勇者たちの産業革命

田舎の高校生、異世界で町おこし!!
綾野トモヒト
綾野トモヒト

第72話 ビンス、勇者の伝説を語る03

公開日時: 2021年6月9日(水) 12:00
文字数:4,790

 『ビンスはかく語りき SEASON 3』


 今から申し上げることは絶対に口外しないで下さい。墓場まで持っていくと決めた秘密なのでございますから……。


 話は少し、長くなります……。


 ザハを陥落させて王都バルティアに迫るゼノガルド帝国軍はレッドバロンにく兵力を惜しんだのか、大兵力で取り囲んでの攻城戦や兵糧攻めは行いませんでした。それでも、レッドバロン攻略を命ぜられた精強な師団が日夜猛攻を仕掛けてきます。


 敵にはカルマンという大魔導士がおりました。いくらガンバルフ先生が大賢者と呼ばれていても、カルマンにかかりきりになってしまっては、他まで手が回りません。敵の猛攻に、レッドバロンは日に日に疲弊してゆきます。


 そこで、優香さまは援軍を求める使者として、代表者会議に向かうことを決めました。代表者会議とは、バルザック王国の大臣や将軍、諸侯や部族長、自治都市の執政官たちが集まった評議会のことです。


 当時、バルザック王国の国王はヒネモス=ザレ3世でした。しかし、ヒネモス王は『君臨すれども統治せず』という姿勢をとっており、重要な事柄は代表者会議や王府の議会で決められていたのです。


 優香さまはわたしや仲間たちと一緒になってレッドバロンを脱出し、代表者会議が行われる王都バルティアを目指しました……。


 ガンバルフ先生ですか? 先生はレッドバロンに残りました。敵には大魔導士カルマンがいます。レッドバロンを留守にはできなかったのです……。


 敵中を突破し、灼熱のバクラマカン砂漠を越えて王都を目指す……それはそれは大冒険でした。わたしは何度も死にかけましたが、その度に勇気を振り絞って困難を克服したのです!! 死ぬ気になれば人間なんだって……あ、わたしの話は控えますね……。


 バルティアに到着した優香さまは、さっそく勇者として代表者会議に出席なさいました。しかし、レッドバロンへの援軍を求めても、誰も相手にしません。何故なら……。


 先程も申し上げましたように、バルザック王国は諸部族や諸侯、自治都市からなる連邦制です。それぞれに独自の思惑があり、自分たちの利益しか考えていなかったのです。みなみな、自分たちの領地や部族が無事であれば、それで良いと考えていました。


 誰も辺境のレッドバロンに援軍なんて送りたがりません。代表者会議の中には、自分たちの安全が保てるなら、ゼノガルド帝国に負けても良いと考える人までいたくらいです。


 わたしも代表者会議に参加して唖然としました。レッドバロンに援軍を『送る』『送らない』どころか、バルザック王国が降伏する算段が話し合われていたのですから……。


 長年の平和で、みんなは頭がお花畑になっていたのでしょう。バルザック王国が滅んでしまえば、今度は自分たちが滅ぶ。想像を絶する圧政が待っている……そんなことは誰も考えていませんでした……。


 国家存亡の危機になってものん気に構える代表者会議。その姿をご覧になった優香さまは、「このままではリーハ村の悲劇が繰り返されてしまう……」と焦りました。そこで、優香さまは一計を案じます……。


 優香さまは代表者会議の議場で、一世一代の大嘘をついたのです。


「わたしは時の女神フィリスから神託しんたくさずかっている。勇者の旗のもとで戦えば負けない!! 戦わない者には神罰が下る!!」


 優香さまは神託など授かっていないと仰っていました。こんな嘘が明るみに出ると大変なことになってしまいます。これはわたしやガンバルフ先生、そして一部の仲間たちだけが知る秘密なのです。どうか、ご内密に願います……。


 優香さまの思惑は成功しました。ガンバルフ先生が召喚した勇者さまが時の女神フィリスの神託だと言ったのです。効果は絶大でした。


 それまで保身に走っていた部族や諸侯は神罰を恐れて軍を出し、真っ当に戦っていた人たちは「これで勝てるぞ!!」と意気込みます。静観を決めこんでいた自治都市ですら、慌てて駆けつけました。それまでバラバラだった諸勢力が、勇者の旗の下に糾合されたのです。


 そして……優香さまはバクラマカン砂漠でゼノガルド帝国軍に一大決戦をいどみました。


 『勇者の紋章』が入った軍旗を掲げて、優香さまは王都バルティアを進発なさいました。その軍旗のもとには、続々と各地から軍団が集まってきます。全軍の先頭に立った優香さまは、日に夜をいでバクラマカン砂漠を目指しました。


 当時、バクラマカン砂漠にはゼノガルド帝国の若き皇帝、カインハートが率いる敵本隊が駐留しておりました。ゼノガルド帝国軍の他の軍団はレッドバロンやザハ、他都市の占領や要衝の攻略にあたっていたのです。敵の勢力は丁度、分散していました。


 優香さまは数で勝る帝国軍が集結する前に、敵本隊を叩き、各個撃破しようとお考えになったのです。今度はバルザック王国軍が電撃戦を仕掛ける番でした。


 バルザック王国軍は『熱砂ねっさ回廊かいろう』と呼ばれる古代の軍用道路を急進し、敵本隊が駐留する『無慈悲な終焉の地ギル・デ・メリク』に迫ります。『無慈悲な終焉の地ギル・デ・メリク』とは、砂に埋もれた古代都市の名残なごりでございます。


 日の出前、砂漠の地平線が微かに白み始めた頃。バルザック王国軍は猛然とゼノガルド帝国軍に襲いかかりました。ついに、優香さまの率いるバルザック王国軍とゼノガルド帝国軍が激突したのです。


 これが世に名高い、『ギル・デ・メリクの戦い』です。わたしも、優香さまの部隊で一緒になって戦いに参加しました……記録係でしたが……。


 開戦初頭は戦況が優位に運ぶかと思われましたが、そうは上手くいきません。


 バルザック王国軍は敵本隊の倍近い兵力を有していました。しかし、敵もさる者……バルザック王国軍の急接近をいち早く察知し、防御陣地を築いて待ち構えていたのです。


 優香さまは自分の部隊を前線へと押し出し、全軍を鼓舞します。軍旗が前進するたびに、全軍の士気が上がるのです。しかし、敵も皇帝の近衛師団を含む最強の軍団です。一進一退の攻防が続き、やがて戦況は膠着します。


 敵を攻めあぐねる部隊の指揮官たちは、優香さまに指示をう伝令を飛ばします。戦況が長引けば、各地に散らばったゼノガルド帝国軍が駆けつけ、バルザック王国軍は一敗地いっぱいちまみれてしまうのです。みんな、焦っていました。


 次々にやって来る伝令に、わたしは焦りながら優香さまの顔色をうかがいました。


 すると……。


 あの時……。


 ひるがえる軍旗の下で、優香さまは戦況を見つめながら微笑んでおられたのです。


 わたしは戦慄を覚えました。一度でも負ければ、勇者としての権威は失墜し、敵に殺されなくとも、味方に殺されることだってあり得ます。明日の命もわからない、絶対に負けられない戦いに身を投じて……優香さまは微笑んでいるのです。


 優香さまは集まった伝令たちに向かってこう仰いました。


「わたしたちが戦うからこそ、女神フィリスは勝利を与えてくださるのです。勇敢に進みなさい。そうすれば全て上手くいくでしょう」


 軍旗を片手に、戦場には似つかわしくない優雅な微笑みをたたえて、優香さまは仰いました。砂漠の強い日差しを背にしたその姿は、神威しんいまとったように神々しく、本当に女神フィリスが降臨したかと見紛みまごうほどでした……。


 今、思い返してみると……優香さまは具体的な作戦を仰ったわけではありません。ただ、『戦え』と仰っただけです。しかし、その一言が戦況を一変させました。


 伝令が走り去って間もなくして……バルザック王国軍の一部が敵の防御陣地に向かって、無謀とも言える突撃を開始しました。それは、自己犠牲的な突撃でした。


 優香さまの『戦え』という言葉は、つまり『死ね』という意味です。


 女神フィリスの神託を受けた勇者が進めと言うのであれば、兵士たちは死地にだって喜んでおもむきます。それほどまでに……兵士たちは優香さまに感化されていたのです。


 弓やいしゆみ投石機カタパルトや火を吹く龍、土塁や石塁……ガチガチに固められた防御陣地に、兵士たちは突撃しました。中にはみずからおとりとなって、敵の集中砲火を浴びて全滅した部隊もございます。兵士たちは屍を踏み越えて、死兵しへいとなって敵の防御陣地に突撃を繰り返しました。


 死兵の意味でございますか? それはその名の通り、死を覚悟し、死に物狂いで戦う兵士たちのことです。優香さまは全軍を死兵に変えたのです……。レッドバロンからついて来た仲間の多くも、優香さまの盾となって亡くなりました……。


 日が中天ちゅうてんに差しかかる頃、バルザック王国軍はついに堅牢けんろうな防御陣地を突破します。そして、敵の主力である近衛師団を打ち破ると、ゼノガルド帝国軍は潰走かいそうしはじめたのです。


 勝敗は決しました。敵の皇帝であるカインハートを捕らえることはできませんでしたが、バルザック王国軍が初めてゼノガルド帝国軍に勝利したのです。


 大勝利にひたる間もなく、優香さまは追撃戦を命じました。敗走する敵に立て直す猶予を与えないためです。


 優香さまはザハを解放し、各地のゼノガルド帝国軍を撃破していきます。それこそ、連戦連勝でした。こうなってくると、敵地の奥深くに入り込んだゼノガルド帝国軍は敗走の一途をたどるしかありません。


 レッドバロンを攻撃していた大魔導士カルマンが率いる帝国軍も、皇帝を逃がすための殿しんがりとなって優香さまと対決し、壊滅いたしました。ようやく、優香さまは『レッドバロンを救う』という当初の目的を果たされたのです。


 レッドバロンは歓喜に沸き返り、歓呼でバルザック王国軍を迎え入れました。わたしも、久しぶりにレッドバロンの土を踏んで感激し、自宅のベッドで寝るのはこんなにも素晴らしいことだったのかと、感涙しました。


 しかし……。


 レッドバロンを守っていたガンバルフ先生はお怒りになっていました。それは、バルザック王国軍が敵の大魔導士であるカルマンをだまちにしたからです。


 どうやら、ガンバルフ先生はカルマンを通して皇帝カインハートと連絡を取り、停戦を模索していたみたいなのです。


 カルマンは戦争に反対していたため、皇帝のそばを追いやられて辺境のレッドバロン攻略を命ぜられたそうです。


 真相はわかりませんが、後にガンバルフ先生が「カルマンは敵ながら、話してみると妙に気が合った」と申しておりました。大魔導士と大賢者、似て非なる立場ですが、相通じる部分があったのかもしれません……。


 戦争に反対であっても、皇帝を守るとなれば話は別です。カルマンは皇帝を逃がすため、頑強に抵抗しました。そこで、バルザック王国軍は「停戦協定を結びたい」とカルマンに使者を送り、停戦協議の場でカルマンを捕らえたのです。


 優香さまの名誉のために申し上げますと、この策略はバルザック王国軍の青年将校たちが張り巡らせました。あの『バルザックの夜明け』に描かれていたのが、その青年将校たちです。優香さまが気づいた時には、カルマンは捕縛され、処刑されていました……。優香さまは追認なさるしかなかったのです。


 ガンバルフ先生は真っ直ぐな性格をしております。戦争ですから仕方の無いこととはいえ、カルマンを騙し討ちにした青年将校たちが許せなかったようです。次第にバルザック王国軍と距離を置くようになっていきました。


 この頃になると、優香さまは『バルザックの乙女』と呼ばれ、上級大将の地位も手に入れておりました。取り巻く人たちの顔ぶれも、諸侯や部族長の息子である青年将校たちといったようにガラリと変わってしまって……。


 レッドバロンから行動を共にしてきた仲間たちは、わたしも含めて優香さまから遠ざけられるようになっていました。優香さま自身も、わたしたちと距離を取っていったように感じられます……。


 どうしてでしょうか……。


 バルザックが勝利して嬉しいはずなのに。


 レッドバロンの解放を願っていたはずなのに。


 戦う勇者さまを望んでいたはずなのに……。


 わたしは軍旗を掲げる優香さまより、人助けでレッドバロンを奔走していた頃の優香さまの方が好きなのです。


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