「王府が何をしてくれた? 滅びゆく我々に手を差し伸べたか? 黙って見ているだけではないか!! さらには……瀕死の我々からその財を巻き上げようと脅迫する……それが王府のやり方か!!」
サリューは怒気を含ませて叫んだ。その姿に正義は襲撃された時のサリューを思い出した。
サリューの剣幕に恐怖したペリゴールは従者に助けを求めようと視線を送った。
しかし……。
従者はゲオルグの指示を受けた兵士たちに、喉元に短剣を突きつけられていた。ゲオルグはサリューが帯剣を引き抜くと同時に、議事堂の兵士に目でサリューを援護するように合図を送っていたのだ。
自分を守る存在がいなくなったとわかると、ペリゴールはその脂ぎった顔を歪めた。
「わ、わ、わたしに剣を向けるとは……それ即ち、バルザック王国の玉座におはします、女王陛下に剣を向けるも同じですぞ!! そ、そもそも……」
進退窮まったペリゴールは演説台の勇人をチラリと見た。
「女王陛下こそ、大賢者ガンバルフ殿に召喚され、魔族と戦った勇者さま!! このような子供が勇者であるはずがない!!」
ペリゴールは口から唾を飛ばして必死に説明する。
その時。
サリューの背後に隠れていたドグが設計図を抱えながら進み出た。
「この場にいる二人も、ガンちゃん……いや、大賢者ガンバルフ殿が召喚された勇者さまじゃ!! ワイ!!」
「そうだよ!! 勇人は優しい勇者なんだ!!」
黙っていられなかったのか、ドグの横でグレイも叫ぶ。
「な、なんだと!? う、嘘だ!! そ、それなら、ガンバルフ殿は何処にいる!? ガンバルフ殿に聞いてみようではないか!!」
ペリゴールはサリューの向ける剣に慄きながらも、声を張り上げた。
ペリゴールの悪あがきに、ドグもグレイも黙ってしまった。まさか、こんな形でガンバルフが必要になるとは思ってもみなかった。
──ガンバルフさんがいれば……。
肝心な時にいないガンバルフをみんなは恨めしく思った。
ガンバルフがいない事実に、ペリゴールは「ホラ、やはり嘘だ」と喜んだ。ペリゴールはこんな田舎に勇者が二人もいるはずがないと思い込んでいる。そして、監察官という権威にひれ伏さないサリューや人々が気に食わなかった。
形勢が逆転したと思いこみ、ペリゴールはサリューに剣を下ろすように促した。
「勇者を騙る子供に騙されたとあっては……伯爵の称号が泣きますぞ。さあ、剣を下ろすのです。今ならこのわたくしも大事には……」
しかし……。
サリューの剣は真っすぐにペリゴールを捉えて放さない。
「サ、サリュー殿……?」
ペリゴールは剣の切っ先と同じくらいに鋭いサリューの眼差しに気づいた。
ペリゴールと視線が合うと、サリューはおもむろに口を開く。
「確かに、女王陛下は魔族との戦いを終わらせた勇気のある者。まさしく勇者さまだ。それは疑いようがない。だが……前田正義、須藤勇人、ここにいる二人は我々を救うために新たなる技術を持って駆けつけてくれた……我々がどれほど奮い立ったかは、貴殿もご覧になったはずだ」
サリューはペリゴールに剣を向けたまま、正義と勇人を交互に見た。そして、ペリゴールに向き直ると、声をいっそう高く張り上げた。
「我々は確信したのだ!! 人を勇気づける者も、また勇者だと!!」
「「「そうだ、そうだ!!」」」
サリューに同調する声が傍聴席から相次いで上がる。
「き、詭弁を弄するとは……」
ペリゴールは納得のいかない様子でサリューを見た。
「ど、どうなっても知りませんぞ……」
「なんとでも言え!! アル殿が言った通り、メヴェ・サルデはメヴェ・サルデの信じる道を行く!! メヴェ・サルデは我々の勇者さまと共に歩む!!」
サリューは高らかに宣言して剣を掲げた。
同時に傍聴席から「そうだ!! 俺たちの勇者さまと共に!!」と歓声が上がる。人々の歓声で議事堂全体が揺れた。
ペリゴールはキョロキョロと周りを見回し、狼狽えるばかりだった。
サリューは人々の反応に頷くと、剣を鞘に納めてペリゴールを見下ろした。
「ゲオルグ、ペリゴール殿はお帰りだ。お送りしてください」
「ハッ!! 畏まりました!! 貴様、来い!!」
ゲオルグがペリゴールの襟首をつかむと、人々から盛大に「帰れ!!」コールが沸き起こった。
「「「帰れ!! 帰れ!! 帰れ!!」」」
「ぐ、ぐぬぅぅ……」
ペリゴールは歯向かわれたのも初めてなら、「帰れ!!」コールも初めてだった。歯ぎしりをしながら、憎々しげな眼差しをサリューに向けた。
「ど、ど、どうなっても知りませんぞ!!」
憎まれ口を最後に残して、ペリゴールは議事堂をつまみ出された。
× × ×
「王府の監察官を一喝するとは……メヴェ・サルデの青年領主は頼もしい!!」
草原の騎馬民族を統べるアル・ハディンは巨体を揺すって豪快に笑った。
人々も横暴なペリゴールの退場劇に胸のすく思いだったのか笑顔があふれている。
結果として……。
各町は技術者と資金を提供し、揚水機関を作り上げる『バルザック辺境同盟』を結成した。そして、盟主にサリュー・ドラモンド伯爵を選んだのだ。人々は頼りない王府をあてにせず、自分たちで難局を乗り切ると決めたのだった。
鉱山の浸水に結束して立ち向かう人々を見て、正義と勇人は心から喜んだ。
──取りあえず、一歩は踏み出せた……のかな?
ことの成り行きを見守っていた正義は、議長席後方から演説台まで下りると、勇人の背中に向かって声をかけた。
「勇人、演説凄かったよ。格好良かった」
正義が肩をグーパンチすると、勇人は額の汗を拭いながら振り向く。
「ああ、サンキュー。変なおっさんが出てきて、一時はどうなるかと思ったよ。……揚水機関ができるかどうかまではわからないけど……できることはやった」
「浸水っていう共通の問題に向かってみんなが一致団結する所まで来たんだ。後は野山だよな」
「野山?」
勇人は首を傾げた。
「後は野となれ山となれ……の略」
「くだらねーぞ。勇者アボー」
勇人は例によって白い歯を見せて爽やかに笑う。つられて正義も笑顔をこぼした。
二人の笑顔に引き寄せられてサリューが近づいた。
「勇者さま、今日は本当にありがとうございました」
「「と、とんでもないです!!」」
深々と頭を下げるサリューに、正義と勇人は恐縮した。
『人を勇気づける者が勇者』という言葉に正義と勇人は感動していた。ペリゴールの脅迫を突っぱねたサリューこそ、勇者だ。
しかし……。
ペリゴールが王府の役人である以上、今後は何がしかの悪影響が出るかもしれない。
「サリューさん……王府の役人を放り出して大丈夫だったんですか?」
正義が心配すると、サリューは真剣な眼差しで正義を見つめる。
「ご心配なく、勇者さま。何か起きましたら、わたしが全責任を負います」
「「……」」
声色からもサリューの覚悟と決意の固さが伝わってくる。正義と勇人はこれ以上何も言えなかった。
その時。
「勇者さま、サリュー殿一人に重荷を背負わせませんぞ!! ハン族もついてます!!」
会話を聞きつけたアル・ハディンがやってきた。
「王府がまた何か理不尽を言ってくるなら……その時は戦うまでだ!!」
偃月刀をぶら下げたアル・ハディンはその太い腕をさすりながらニヤリと笑った。
「さあさあ、もう暗い話はやめにして、勇者さまへの感謝と『バルザック辺境同盟』の結成を祝う祝賀会を開きましょうぞ!!」
沈む空気を打ち払うようにアル・ハディンは声を張り上げた。
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