ザハとレッドバロンを結ぶ夜の街道を十二両の馬車が疾駆している。
正義たちの隊商は朗報を一刻でも早く届けるため、夜を押してレッドバロンへと向かっていた。正義は車列の先頭を走る馬車に乗っている。
ギ、ギィー!!!!
馬車が急停車した反動で、正義は前方の椅子におもいきり頭を打って目を覚ました。
「いってぇ~」
正義は打ちつけた頭を押さえて窓から外を見た。すると、チラチラとした光が闇夜に浮かび、揺れ動いている。
──え!? あれは……。
異変を察知した正義はすぐに馬車から飛び降りた。
「……や、野盗です……」
正義を見た御者が怯えた声で言った。
御者の視線を追いかけると、無数の松明がゆく手を遮っている。その松明が近づくにつれて、松明を持った人影が片手に剣や鎌といった武器を所持しているのがわかった。
やがて、野盗の集団の中から声が聞こえて来た。
「勇者に告ぐ!! ザハで稼いだ金を置いて行け!! 出来れば危害を加えたくない!!」
声の主は見えないが、よく通る若い男の声だ。
「……」
動揺して声を失う正義の横に勇人が並んだ。
「最悪だな、正義。……沙希たちも起きたよ」
そう言って、勇人は馬車に備え付けられたパイプレンチを正義に渡す。
正義はひんやりとした鉄の感触に戸惑った。
「こ、こんなの使ったら……」
「そんなこと、言ってる場合かよ」
勇人の言う通りだった。野盗たちは剣や鎌といった武器を所持しているのだ。
「勇者に告ぐ!! 大人しくザハで稼いだ金を置いて行け!!」
再び、野盗の大声が聞こえて来た。
──どうする?? ま、まずはビンスさんに相談して……。まてよ?? その前に沙希にどうするか聞いて……。
野党の集団を前に正義の思考は混乱した。
しかし……。
その混乱は程なく終息する。
正義は想像したのだ。
お金を渡し、作り笑いを浮かべながら許しを請う自分を。
バロンプリンの売り上げを野盗に渡し、それを「しょうがない」と言って受け入れる自分を。
正義にはそれが途方も無く惨めで、醜いもののように感じられた。
──俺って何なんだ??
正義は自問した。それはもう激しく自分自身を問い質した。
勇者としてレッドバロンへとやって来た。それなのに、何もしないままなんとなく過ごして……危機的状況になったら右往左往してこのザマだ。
何故、自分自身で解決しようとしない?
何故、必死になって戦って守ろうとしない?
それは……。
高校生には野盗との戦闘なんて無理だから?
みんなや沙希が危険に晒されたら困るから?
いや、どれも違うね。
前田正義自身がどうしようもなく臆病で、決断も出来ない情けないヤツだからさ。そのくせ、それを認めたくないから、行動しなくても良い、もっともらしい理由を探すんだ。
それで良いのか?
──いや、そんなのはもう嫌だ!!!!!
──高校生とか、勇者とか、関係ない!!!!!
──自分で決断して、行動するんだ!!!!!
正義の自問自答は終わった。
端的に言えば、正義はキレた。
× × ×
「勇人、俺が合図したら馬車を発進させてくれ。全力で進ませるんだ。そして危険だけど、後続車両には車間距離をあけないで続くように伝えるんだ」
正義は冷静に以前読んだ歴史小説を思い出していた。
はるか昔、馬車は立派な戦車として活用されていた。その突破力は歩兵を圧倒する。野盗の集団くらい、突破するのは訳無いだろう。それに、一本道の街道で馬車を横転させるような側方からの攻撃は、よほど入念な準備でもしていない限りムリだ。野盗が昼間のバロンプリンの盛況を見て襲撃を決めたのだとしたら、そこまでの準備は出来ていないはずだ。
「合図って??」
「俺がこれを振り回しながら突っ込んだら」
正義はパイプレンチを握り直すと、揺れる松明の中心部……声のした方を睨む。
「突っ込むって……無茶言うなよ」
「無茶でもやるんだよ!! 今、戦わなくてどうするんだ!!」
正義は感情的になって叫んだ。
その時。
「勇者よ、よく言った!!」
突如、正義と勇人の頭上後方から声がした。
× × ×
正義と勇人が振り返って見上げると、ガンバルフが馬車の上に立っている。
いや……。
ガンバルフは馬車のさらに上、宙に浮いていた。ガンバルフの纏うローブがバサバサと夜風になびいている。
「ドラゴン14体、セイレーン20匹、トロルと狂戦士の戦隊2個師団を同時に相手して辛勝したわしじゃ……。そのわしを前にして、理不尽にも強盗を働こうとするとは……老体に流れる血も滾ってくるというものじゃ!! 滾る、滾る、滾る!!!!」
そう言ってガンバルフは市場で祭事魔法を唱えた時のように両手を天へかざした。しかし、今回現れたのは花火ではなく、巨大な火炎の球体だった。
「爆炎魔法、『イフリートの涙』!!」
ガンバルフが出現させた大火炎球はまるで小さな太陽だった。放つ光は辺りを昼間のように照らす。
「さらに、重複魔法、黄泉がえり!! 『黄泉の国の戦士さん、いらっしゃ~い♪』!!」
ふざけた名前の魔法だったが、ガンバルフが詠唱を終えると、正義や勇人、そして馬車の周囲にぼんやりとした影が地中から湧き出て来た。
火炎球の光に照らされた影は甲冑を纏い、それぞれ手には剣や槍、斧と盾を持っている。よく見ると兜の中は闇そのものであり、顔が無かった。
正義の横に浮かび出た影が「勇者サン、コンバンハ。召喚サレル時ノ頭痛、ナントカシテ欲シイデスヨネ」と話しかけてきた。
──しゃ、しゃべった!?
言葉を発する口の無い影を見て、正義は目を見張る。
さらに、現れたのは影たちだけではなかった。
「「「大賢者、ガンバルフ殿に続け!! 勇者さまをお守りしろ!!」」」
チーム茜の売り子たちが大剣や斧、弓を片手に各馬車を飛び出して来た。アラフォーになり、壮年期を迎えたとは言っても、元を質せば戦士や騎士。かつては魔族を相手に戦った、戦闘を本職とする人たちだった。
弓を持った戦士は身軽な動作で馬車の屋根へ登って素早く弓をつがえ、大剣や斧を持った戦士はガンバルフの召喚した影と並び立って野盗たちの前へと進み出る。全てが、申し合わせてあったかのような連携のとれた動きだった。あっという間に、馬車や正義たちを中心として見事な戦陣が組み上がる。
ガンバルフやチーム茜の登場で、正義が当初思い描いた馬車の一列縦隊による突破は無くなった。今は野盗の集団と正面切って戦う流れになっている。
──こ、こうなったら……やってやる!!
正義は気息を整えるように努力しながら、パイプレンチを構えた。横を見ると、正義の決意が伝わったのか、勇人も真剣な面持ちでパイプレンチを構えている。正義と勇人は視線が合うと、互いに頷き合った。
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