タッタッタッ。
石道を蹴る規則正しい足音が砂漠を這う『熱砂回廊』に響き渡る。
京子は一定のリズムで呼吸し、四肢を小さくスライドさせて走り続けた。
いくら防砂、防暑の魔法がかかっていても、砂漠の強烈な日差しは磨き上げられた石道に反射して京子の身体をジリジリと焼いてゆく。
2~3キロは進んだだろうか。
ふと気づくと、走る速度に合わせて無数の砂船が『熱砂回廊』左右の砂漠を進んでいる。船上の人々はこちらに向かって何事かを叫んでいた。多分、声援なのだろうが、遠い声は入り交じり、上手く聞き取ることができない。
京子は前方を走るテレサを見た。
10メートル程先のテレサは相変わらず力強い走りで、時折、砂船に向かって手を振る余裕すら見せている。
テレサの余裕は京子の対抗心を刺激した。
──こ、この!!
京子は走るペースを速めようとしたが、すぐに熱くなっている自分に気づいて思い留まった。
──あ、熱くなるなわたし。わたしは篠高のクールビューティー。
逸る気持ちをクールダウンさせて心を落ち着かせると、京子は自分のペースを守って走り続けた。
『熱波苦悶開脚走』は往復20キロ程であり、ほぼハーフマラソンだ。
京子は陸上部に所属し、駅伝をしているが、この『熱波苦悶開脚走』と駅伝は別競技と言って良い。
高校の女子駅伝は5区間、5人で22キロ(正確には21.0975km)を走る。一人が走る区間は最長でも5~6キロだ。しかし、今回は一人で20キロを走破しなければならない。
京子は練習で何回か長距離を走ったことが有る。とは言っても、せいぜい篠津町健康ランドから篠津高校までの10キロの道のりくらいだ。それを考えれば、今回の『熱波苦悶開脚走』は京子にとって未知の領域だった。
──今はテレサについて行く。そして……後半……最後の最後でスプリント勝負だ!!
京子は自分に言い聞かせると、冷静にテレサの背中を追いかけた。
× × ×
京子には付け焼き刃だが三つの勝算が有った。
一つ目は、自分の履いているスニーカーがスポーツ用品ブランドであるアメダス製であること。アメダスのスニーカーはランニングシューズと似た機能性を持ち、軽くて走りやすい。
テレサは動物の外皮でできた靴を履いて走っている。その靴は確かに軽くて丈夫そうに見えるが、ランニングに適しているとは言い難い。
卑怯かもしれないが、靴の差でかなりのアドバンテージを得られると京子は考えたのだ。
二つ目は、魔法をかけて身体を強化するようなそぶりがテレサに見受けられないことだった。実を言えば、京子はこのことを最も恐れた。
こちらの世界には魔法という便利な存在がある。魔法による肉体強化が無いとは言い切れない……いや、有ると考えるのが自然だろう。もし、魔法によって人間離れした持久力を得られてしまえば、全く太刀打ちできないのだ。
誇り高いテレサは純粋な持久力勝負を選んだ。
持久力勝負になるなら、いくらテレサが最強と呼ばれる剣士であっても、勝つチャンスが見い出せる。
三つ目は……京子自身がマラソンに対して並々ならぬ自信と誇りを抱いている点だった。
篠津高校は陸上競技の強豪校ではない。それどころか、大会前には競技に出る部員の人数が足りず、他の部活動に応援を求めるくらいだ。
それでも……。
京子は真摯に走法や呼吸法を学び、練習方法や食事の取り方でも出来うる限り最善を尽くし、時には大学や実業団の練習にも参加してきた……必死になって部活動に取り組んできた。その自負心が「この勝負は負けない!!」と心中で囁き、背中を後押しする。
言ってしまえば、ただの開き直りかもしれない。けれども、京子は敗北など微塵も考えず、最初から本気で勝利だけを考え、目指していた。
負ければ茜がこっちの世界の住人になってしまう……。それだけは絶対に避けなければならない。その責任感が『ガラスのハート』の持ち主である京子を変えていた。
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