勇者たちの産業革命

田舎の高校生、異世界で町おこし!!
綾野トモヒト
綾野トモヒト

第49話 勇者、帰途につく

公開日時: 2021年5月15日(土) 12:00
文字数:3,135

前話(第48話 勇者、怒りの矛先)の後半部分を加筆いたしました。

読んで頂けると、幸いに存じます。<(_ _)>

 勇者を礼讃らいさんし、『バルザック辺境同盟』の誕生を祝う祝賀会はホテル『グラスゴー』で華々しく行われた。


 「勇者さま万歳!!」と叫んではエールを飲み干し、「浸水なんて吹き飛ばせ!!」と高らかに歌う。宴はグラスゴーの酒樽が空になり、人々の声が枯れるまで続いた。


 正義と勇人は祝賀会が、ただの大人たちの飲み会に変わった頃、会場となっている一階のカフェテラスを抜け出し、自室へと戻った。


 大人たちのどんちゃん騒ぎに付き合うのは勇者といえども苦労する。正義は疲れ切った身体を思い切り伸ばしながら、部屋の窓から外を見下ろした。


 外には、祝賀会の喧騒に参加しようと、ホテル『グラスゴー』を訪れる人々が見て取れた。宴はまだまだ、これかららしい。階下からは遠く大人たちの歌声が聴こえてくる。


「なあ勇人……」


 正義が振り返ると、勇人はベッドに大の字になって倒れ込んでいた。勇人は大人たちの酒盛りに付き合わされ、エールを何杯も飲み干していたのだ。


 こちらの世界では16才からエールを飲んで良いらしく、勇人は「勇者さま、どうぞ!!」と勧められる度に、そのさかずきを空にした。


 いくらアルコール度数の低いエールでも、飲みなれないお酒を何杯も飲んだ勇人はトイレと友達になり、今はこうしてベッドに転がっている。


「どうした勇者アボ……アボ……アヴェッ!!」


 ベッドから身体を起こした勇人は口を押えてトイレに駆け込んだ。


「しょうがねーな」


 正義は呆れて呟くと、ドレッサーに置かれたスイングボトルを手に取り、グラスに水を注いだ。そして、キツそうに顔をしかめた勇人がトイレから出て来ると、そのグラスを手渡した。


「ほら。少し水を飲んだ方がいいぞ」

「サ、サンキュー……」


 勇人は喉を鳴らして水を飲み干した。


「……マジで頭がガンガンする……」

「飲み過ぎなんだよ、勇人。二日酔いの勇者なんて、かっこつかないだろ。今度から気をつけろ」


 勇人はゲッソリした顔で頷くと、グラスを差し出した。どうやらおかわりを求めているらしい。


 正義が空になったグラスに再び水を注ぐと、その手元を見ていた勇人が顔を上げた。


「……で、何だよ正義。さっき呼んだのは話が有ったからなんじゃないのか?」

「ああ……それがさ……」


 正義がベッドに腰かけると、その重さでギシッと木の軋む音がする。


「王府の監察官が言ってただろ。バルザック王国を治める女王陛下は……元、勇者だって」

「……確かにペリゴールはそう言ってたな。じゃあ、その女王陛下は30年以上前にガンバルフさんと一緒に魔族と戦った……そして……その勇者は……」


 勇人は言葉の途中で正義を見る。


 正義は視線が合うと、結論を言った。


「ああ……篠津高校の関係者だ」

「マジか……でも、そうなるよな……」


 ベッドの枕元に設けられた小さなテーブルにグラスを置くと、勇人は再び横になった。


「……過去の勇者とか……篠津高校との関わりとか……調べてみた方がいいかもしれないな……」

「ああ。ガンバルフさんが戻って来たら色々聞いてようぜ……って、オイ、勇人!?」


 勇人は既に夢の中の住人になっていた。


 蒸気機関が伝わり、緊張の糸が切れたところにエールを流し込んだのだ。さすがの勇人も本日の営業を終了し、寝落ちしていた。


「本当にしょうがねーな」


 正義は苦笑いを浮かべると、勇人にタオルケットをかけて自分もベッドに横になった。


 目を閉じると、睡魔と一緒になって様々な想いが正義の胸中に去来した。


 かつての勇者という存在。


 揚水機関の製作と世迷人。


 そして、これからのレッドバロンと『バルザック辺境同盟』……問題は山積みになっている。蒸気機関を持ち込んだからといって、万事が解決したわけではないのだ……。


──茜と京子はバッバーニさんを説得できたのかな……無茶してなきゃいいけど……。


 寝返りを打った正義はうっすらと目を開けた。


 窓から外の暗がりが見え、その中にぼんやりとした光が点在している。きっと、メヴェ・サルデを取り巻く内壁に埋まった魔導石が輝いているのだろう。

 

──沙希も今頃は星空を見上げているかもしれない……。


 気づけば、随分と長い間、沙希と会っていない気がする。


 正義はロマンチックな考えに浸ってる自分が面白かった。もしかすると、今日は沙希の夢を見れるかもしれない。


──明日はレッドバロンに戻るのか……。


 正義は、今は遠く感じるレッドバロンに想いを馳せると、沙希の笑顔を思い浮かべながら眠りに落ちていった。


 が……。


 沙希とのロマンチックな夢を期待していた正義の夢に出て来たのは……。


 しかめっ面のガンバルフだった。


「タスケテクレー!!」


 ビフレスト山脈の最奥で、ガンバルフは助けを求めて叫んでいた。


×  ×  ×


 的中して欲しくない嫌な予感ほど、ズバッと当たる。


 翌日レッドバロンに戻る時刻になってもガンバルフは戻って来なかった。


「ガンちゃん、どうしちゃったんじゃ……ワィ……」


 メヴェ・サルデの市庁舎前にレッドバロン一行が集まると、ドグは力なく肩を落とした。サリューやゲオルグ、メヴェ・サルデの人たちも心配そうに顔を見合わせている。


「ドグ爺、あんまり気を落とさないでくれ。なぁに、ガンバルフさんは大賢者なんだ……今にヒョッコリ顔を出すさ」


 ジョルジュはドグを励ましながら正義と勇人を見た。


「なあ、勇者さん。俺たちはこのままメヴェ・サルデに残って、蒸気機関を製作しようと思う」

「えっ!?」

「みんなで考えたんだが、揚水機関の試作機をレッドバロンで作って、それをここまで運ぶとなると……それだけでも重労働になっちまう可能性があるんだ。それに、メヴェ・サルデは『バルザック辺境同盟』の中心になる。ここの方が技術者たちが集まりやすい」

「なるほど……」


 と、正義は頷いた。


 ジョルジュの言う通り、坑道の近くで揚水機関を作った方が何かと都合が良い。


「じゃあ、勇者さま。沙希勇者さまにそのむねを伝えてくれるか?」

「わたしからもお願いします」


 ジョルジュと一緒になってサリューも頭を下げた。


「「わかりました」」


 正義と勇人はそろって了承した。


 『レッドバロンで排水機を作って、それをメヴェ・サルデにレンタルする』と言っていた沙希の考えとは異なるが、とにかく揚水機関が完成しないことには先へ進まない。


 レッドバロン一行からは、ジョルジュ、ドグ、グレイ、他数名がメヴェ・サルデに残ることとなった。


「じゃあ……蒸気機関の設計図をお渡ししますので……よろしくお願いします」


 勇人が蒸気機関の設計図をドグに託すと、ドグは深い皺が刻み込まれた顔に生気を漲《みなぎ》らせた。


「この年になって勇者さまの伝説に名を連ねるとは……光栄の至りじゃワイ!!」


 ドグは設計図の入った円形の筒を大事そうに抱えると、今度は正義を見た。


「ガンちゃんが戻って来たら、わしからガツンと説教をしておくワイ!!」

「よ、よろしくお願いします……」


 正義がこめかみに汗を浮かべながら頷いていると、そこへ馬車がやって来た。


「勇者さま、そろそろ出発致します」


 御者が声をかけると、正義と勇人はあらためてみんなを見た。


「「排水機……揚水機関、よろしくお願いします」」

「任せといて勇者さま。ボク、頑張るから!!」


 グレイの明るい声に勇人が微笑むと、グレイはやはり頬を朱色に染めた。


 正義と勇人はみんなに今後を託すと、馬車へ乗り込んだ。


「勇者さま、お気を付けて!!」


 人々の惜別を背に、馬車はゆっくりと動き出す。


 正義と勇人は何度も振り返り、肩が痛くなるまで手を振った。


×  ×  ×


 ガンバルフの居ない馬車旅はどこか寂しくて不安だった。


 来た時と同じ橋を渡ると、正義と勇人は御者台から空を見上げた。


 ガンバルフは『この地方は雨が多い』と言っていたが、空は晴れ渡っている。


 上空では一羽の鳥が、大きく弧を描いて飛んでいた。


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