勇者たちの産業革命

田舎の高校生、異世界で町おこし!!
綾野トモヒト
綾野トモヒト

第13話 勇者、勇ましく出発する!!

公開日時: 2021年4月15日(木) 12:00
更新日時: 2021年5月14日(金) 22:30
文字数:3,211

「起きろ!! みんなもう会議室に集まってるぞ!!」


 すでに制服に着替えた勇人が正義を叩き起こした。


 寝たのではなくて、まばたきしただけだ。全く寝た気がしない。ソファーで目覚めた正義はそう思った。


「……朝ご飯は?」

「なにを呑気なこと言ってるんだよ……馬車の中で食べるってさ」


 聞けば、出発の時刻が差し迫っているらしい。


 正義は重い体を強引に起こすと、慌てて制服に着替え、会議室に向かった。正義はもはや、遅刻の常習犯になりつつあった。


×  ×  ×


 正義と勇人が会議室に入ると、沙希、茜、京子、佳織、敬が集まっている。


 殊勝にも、みんなの中で敬が一番早く起きたらしい。


「バロンプリンのデビュー戦に向かうんだ。勇者として緊張感を持ってくれなきゃ困るよ」


 正義の肩に手を置くと、敬は上司が部下を叱責するように言った。


 お前が言うな!! と正義が思っていると、張り切る敬に沙希が話しかけた。沙希は、どこか申し訳なさそうな顔をしている。


「敬……言いにくいんだけど、かっちゃんと一緒にレッドバロンに残ってもらえないかな?」

「えっ!? 沙希ちゃん、どうして!?」 

「納得いかないな……。説明をしてくれないか? 鉄血宰相殿」


 佳織は戸惑いを隠せない様子で、沙希やみんなに視線を送る。敬も不満気ふまんげな口調で、沙希に説明を求めた。


「全員でザハに行って、もし、予定通り帰って来れなかったら……。お昼の見回りに来た先生が、体育館に誰も居なくて不審に思うでしょ? だから、かっちゃんと敬には先に体育館へ戻ってて欲しいんだ」


 沙希は予定通りにレッドバロンへ帰れなかった場合を考えていた。


「僕たちである必要性があるのかい??」

「かっちゃんは先生方の信頼も厚いし。それに……敬は大人をごまかすのが上手いでしょ」


 なるほど。と、正義は思った。


 この場合、大事なのは後者の方で、先生をごまかすには正義たちの中で敬が一番適任だった。そして、敬だけだと不安だが、佳織が付いているなら安心だ。


「なるほどね……でも、かっちゃんはそれで良いのかい?」


 意外にも、敬が気にしたのは佳織の返答だった。敬は以前、正義に見せたような、真剣な顔つきで佳織を見ている。


 敬に見つめられた佳織は頬を赤らめて視線を落とした。


「……う、うん。沙希ちゃんが言うのはもっともだと思う。……敬君が嫌じゃなければ……」

「……そっか……わかったよ。鉄血宰相殿、その役目、引き受けるよ」


 敬にしては珍しく、聞き分けの良い態度だった。敬は佳織が絡むと、何故か素直で大人しい。


「もしもの場合に僕の演技力が必要だって言うのなら……期待に応えようじゃないか!! なんてったって僕は勇者だからね!!」


 気づくと、敬はいつもの調子に戻っていた。


「かっちゃん、敬、ありがとう。わたしたちも早く戻れるように頑張るから!!」


 沙希は安堵の表情を浮かべた。


 しかし……。


 「予定通り帰れなかったら……」と言う沙希の不安は、はからずも的中してしまう。


×  ×  ×


 正義たちが勇者の宿を出ると、ちょうどバロンプリンの積み込みが完了した所だった。


「ご覧ください、勇者さま。バロンプリンの門出にふさわしく、壮観でございましょう!!」


 正義たちの姿を見ると、ビンスが両手を広げて大声を上げた。


 ビンスの後ろには四頭立ての馬車が十二台、出発を控えて整然と待機していた。先頭の二台は荷台がバスのようになっている。その巨大な姿は、正義たちの世界でも観光地などで見かける乗合馬車そのものだった。


 そして……。


 乗合馬車の後ろには、頑丈な鉄製の保冷庫を荷台に乗せた馬車が連なっている。


 重厚な保冷庫は、さながら20トントラックのバンボディのようだ。そして、それを引く馬も体高が2メートル近くあり、ばん馬に似ている。(※)


「「「す、凄い……」」」


 勇壮な車列に正義たちは息を呑んだ。


× × ×


 勇者の宿には正義たちを見送ろうと、たくさんの人たちが詰めかけていた。


「勇人!!」


 人だかりの中からグレイが手を上げて進み出る。


「勇人、見て欲しい物があるんだ……」


 グレイは照れながら勇人の手を引いた。そして、保冷庫の前まで来ると、扉を指さした。そこには『高』という文字を『稲穂』が取り囲む文様が彫り込まれている。


 正義と勇人が手伝っていた時は全く気付かなかったが、紛れもない、篠津高校の校章だった。


「勇者が、『紋章』を持ってなかったらカッコ悪いじゃんか……」


 グレイはそう言うと、モジモジと指輪を触る。


「ボ、ボク、勇者の紋章くらい……知ってるよ……」

「ありがとう、グレイ。うれしいよ」


 勇人はグレイの頭を撫でた。


 上目づかいで勇人を見ていたグレイの瞳が喜びで輝く。


「勇人!!」

 

 グレイは思いっきり勇人に抱きついた。


「ちょ、ちょっと待て!! お、お前、なんで抱きついてんだ!! 離れろ!!」


 間髪入れずに茜がグレイを引き離す。


 グレイは眉を寄せて茜を睨んだ。


「君、ダレ?」

「ウチか? ウチは……勇人と同じ、ゆ、勇者だよ……」

「本当に勇者なの?」


 グレイの目は不審に満ちている。


「そ、それは……おい、京子!! お前からもなんとか言……え!?」


 茜が振り向くと、そこには膝をガクリと地面についた京子がいる。京子は独り言をブツブツ唱えていた。


「コノオンナ、ナンデダキツイテルノ? ワタシダッテ、ダキツキタイノニ。ダキツクヨリダカレタイ……ウフフフフ」


 京子は口から魂が抜けかかっている。その姿はちょっとしたホラーだ。


「京子ちゃん、しっかりしてぇ~!!」


 佳織が真っ白になった京子の肩を揺すっていた。


「ちッ!! スポーツやってるくせに、ガラスのハートだな。しょうがねーな。出発の景気づけに、勇者らしいところを見せてやるよ!!」


 茜はグレイに向き直ると、ニヤッと笑った。。


「オイ!!」


 茜が掛け声を上げた瞬間だった。


 一瞬にして、屈強な男女が茜の後ろに整列する。全員、茜に接客訓練を受けた、元戦士や騎士たちだった。バロンプリンの販売当日は売り子を務めるらしい。


「オッシャー!! お前ら、根性見せろよ!!」


 茜は元戦士や騎士たちに気合いを注入した。


「いらっしゃいませ!! ハイ!!」

「イラッシャイッマッセー!!」


 茜の出すきっかけに全力で応える元戦士や騎士たち。戦士の中には掛け声と同時に剣を掲げる者までいる。


「声が小せーぞ!! やる気あんのか!? よろこんで!! ハイ!!」

「ィヨッロコンデェェー!!!!」

「ありがとうございました!! ハイ!!」

「ァリガトウゥゴヤシタァァー!!!!」

「また、お越しください!! ハイ!!」

「ムァタ、オコシクダセェェー!!!!」

「出てくる敵は?」

「ブッ倒セ!!!!!!!!」


 まるでどこかのブートキャンプだ。みんな、茜に心酔した眼差しを向けている。


 茜は一体、どんな接客訓練を施したのだろうか……。もしかすると、接客訓練じゃなくて軍事訓練だったのかもしれない。


「いいか、お前ら、全部売れなきゃレッドバロンに帰って来れないと思え!!」

「イエス!! マム!!!!」


 軍隊式のやり取りが終わると、売り子たちは隊列を組んで颯爽と馬車へ乗り込んだ。


「どうだ!! 勇者っぽいだろ!?」


 茜は得意満面で勇人とグレイを見る。


 ど、どこが勇者らしいのだろうか? グレイや勇人、そして正義たちも疑問に思ったが、売り子たちの迫力に圧倒されて誰も何も言えなかった。


 やがて……。


 正義たちは集まった人たちに手を振って馬車へ乗り込んだ。


 馬車は人々の歓声を受けてゆっくりと進み始める。


 ついに、勇者一行はレッドバロンを出発した。荷台にはバロンプリンという名の希望が満載されている。


 篠津高校の校章が描かれた旗をなびかせ、目指すは商業都市ザハ。


 見送る佳織は、さっそく魔法の練習を始めた敬に一抹の不安を覚えながらも、馬車が見えなくなるまで精一杯手を振った。



× × ×



 ※ばん馬……ばん馬とは、道産子どさんこと並ぶ北海道を代表する馬で、道産子より体格が大きく、体重は1トンを超えます。性格は大人しくて温厚ですが、近くで見るとその迫力にびびって腰を抜かします。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート