ビンスは語り終えると、寂しげな顔つきで窓を見た。開け放たれた窓からは、風が夏草の匂いを運んでくる。ビンスは夏の向こうに若槻優香の面影を探していた。
ふと、話を聞いていた佳織の口元が動いた。
「若槻さんって、なんだかジャンヌ・ダルクみたい……」
「わたしもそう思った……」
沙希も佳織に頷き返す。
二人は若槻優香の話を聞きながら再び歴史の授業を思い出していた。
ジャンヌ・ダルクは中世フランスの軍人で、フランスがイングランドとの100年戦争に明け暮れる時代に生まれた。幼い頃に「戦争を終わらせて、フランスを救え!!」という神の声を聞き、イングランドの侵攻を防ぐ戦いへ身を投じる。弱冠17才でフランス中部の都市、オルレアンを解放し、『オルレアンの乙女』と呼ばれた。今でも、救国の英雄としてフランス国民に慕われている。
ジャンヌ・ダルクという名前を聞いたビンスは懐かしそうにその名前を繰り返した。
「ジャンヌ・ダルクさまですか……その方のお話は何度か優香さまから聞いたことがあります。勇者さまの世界では、英雄の中の英雄だとか。なにしろ、優香さまが戦場で兵士たちにかけた言葉は、そのジャンヌ・ダルクさまの言葉を真似たそうです。ただ……」
ビンスは『バルザックの夜明け』がしまわれた収納書棚をチラリと見た。
「優香さまは、『どんなに頑張ってもジャンヌ・ダルクにはなれない』とも仰っておいででした……」
「な、ならなくて良かったと思います……」
佳織が小さな声で言った。
「ジャンヌ・ダルクさん、せっかくフランスを救ったのに、火あぶりの刑にされましたから……」
「えっ!? そうなのですか!!?? 国を救ったのに!!??」
ビンスは驚いて身を乗り出した。ジャンヌ・ダルクについて、その最期までは若槻優香から聞いていなかったらしい。
「「……そう習いました……」」
沙希と佳織は声をそろえて答えると、ジャンヌ・ダルクの最期について説明した。
ジャンヌ・ダルクはコンピエーニュという町の包囲戦でイングランドとブルゴーニュ公国の連合軍に捕まってしまう。捕虜となった彼女をフランス国王は助けようとしなかった。結局、ジャンヌ・ダルクはイングランドの手によって異端審問にかけられて火あぶりの刑に処されてしまう……。
ジャンヌ・ダルクの非業の死を知ったビンスは眉間に皺を寄せた。
「そうだったのですね……国王は助けなかったのでございますか。ジャンヌ・ダルクさまは、さぞご無念だったでしょう……」
難しい顔をすると、ビンスは黙り込んでしまった。そして、少し経つと「なるほど」と独り言を呟いて顔を上げた
「いえ……ジャンヌ・ダルクさまの最期を知り、いろいろと納得できることがございました……」
「どういう意味ですか?」
沙希が尋ねると、ビンスは小さく息をつく。
「優香さまは……ジャンヌ・ダルクさまとご自分を重ね合わせておいででした。ですが、その最期については、優香さまは納得いってなかったのかもしれません。今、お二人からお話を聞いて、わたしはそう思うのです」
「「??」」
沙希と佳織が首を傾げていると、ビンスはずんぐりとした体格を揺すって立ち上がった。そして、棚に置かれた保冷庫からバロンプリンを取り出すと、それを沙希と佳織の前に並べる。もちろん、自分の席の前には2つ置いた。
「勇者さま、どうぞ。夏場のバロンプリンは最高ですぞ」
スプーンを配りながら言うと、ビンスは席に腰かけた。
「それでは最後のお話しになります。何故、優香さまがバルザック王国の女王になれたのか……それをご説明いたします」
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