「みんな、帰りは?」
正義は自転車の鍵を外しながら、みんなに尋ねた。
「あ、わたしのお母さんがみんなを送ってくれるって……」
スマホを手にした佳織が答えた。
「正義と沙希はどうすんだ? こんな時間に自転車乗ってたら補導されるかもな~」
茜がニヤニヤと笑いながら、わざとらしく聞いてくる。
「……姉ちゃんに頼むよ」
癪だが、やはり軽トラの力が必要だ。正義は真実のスマホにかけた。
「しょうがないなぁ~。沙希ちゃんを送るついでにあんたも送ってやるよ。須藤農機まで迎えに行けばいいのか?」
事情を説明すると、スマホの先から真実の恩着せがましい声が聞こえてきた。応援する野球チームが勝ったのか、真実はやけに上機嫌だった。
「安心しな。なるべく時間かけて迎えに行くから」
「余計なことしなくていいから、早く迎えに……」
気づくと、真実はもうスマホを切っている。
「……とりあえず、迎えに来てくれるって」
「正義、ありがとう」
「やっぱり、こうなったか~♪ 二人は一緒か~♪」
「かっちゃんのお母さんが来たぞ、暇ゴリラ」
正義をからかう茜の後ろから京子の冷たい声が聞こえてきた。
茜、京子、佳織、敬は佳織のお母さんにお礼を言いながら車に乗り込んだ。
「「「みんな、また明日!!」」」
正義、沙希、勇人は出発する車に手を振った。そして、車が見えなくなると、勇人は背伸びをしながら正義を見た。
「じゃあ……俺もそろそろ家に戻るよ」
「え? 姉ちゃんが迎えに来てくれるまで居てくれるんじゃ……」
「なんでだよ? 俺はいろいろと忙しいんだ」
勇人はちらりと沙希の方を見た。沙希は夜空を見上げている。
「沙希……俺、家に戻るから。今日は来てくれてありがとう」
「あ、うん。勇人も、今日はありがとう。また明日ね!!」
勇人は沙希に手を振ると、正義を見た。
「後は頼むぞ、防衛大臣」
ポンと正義の肩を叩いて勇人は家へ戻って行った。
× × ×
みんなが居なくなると、急に静かになった。
ヴ、ヴ、ヴ。
突然、正義のスマホが振動した。正義が確認すると真実からショートメールで追伸があり、合流場所を須藤農機の駐車場に変更してきた。
「姉ちゃん、余計なことすんなって言ったのに……」
「どうしたの?」
「え!? あ、いや……須藤農機の駐車場で合流だって。いきなり勝手すぎるだろ……」
「すぐそこでしょ? 迎えに来てもらうのに文句言わないの」
正義と沙希は自転車を押して須藤農機の駐車場へと向かった。
× × ×
二人は国道沿いの歩道を並んで進んだ。通る車は少ないが、正義は念のため車道側を歩いている。二人の押す自転車がカラカラと乾いた回転音を立てて静かな夜道に響いていた。
「正義、さっき格好良かったよ……」
正義の隣を歩く沙希がポツリと言った。
「え?」
「勇人が協力して欲しいって言った時、すぐ答えたでしょ?」
「ああ、あれか……それがどうして……」
「サクッと決めちゃって……迷いが無くて、格好良かった」
「……」
正義は胸の奥が熱くなり、言葉に詰まった。そんな正義をよそに沙希は続ける。
「わたしたちって、まだプリンを作って売っただけでしょ? だから、何もしてないのと一緒だって……ずっとそう考えてたから、躊躇ったんだ……あの時」
「……」
「でもね、正義見てたら……無理に背伸びしなくてもいいって思えたの。今は、わたしたちの世界でも、レッドバロンでも、自分にできることを精一杯頑張れば、それでいいって思えるんだ」
沙希は自転車のハンドルから左手を放すと、星空へ掲げた。
「篠津町からレッドバロンヘ!! 聞こえますか!? わたしたちは時空を飛び越えて、再びそちらへ向かいます!! 今度は蒸気機関を作っちゃいますよー!!」
ハンドルから片手を放してはしゃいでいた沙希はバランスを崩してよろめいた。
「う、うわっ!?」
「え!? 沙希!!」
正義は慌てて沙希を後ろから抱きとめた。支えを失った二人の自転車が音を立てて歩道に倒れた。
「ゴメン……」
「危ないから、変なはしゃぎ方するなよ……」
「うん……」
沙希は何故か正義から離れようとしない。両手から伝わる沙希の体温に、正義の鼓動は早くなった。こんな時、どうすれば良いのか全くわからない。
戸惑う正義に沙希の囁く声が聞こえてきた。
「正義と一緒だと、ありのままでいられる……。一緒にレッドバロンに来てくれて……ありがとう」
聞いていて切なくなる声色だった。メッシュキャップのせいで腕の中にいる沙希の表情は見えない。
「……もう……大丈夫だから……」
「え!? あ、う、うん」
沙希の声が聞こえると、正義は慌てて沙希から離れた。
沙希は自転車を起こして歩き始めた。
しかし……。
正義はその場を動けなかった。心の中を様々な気持ちが駆け巡る。
──感謝するのは俺の方だ。
──躊躇いながらも前へ進む、ひたむきな沙希の姿に励まされた。
──いつの間にか沙希に憧れて、追いつきたくて、好きになってたんだ。
顔を上げると、沙希の華奢な背中が遠ざかっていく。
国道の街路灯。
吹き抜ける風。
木々の騒めき。
そのどれもが特別に感じる。それはきっと、沙希と空間を共有しているから。
──俺は……沙希に自分の気持ちを知って欲しい!!
──好きだと告げたい!!
──一歩、踏み出すだけだ!! 勇気を振り絞れ!!
静かに覚悟を決めると、正義は沙希へと向かって呼びかける。
「西園寺沙希さん!!」
正義は初めてフルネームで沙希を呼んだ。
聞き慣れない呼び方に、沙希は驚いて振り向いた。
正義は倒れた自転車を起こし、サイドスタンドを蹴って止めると、沙希に近づいてゆく。一歩ごとに心臓が痛いほど脈打つのがわかった。
沙希の目の前まで来ると、正義はその瞳を真っすぐに見つめた。
いつもと違う正義の雰囲気に、沙希は少しだけ戸惑って俯いた。
やがて……。
沙希はメッシュキャップを取り、はにかみながら顔を上げた。
「……はい」
沙希は夜風になびく髪を耳にかけると、期待と予感に満ちた瞳を正義に向ける。
正義は早くなる鼓動に苦心しつつも、言うべき言葉のために大きく息を吸い込んだ。
真夏の篠津町。
今、正義と沙希の頭上には星の海が果てなく広がっていた。
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