勇者たちの産業革命

田舎の高校生、異世界で町おこし!!
綾野トモヒト
綾野トモヒト

第18話 勇者、悲劇を恐れる

公開日時: 2021年4月19日(月) 16:00
更新日時: 2021年5月14日(金) 22:31
文字数:2,542

 一方……沙希、茜、京子は馬車の中に居た。チーム茜の女戦士から、「勇者さま、狙撃が有るかもしれません。絶対に馬車から出ないで下さい!!」と強く言い含められたからだ。


「ダメだよ、茜!!」

「沙希、止めるな!!」


 沙希は外へと飛び出そうとする茜を必死になって押さえた。


「茜、落ち着いて!! 外に出たら危ないよ!!」

「んなことわかってるよ!! いいから、離せって!!」


 茜が沙希をけようとした瞬間だった。


 パンッ!!


 京子が茜の頬を強く張った。


 茜は一瞬、何が起きたのかわからない表情になった。しかし、次の瞬間には刺すような視線で京子を見る。


「京子っ!! テメー!!」

「茜、やめて!!」


 沙希に止められてなお、茜は噛みつかんばかりに京子に迫る。


 京子はうつむいたまま口を開いた。


「……勇人を……あまり困らせないでよ……」


 静かに言う京子の声が震えている。京子の表情は前髪が目にかかって窺えない。けれども雫が数滴、頬を伝っていた。


「出て行ってどうするの? ……みんなの邪魔になるだけでしょ……」  


 感情を押し殺した京子の姿を見て、茜は自分の両手をギュッと握りしめた。

 

「……ウチが出しゃばっても……迷惑になるだけだってわかってるよ、ばーか」


 茜は力無く言ってその場にうな垂れた。茜から怒気が引いて行くのを見て、沙希も手を放す。


「……わかってるなら、沙希にあやまれ暇ゴリラ」


 涙をぬぐう京子の声はまだ少し震えている。


「……沙希、無茶しようとしてゴメンな。悪かったよ」

「ううん。気にしないで」

 

 茜は座席に腰かけて外を見た。


 馬車の外では慌ただしく戦士たちが行き交い、時折、怒声も聞こえてくる。緊張は増すばかりの様子だった。


「……なんでこうなるんだよ……ウチら、勇者じゃねーのかよ……」


 茜は自嘲気味に笑いながら言った。


 勇者として歓迎され、喜んでもらった。そうかと思えば、今度は武器を手に襲われる。今となっては『勇者』という言葉が虚しく響く。


「「「……」」」


 外の喧騒がまるで嘘のように沈黙が三人を支配した。


 やがて……。


「……なんでかな……」


 沙希はポツリと言って窓越しに正義の背中を見た。


 炎の光に照らされた正義は重心が前のめりで、こちらを振り向く素振そぶり一つ見せない。成り行きの全てを知るわけでは無いが、正義や勇人、ガンバルフは戦うつもりなのだ。


 しかし……。


 この世界で、勇者という存在は特別だ。その勇者一行と知った上で襲ってくるのなら、野盗と言えども相応の覚悟が有るのだろう。そんな人たちと戦ったら、場合によっては怪我では済まされない。


──もう正義と会えないかもしれない……。


 そう考えた瞬間、沙希は大切な人を失う恐怖に駆られた。その恐怖はまるで湿度を持った黒いもやのように沙希に絡みつき、纏わりつく。



 パッ!!



 一瞬、まばゆい閃光が車内を照らし出した。同時に、ドンッ!!!!! という炸裂音がして馬車が小刻みに揺れる。


 「行けー!!」「オー!!」と戦士たちの鬨の声が上がった。野盗との戦いが始まったのだ。


 沙希、茜、京子は慌てて窓から周囲を見回した。しかし、最早そこに正義や勇人の姿を見つけることは出来なかった。


×  ×  ×


 ボ~ン♪


 平和な時報が篠津高校の体育館全体に響き渡る。


 『レタス侍』の看板を描いていた佳織は手を止めると、体育館の壁時計を見上げた。時計の針は午後一時を指している。


「沙希ちゃんたち、遅いね……」

「……そうかもしれないね」


 佳織の正面に座って『レタス侍』のチョンマゲに色を塗っていた敬も壁時計を見上げた。先生はまだ見回りに来ないが、沙希たちが戻って来る気配もない。


「何か……有ったのかな……?」

「さあ……でも、向こうで何か有っても僕たちに知る術《すべ》は無いからね」


 敬の言葉に佳織は不安気な表情になった。


「二時になってもみんなが戻って来なかったら、僕がレッドバロンに行ってみるよ」

「じゃあ、わたしも!!」

「……だめだよ」

「え?」


 聞き慣れない敬の真剣な口調に驚いて佳織は敬を見た。


「かっちゃんは体育館に残って……三時になっても僕が戻って来なかったら、ロッカーの存在を先生か大人に知らせるんだ」

「で、でも……」


 佳織が何か言いかけた時、体育館の扉が開いて千葉ちば桃子ももこが入って来た。


 千葉桃子は大学を卒業したばかりの新任教師で篠津高校では古典を教えている。千葉は真面目が服を着て歩いているような存在であり、生徒たちから『ももちゃん先生』と親しみを込めて呼ばれ、慕われていた。小柄であり、いつもストレートの黒髪をおでこの真ん中で分け、黒いスクエアタイプの眼鏡をかけている。今日は青いストライプの半袖シャツにタイトスカートという格好をしていた。


「お疲れ様~……ん? あれ? 他のみんなは?」


 さっそく、千葉は正義たちの姿が見えないことに気付いた。


「え!? あ、そ、その……」

「みんな、沙希さんのお店までお昼を買いに行っています」


 言葉に詰まった佳織に代わって敬が答える。


「え!? 西園寺ストアまで行ったの!? 二人に作業をさせて?? しょうがないな……」


 そう言って千葉は『レタス侍』の看板の前に座り込んだ。


「みんなが戻って来るまで、先生も手伝うよ」

「えっ!?」

「?? 黒田さん、どうしたの??」

「い、いえ……何でもないです……」


 予期せぬ事態に、佳織は敬を見た。いずれ、千葉は沙希たちが戻って来ないことを不審に思い始めるだろう。


 佳織の心配をよそに、敬は笑顔を浮かべて筆を千葉に手渡した。


「さすがももちゃん先生!! 有り難うございます!! 先生が手伝ってくれるなら、傑作になること間違いなし!!」

「調子のいいこと言ってないで、手を動かす!!」

「はい!!」


 敬は千葉と談笑しながら『レタス侍』を描き始めてしまった。


──だ、大丈夫かな……?


 佳織は一抹の不安を感じて体育準備室の方を見た。


 自分の心配が杞憂であって欲しい……。佳織はそう願いながら『レタス侍』を描き始めた。


×  ×  ×


 夏休みの篠津高校。


 今、篠津高校には敬、佳織、千葉の他に誰も居ない。


 体育館の窓からは淡色の青に統一された空が覗き、田園を吹き抜けた緑の風が入り込んでくる。


 ミィー、ミ、ミ、ミ。


 打ち放しのコンクリートでできた校舎の外壁には数匹のエゾハルゼミがとまっている。エゾハルゼミの乾いた最期の鳴き声は、篠津町に本格的な夏の到来を告げていた。

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