら素晴らしい出来だった。クラスのみんなが見たら驚くだろう。きっと称賛の嵐に違いない……正義は褒められた時のリアクションまで考えた。
しかし……。
自由研究を提出する当日の朝。枕を抱えて起きて来た正義が居間に入ると……そこには、白い城壁がすべてピンクに塗り替えられた松前城があった。
──!!??
あまりの出来事に正義は枕を落とし、絶句した。犯人なんて容易に想像がつく。
「松前城と言えば桜だろ?」
朝食のパンを咥えた犯人はことも無げに言った。
「だからって、なんでピンクに塗るんだよ!!」
「確かに……城って言うより、いかがわしいお店の模型みたいだな」
笑いながらそう捨て台詞を残して、真実は篠津高校へと向かった。
苦心して築城した松前城は姉の真実の手によって一夜で落城したのだ。正義は泣いた。心から泣いた。
結局、ピンクの城を自由研究として提出した正義は、称賛の代わりに当分の間、クラスのみんなから「ピンク」と呼ばれることになった。
あれは酷い思い出だ。
× × ×
「確か、生徒会長殿はピンクの城だったよね。僕、驚いて二度見したから覚えてるよ。正義がどうかしちゃったんじゃないか? って」
「「「そうそう!!」」」
敬の言葉にみんなが笑って頷いている。
「自由研究が創作ダンスだった奴に言われたくねーよ!!」
正義は敬を睨んだ。
「あのさ……ピンクとか呪いの盆踊りの話はどうでもイイんだよ……」
勇人が眉を寄せて正義と敬を制す。
「ピ、ピンクって略すなよ……一応、松前城なんだよ……」
「呪いの盆踊りとは酷いじゃないか……妖精の求愛ダンスなんだ……」
正義と敬はうな垂れた。
「確か……勇人の自由研究って、何か機械じゃなかった?」
ミニコンの上に体育座をりして考えていた京子が顔を上げる。
「そう!! これだよ!!」
勇人は納屋の棚から、スチール缶やアルミのフライホイール、そして、小型の銅管、真鍮、ゴムチューブでできた蒸気機関のミニチュアを取り出すと、作業台の上に置いた。
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