勇者たちの産業革命

田舎の高校生、異世界で町おこし!!
綾野トモヒト
綾野トモヒト

第12話 勇者、真剣に悩む

公開日時: 2021年4月14日(水) 12:00
更新日時: 2021年5月14日(金) 22:30
文字数:2,824

 保冷車作りに目途めどがつき、正義まさよし勇人ゆうとがジョルジュやグレイにお礼を言って勇者の宿に戻った時には、夜の片隅が明るくなりはじめていた。


 疲れ果てた身体を引きずって正義と勇人が部屋に入ると、中では『京子プリン』の衝撃から復活した敬が懲りずに魔法の練習をしている。大声で魔法を詠唱していた敬は、二人の姿を見ると、そのひたいの汗をぬぐった。


「ガンバルフさんに教えてもらった呪文なんだ。勇者である僕ならきっとモノに出来るはずだよ!!」

「敬……お前、何も手伝わないで魔法の練習してたのか?」


 正義は呆れて聞いた。


「そうだよ。気がついた時にはすることが無くて……。君たちは居ないし、記憶は無いし……声ぐらい、かけてから出かけてくれよ」


 敬は京子の手作りプリンを食べたことを忘れていた。アサシンシェフの手料理はおやつでも記憶を吹き飛ばす効果が有るらしい。


 京子が本格的な料理を創ったらどうなるんだ? と正義は震えた。


「君たちは休んでてよ。僕はまだ練習する。もう少しでモノに出来る気がするんだ」


 何の魔法かはわからないが、異世界の人間を召喚する力を持った大魔法使いに魔法を教えて貰ったのだ。敬は本気になっている。


「うるさいからヤメロ。風呂入って寝るぞ」


 再び魔法の練習を始めた敬の顔に、勇人がバスローブを投げつけた。


×  ×  ×


 正義たちが温泉に向かうと、あかね佳織かおり京子きょうことすれ違った。茜たちはちょうど温泉に入って来たところだった。


「今日は別々の部屋で寝るからな。残念だったな!!」


 いたずらっぽく笑いながら茜は正義の肩を叩く。


「勇人と一緒の部屋で寝れなくて、残念なのはお前だろ? 暇ゴリラ」


 京子の冷たい言葉が茜に刺さった。


「な、なんだと京子!! お前だって……ん!? またヒマゴリラって言ったか!? テメー!!」

「ふ、二人とも仲良くしてよ~」


 睨み合う茜と京子の間で佳織が困っている。いつもの光景だ……。


 ふと……。


 正義は沙希さきの姿が見えないことに気がついた。


「沙希か? 沙希なら会議室でまだ作業してるぞ。気になるなら、会ってくればいいじゃねーか」


 正義の疑問に気づいたのか、茜が言った。茜はニヤニヤと意味深な顔つきで笑っている。


「わたしも暇ゴリラと同意見だ。正義からも沙希に少しは休むように言ってくれ」


 暇ゴリラという単語に反応して茜が京子を睨んだ。


「じゃあ、俺と敬は先に温泉に入るからな。早く沙希のところに行ってやれよ」


 勇人も敬を促して、温泉へと向かってしまった。


 いつの間にか正義が沙希を迎えに行くことに決まっている。


「俺の意見は聞かれないのね……」


 みんなに背中を押されて、正義は沙希の居る会議室へと向かった。


×  ×  ×


 正義が会議室を覗くと、沙希はまだそろばんを弾いていた。


 ドアを開けると、沙希が顔を上げる。その顔はどこか意外そうだった。


「正義? ……どうしたの?」

「もう、温泉入って休めよ」


 正義は会議室の長椅子に座った。


「うん……もう少し……」


 沙希はそろばんと手元の資料から目を離そうとしない。


「何の作業?」

「今はね、バロンプリンの値段を決めるところ……決めたら休むよ」


 沙希はバロンプリン作りにかかった人件費や材料費、そして、保冷車作りにかかった費用も考えて、バロンプリンの値段を決めようとしていた。


 聞けば、沙希はレッドバロンの食料や衣類といった日用品の価格表にまで目を通したと言う。沙希は様々な物の値段を把握した上で、バロンプリンの値段を決めようとしていた。


 レッドバロンに来て間もない正義たちが新商品を作るにあたって、値段設定が一番難しい作業かもしれない。


「いくら位になりそうなんだ?」

「わたしたちの世界で言うと、五百円~六百円ってところかな?」

「え??」


 ちょっと高くないか? と正義は思った。


 ケーキ屋さんの特別なプリンでも三百円~四百円だ。その約二倍と考えると、割高な感じがする。しかし、真剣な沙希を見ていると、正義は言い出せなかった。


「プリンは簡単に作れちゃうから……真似されて、すぐに安くなると思うんだよね。でも、最初だけは少し高くても、売り抜けることが出来ると思うんだ」

「勇者が作ったバロンプリン!! プライスレス!! ってことでなんとかなるよ」

「そうだといいね……。ねえ、正義はバロンプリンを売った後のことって、何か考えてる?」

「え……」


 急な質問に、正義は言葉に詰まった。


「バロンプリンを作って売っても……一時しのぎにしかならないよ」


 抑揚の無い無感情な声色こわいろに、正義はギクリとして沙希を見る。


 沙希は無表情で淡々と続けた。


「いくら予算と人事を任せてもらっても……ちゃんとした地場産業を創り出せなかったら意味無いよ……」

「……地場産業か……現社の授業以外でその単語を聞くとは思わなかった……可能なのかな?」


 正義が尋ねると、沙希はそろばんを弾く手を止めた。


「わからない。今のわたしたちって、わたしたちの世界……大人の真似事をしているだけだから……」

「……」


 正義は何も言えなかった。


 確かに、正義たちがバロンプリンを考案した訳ではない。プリンを知っていたから出来たことに過ぎない。


 保冷車だって作ったのはジョルジュやグレイといった職人たちだ。正義と勇人が手伝ったと言っても、実際にした仕事は物の運搬作業だけだ。


 そもそも……。


 自分たちの世界では、高校生が町の予算を預かるなんてことはない。それに、失敗した時の責任だって、取りようがないのだ。


──俺たちはレッドバロンの盛衰をになう、とんでもないことをしているんだ……。


 正義は事態の深刻さに改めて気付いた。


 正義にはどこか学校祭にでも参加しているような気楽さがあった。なんとなく参加し、結果やその先に待つ未来をそこまで必死に考えていない。


 正義は沙希を見た。そこには、レッドバロンの未来を必死に考える、華奢な女の子がいる。


「……急に黙っちゃって……どうしたの?」

「え? あ、いや……あのさ……沙希には何か考えが有るんだろ? この先……バロンプリンを売った後のこと。教えてくれよ、協力するから」


 正義の言葉に沙希は少し驚いた顔になった。しかし、すぐにその顔に憂慮の影が差す。


「まだ……わからない。簡単に名案なんて、浮かばないよ。ごめん……」

「別に、沙希が謝ることじゃないだろ……。それに、みんなで考えれば、きっとまた何か思いつくよ」

「……そうだね。ありがとう、正義」


 沙希は明るく笑ってみせた。しかし、幼馴染の正義はその笑顔の奥に苦悩が見え隠れするのを感じ取っていた。


×  ×  ×


「よし! オッケー!! つ、疲れたぁ~」


 やっと値段が決まったのか、沙希は椅子に寄りかかって伸びをする。


「お疲れ。じゃあ、温泉入って寝ようぜ」


 正義は、ねぎらいをこめて言葉をかけた。


「温泉……一緒に入る?」

「そうだな……勇人も敬も先に入っ……え!?」


 正義は慌てて沙希に顔を向ける。


「ウソだよ。アレ? 本気にした?」

「ナ、何ヲ馬鹿なこト言ってルんですカ。君ハ」


 動揺した正義はおかしな話し方になる。そんな正義を見て、沙希はクスクスと笑顔になった。

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