勇者たちの産業革命

田舎の高校生、異世界で町おこし!!
綾野トモヒト
綾野トモヒト

第5話 勇者、冒険せずに帰る!?

公開日時: 2021年4月7日(水) 12:00
更新日時: 2021年5月14日(金) 22:18
文字数:2,475

「どうか考え直して頂けませんか?? 勇者さまにおすがりするしか、レッドバロン救済のすべは無いのです!!」


 今までの態度がまるで嘘のように、ビンスは再びレッドバロンの窮状を並べ立てて救いを求めた。


「勇者さま、わたしたちレッドバロンはどうなるのですか?? お見捨てにならないで下さい!!」


 そんなビンスを見ていると、正義は怒りを覚え始めた。


──しおらしい姿は嘘だったのか?

──今さら、「帰るな」だって?

──どうせ帰る手がかりなんて見つかりっこない、とでも思ってたんじゃないか?


「勝手に呼び出して、勇者に祭り上げて……正直、迷惑です!!」

「し、しかし……」


 ビンスはなおも食い下がる。


 その時。


「情けないぞ、ビンス!!」


 ガンバルフの大声が聖堂に響き渡った。


 一喝されたビンスは正義のズボンから手を放した。


「その子らの言う通りじゃ。なんでも勇者に頼めばなんとかなると考える、その姿勢そのものが、レッドバロンを衰退へと導いたのじゃ!!」


 ガンバルフは威厳に満ち溢れる声で続けた。


「わしが召喚魔法の最中に腰を痛めたのも、その影響かは知らんが、かわやと勇者たちの世界が繋がっておるのも、全ては時の女神フィリスのおぼし。そして、レッドバロンがすたれ滅びゆくなら、それもまた、時の女神フィリスの思し召しなのじゃ!!」

「そ、そんな殺生な……」


 ビンスは力なく膝を着いた。


 大の大人が打ちひしがれる姿は見ていて気持ちの良いものではない。


「……みんな、行こうよ」


 正義は一抹の呵責を振り払って言った。


「あ、あの……色々とありがとうございました。ご飯とか美味しかったです!!」


 帰り際、佳織はそう言って深々と頭を下げた。


 誘拐と同じことをされておいて御礼を言うのもおかしな話だが、ビンスやガンバルフに悪意があっての行為ではない。そして、親切にしてもらったのは事実だ。


「手紙……。約束、守れなくてゴメン。ビンスさん、何とかしてやってくれよ。勇者を召喚するより、手紙届ける方が簡単だろ?」


 茜もビンスに語りかけた後、沙希や京子と一緒になって体育準備室に入って行く。


「生徒会長殿、本当に良いのかい??」

「??」


 後は正義と敬だけとなった時、敬が語りかけた。敬は普段あまり見せない真剣な顔をしている。


「僕はね、何となく思ってたんだ……。きっと、僕が憧れる異世界に行ったところで、イベントなんか起きやしないって。それが、憧れの異世界に行けたどころか、勇者としてみんなに必要とされるイベントまで起きたんだ。……こんなこと、もう絶対に無いよ」

「敬、何を勝手なこと言ってんだよ。……帰るぞ!!」


 正義は名残惜しそうな敬の背中を押して自分たちの居るべき世界へと戻った。


 背中にビンスやガンバルフの視線を感じながら……。

 

 

 

                               終わり

                               終わり!?




 正義たちが体育準備室を出ると、そこは『レタス侍』の巨大な行灯が置かれたいつもの体育館だった。体育館の床には正義たちのスマホやハンカチ、そして飲みかけのジュースが散乱したままだ。


「……なんて説明したらいいのかな? 大ごとになってなければいいけど……」


 佳織がハンカチを拾いながら呟いた。


 高校生七人が急に居なくなったのだ。事件になっていない方がおかしい。


 異世界に召喚されたなんて、誰が信じてくれるだろうか? とみんな考えていた。


「みんな、スマホ見てみろよ!!」


 突然、勇人の驚く声が聞こえた。


「日付と時間!! いいから早く!!」


 勇人に急き立てられて正義は自分のスマホを拾い上げた。


「……え!?」


 目にしたのは昨日の日付だった。正確にはレッドバロンへと召喚された日付が画面に表示されている。


 正義だけではない。みんなのスマホの日付も昨日のままだった。


「一時間半くらいしか経ってないね……」


 手にしたスマホを見つめながら沙希が言った。


「きっと、時間の経ち方が違うんじゃないかな……。ハイファンタジーのお話だとよく有る設定なんだけど……」


 佳織が戸惑いながら説明する。


「ハイファンタジー?」

「う、うん。あのね、現実世界の人が異世界に行くお話をハイファンタジーって言うんだよね。ハイファンタジーのお話だと、異世界って時間の経ち方とか、物理法則とか、わたしたちの世界と違うことがあって……」

「つまり……ものすごく時間が経っててビックリした浦島太郎の逆だろ? 別にどうでもいいじゃねーか。無事に帰れたんだし」

「暇ゴリラは本当に思考回路が単純だな」


 茜に呆れる京子の声もどことなく弾んでいる。


「あのさ……みんな……」


 安堵感とは別の、深刻を含んだ声色で勇人がみんなに語りかけた。勇人はどこか思いつめた顔をしている。


「レッドバロンの存在なんだけど……俺たちだけの秘密にしないか??」

「勇人、口外しないってことかい??」


 敬が尋ねた。


「そうだ」


 答えながら、勇人は体育準備室の方を見る。


「あのロッカーが異世界なんかと繋がってるって世間に知れたら……あんまり想像したくないけど、多分、メチャクチャなことになると思う。でさ、一番最初にメチャクチャにされるのは……俺たちの町だ」


 あり得る話だ。と、正義は思った。


 自分たちが経験したことは世界的に見ても大事件だ。異世界へと通じる扉が篠津町に存在すると知れ渡れば、国や世界中のマスコミや研究機関が押し寄せてくるだろう。


 もしかしたら、あのロッカーを巡って国同士の戦争だって起きるかも知れない。


 みんなも同じようなことを想像したのか無言だった。


「僕は黙っていても構わないよ……でも、あの世界が僕の望むものである限り、口外はしないけど、行かないとは約束出来ないな」


 重たい雰囲気を嫌うように敬が口を開いた。


 勇人はそんな敬を昏い目で見据える。


 勇人と敬が険悪な空気になる寸前で、沙希が明るい声で提案した。


「とりあえず!! 当面の間、わたしたちだけの秘密にしようよ!! ……どうかな??」

「「「……」」」


 みんなは沙希の提案に沈黙したままだが、その沈黙が肯定を意味していた。


「……じゃあ、今日はもう帰ろう」


 挨拶を交わすと、正義たちはそれぞれの想いを胸に家路についた。


 レッドバロン滞在一泊二日。


 現実世界において約一時間半の出来事だった。

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