勇者たちの産業革命

田舎の高校生、異世界で町おこし!!
綾野トモヒト
綾野トモヒト

第66話 勇者、ついに決着をつける!!

公開日時: 2021年6月3日(木) 12:00
文字数:3,582

 『熱波ねっぱ苦悶くもん開脚走かいきゃくそう』が終わると、茜と京子たちは『砂漠の幽霊船』でザハまで送り届けられた。


 商人ギルド会館へと戻った茜と京子は、レオやチーム茜の戦士たちと一緒になって帰り支度を始めた。


 結局、『郵便システム』の構築はならなかった。これからレッドバロンに悲報を届けなければならない……そう考えると、誰もが無言になっていた。


 失意の中でみんなが荷造りしていると、これまで存在感が皆無だったバッバーニが慌てた様子で駆け寄って来た。


「勇者さま!! 『郵便システム』について、サーシャさまがお話が有るそうです!!」

「サーシャが??」


──今頃、ウチらに何の用だ??


 茜が訝しんでいると、話を聞きつけたレオが進み出た。


「勇者さま、油断なさいますな。また何か企んでいるやもしれませんぞ」

「レオさんは面倒くさい人ですな。勇者さまに危害を加えるつもりなら、砂船でここまで送り届けますか? 砂漠で放り出すでしょうよ」

「ム……それは……そうだが……」


 黙りこくるレオを放置して、バッバーニは茜と京子を見る。


 バッバーニは片眼鏡をクイッと上げて二人に顔を近づけた。


「これは……もしかすると、勇者さまの願いを聞き届けてくれるチャンスかもしれませんよ……」


 バッバーニには思うところがあるのか、意味深に呟いた。


「んな訳ねーだろ。ウチらは負けたんだ……」


 茜の隣で京子もうなずいている。


「勇者さまもうたぐり深いですな。とりあえず、会議室まで足をお運びください。皆様、お集まりです。ほら、早く!! レオさんも来てください。どうせ来るんでしょ!!」


 バッバーニは急き立てるようにして三人の背中を押した。


×  ×  ×


 会議室に入ると、サーシャの隣にはテレサやクルドも座っている。サーシャは巨大な特注の椅子に座り、煙管を咥えて煙をくゆらせていた。


 茜、京子、レオは長机を挟んでサーシャの正面に腰かけた。すると、もみ手をしたバッバーニが進み出る。


「皆様、『熱波苦悶開脚走』では、大変お疲れ様でした。このバッバーニ、勇者さまとテレサさまの死闘、そして友情に、感動して涙が枯れ果てました!!」


 大袈裟に言うバッバーニを見て、みんなが「お前、どこで見てた?」という顔をする。


 みんなの疑問をよそに、バッバーニは続けた。


「さて、勇者さまがご提案なさった『郵便システム』について、サーシャさまからお話があるとか……。それでは、サーシャさま。お願いいたします!!」


 バッバーニに促されると、サーシャはその巨躯を傾けて口を開いた。


「勇者よ、『熱波苦悶開脚走』は無効試合となった。じゃが……『郵便システム』の構築、ガルタイ族が一役買おう」

「え!? マジか!?」


 茜は驚いて思わず立ち上がった。聞き間違いかと思って隣を見ると、京子も目を丸くして驚いている。


「ほ、本当に協力してくれるのか!?」

「そうじゃ。ただし、条件が有る」

「ほら、やっぱり……条件が有るんじゃねーか」


 落胆した茜は、ドカッと腰を下ろした。


「もう勝負事はしねーぜ……」


 ため息じりに言う茜を見て、サーシャはクスリと笑った。


「最後まで聞くが良い。お主らの申す『郵便システム』とは中々素晴らしい思いつきじゃ。手紙は息災をしるし、想いを伝えるもの。人々の想いを届けるならば、ガルタイ族の名誉となろう」

「それに、お金にもなりますぞ!!」


 バッバーニが余計な口を挟むと、レオとクルドがギロリと睨んだ。さすがのバッバーニも口をつぐむ。


「ふふ、確かにバッバーニの申す通りじゃ。遠方との文通を願う者は巨万ごまんとおる。ガルタイ族の通商網を使って『郵便システム』を広めれば、莫大な利益となろう。もちろん、勇者にも『郵便システム』の着想料をちゃんと支払おうではないか」


 にわかには信じられない話に、茜と京子は顔を見合わせた。サーシャの申し出は破格であり、願ったり叶ったりだ。しかし……条件が気になる。


「サーシャ、条件を言ってみてくれないか? 返事はそれからだ……」


 茜が告げると、サーシャは隣に座るテレサにチラリと視線を送った。


「条件が有るのはわらわではない……テッサなのじゃ……」

「「え!?」」


 茜と京子は声をそろえてテレサを見た。


 みんなの視線が集まると、テレサは躊躇ためらいながら口を開いた。


「京子……わ、わたしに……走り方を教えてくれないかな……」


 テレサの言葉に、茜と京子は再び驚いた。レオもその太い眉を思い切り上げている。


「京子が走る姿を見てて思ったんだ。速いだけじゃなくて……なんて綺麗で、格好いい走り方をするんだろう……って」


 テレサは少し照れくさそうに京子を見た。


「今はまだ、京子の背中は遠いけれど……いっぱい練習して、いつか並んで走りたい。だから、京子の走法とか、練習方法を教えて欲しいんだ!! ……ダメかな?」


 想いを伝えることに慣れていないのか、テレサの頬はその髪と同じく真っ赤に染まっている。


 懇願する純粋な眼差しに、京子は困ってしまった。こんな時、なんて答えて良いか全く見当がつかない。茜に対する時のように、気軽に言葉が出て来ないのだ。


「テ、テレサ……あ、あの……」


 京子が返答に困っていると、隣の茜が助け船を出した。


「そんなの、交換条件にしなくたって京子なら、ちゃんと教えてくれるぜ。なあ、京子? そうだろ?」

「え? そ、そうだよ。わたしで良ければいくらでも教えるよ!!」

「……ほ、本当!?」

「本当だよ!! だって、テレサは健闘を誓い合った仲間だろ」

「ありがとう、京子!! 茜もありがとう!! やったー!!」


 テレサはその場に飛び跳ねそうなほど喜んだ。テレサの喜ぶ姿は会議室の空気を明るくする。


「でも、コイツは肉離れと脱臼をしてるんだぜ? 教えてもらって大丈夫か?」

「よ、余計なことを言うな、暇ゴリラ。ちゃんと教えるよ」


 茜と京子がいつものやり取りをしていると、テレサも嬉しそうに微笑む。


「やっぱり、頼んでみて良かった……」

「遠慮してんじゃねーよ、友達じゃねーか」


 笑いながら言う茜を見て、サーシャがうなずいた。


「わらわもそう言ったのじゃがな……勝負があんな形になってしまった手前、最後まで言い出せなかったみたいなのじゃ。可愛いではないか。テッサはわらわに似て、つつましやかな女子おなごなのじゃ」


 慎ましやか!? 似てるって!? 「砂漠の塵にするぞ!!」とか凄んでたのは誰だ?? 誰もがそう思ったが、沈黙を選んだ。余計な口をきけば、今度こそ砂漠の塵になってしまう。


「本来、テッサの願いは『郵便システム』と関係ない話じゃ。じゃが……何せ、可愛い妹の願いじゃ。わらわも叶えてやりたくてな……勇者よ、感謝するぞ。しっかり教えてやってくれ。……さて……」


 サーシャはその場に立ち上がった。腰かけていた特注の椅子が、ギ、ギ、ギという音を立てて後退する。


 テレサやクルドがサーシャに続いて立ち上がるのを見て、茜、京子、レオは起立した。


 テレサは炎の刺青が施された太い腕を茜の前に差し出した。


「条件はった。勇者よ、これから宜しく頼むぞ」

「こちらこそ。宜しくお願いするぜ」


 茜はサーシャと固い握手を交わした。


 すると……。


 茜とサーシャの握手の上に、あろうことかバッバーニも両手を添えた。


「ついに、勇者さまとガルタイ族が手を結びましたな!! このバッバーニ、こうなることを予測して、勇者さまとガルタイ族を引き合わせたのです!!」


 みんなは呆気に取られてバッバーニを見ている。


 バッバーニは茜への仕返しを考えていたことなど、忘れたかのようだ。


「こうなったからには、ザハの商人ギルドも協力を惜しみませんぞ!! 不肖ながら、このバッバーニ……『郵便システム』のために心血を注ぐ覚悟です!!」


 調子の良いことを並べ立てて、バッバーニは手を放した。そして、片眼鏡をクイッと直すと、茜とサーシャを交互に見た。


「必要な書類や場所は全てこのバッバーニが用意いたします。勇者さまやガルタイ族の皆様は、どうか安心なさって、『郵便システム』の構築に邁進まいしんしてください!!」

「あ、ありがとう。バッバーニさん……宜しく頼むよ……」


 茜がお礼を言うと、バッバーニは大嘘つきの顔になった。


「なんの、勇者さま。人々に感動を運ぶ事業に、わたしの良心が黙っていられなかっただけです。かねてから、人々の役に立ちたいと願ってばかりいました。それでは、さっそく準備に取りかかりますので、これで失礼いたします」


 バッバーニはまくし立てるように言うと、大急ぎで会議室を出て行く。


 みんなはポカンとした顔でバッバーニを見送った。


 結果として……。


 『郵便システム』の事業に乗り遅れまいとしたバッバーニは、一番美味しい所にありついた。


 以前、沙希がバッバーニのことを「利にさとい人」と評していたように、バッバーニは『郵便システム』にお金の匂いを嗅ぎ取っていたのだ。


 バッバーニは老練な世渡り上手に見える。


 しかし……。


 後日談になるが、バッバーニはこの時の誓約のせいで、胃に穴が開く思いをする。


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