レッドバロン一行の滞在先は『ザハ・デ・ビーチ』と言う名の豪華なホテルだった。
「かつては『魔族を打倒した勇者さま』も逗留なされた、格式の高いホテルなんですよ!!」
ビンスが得意気に説明する通り、『ザハ・デ・ビーチ』はザハで一番の高層建築物だった。摩天楼のようにそびえる『ザハ・デ・ビーチ』を見上げて、正義はポカンと口を開けた。
「このホテル……一泊するのに、そうとう値段が張るんじゃないのか!?」
「ご安心下さい、勇者さま!! このホテルのオーナーは、わたくしめの兄なんです!! 家族割引がきくのです!!」
ビンスは胸を張って説明した。
ホテルのラウンジに着いてしばらくすると、ターバンを巻き、アロハシャツに似た派手な衣装を着た男が現れた。男は小太りで、金のネックレスをこれ見よがしに首からぶら下げている。
「勇者さまご一行ですね。お待ちしておりました。いつも弟がお世話になっております。ビンスの兄、バンスと申します」
真っ黒に日焼けした男はバンスと名乗った。外見からは想像もつかない恭しい態度が、ビンスと似ている。
「明日はいよいよバロンプリンのお披露目ですね。成功をお祈りしております」
そう言うと、バンスは正義たちを部屋へ案内した。
× × ×
天蓋付きのベッドや高価そうな家具がそろえられた広い部屋に正義たちは案内された。
やたらと広いバルコニーからはオアシスを連想させるホテルの庭園が見下ろせる。庭園内に設けられたプールでは女性や子供たちが歓声を上げていた。
「いくら家族割引がきくって言っても……それなりの値段がするんじゃ……」
『ザハ・デ・ビーチ』の雰囲気に圧倒された正義が言った。
正義は『ザハ・デ・ビーチ』のようなリゾートホテルに泊まったことがない。たまに家族で出かけたとしても、地元の社交場、篠津温泉がせいぜいだ。
「いざともなればビンスさんの自腹ってことにするから大丈夫」
「ビンスさん、自腹になったら大変だろうな……」
鉄血宰相の無慈悲な裁量に、正義はビンスを心配した。
そんな正義をよそに、沙希は荷解きをしてベッドに売り子の衣装を広げた。
「明日は、茜と京子とわたしも売り子やるから。これ、衣装ね……」
そこには昼間、商人ギルド会館で見かけた事務員が着ていたのと同じ衣装が置かれていた。衣装はエキゾチックだが、露出が多く、少し過激だった。
「ムリムリムリ!! 無理だって!!!!」
茜が目を丸くして悲鳴に近い声を上げた。
「わたしたち勇者なんだよ。明日は先頭に立ってバロンプリンの宣伝をしなきゃでしょ??」
「そ、そうだけど……こんなの、全然隠れてねーだろ!!」
「あれ?? 茜、全部売るまで帰れないって言ってなかった??」
「言ったよ……言ったけどさ……それとこれは……」
「沙希、着てみるから貸して」
京子が群青色の衣装を手に取り、隣の部屋へと消えていった。
しばらくすると……。
照れくさそうな表情を浮かべながら、京子が部屋から現れる。
京子は水着とも下着ともつかない派手な衣装を着て、短いパレオスカートを纏い、肌が透けて見えるベールを羽織っていた。口元を覆うベールの先に見える唇が妙に色っぽい。衣装は鮮やかで美しいが、確かに露出は多かった。
「カワイイじゃん」
それまで部屋に置かれたパンフレットを読んでいた勇人が顔を上げた。
「コレ、どうなってんの……?」
勇人はそう言うと、京子に近づき胸元の衣装に付いたアクセサリーを手に取った。
不用意に近づく勇人に、京子は顔を真っ赤にさせる。
「さ、最初から……付いてた……よ」
胸元の装飾品を見つめる勇人を見下ろしながら、京子は答えるのが精いっぱいの様子だった。
そんな勇人と京子を見ていた茜が急に立ち上がった。
「ウチも着る!! 着るよ!! 着る!! 着る!! KILL!!(京子を指さして)」
茜は衣装を掴み、奥の部屋へと駆けこんだ。
またしばらくすると……。バン!! という音と共に、部屋のドアが勢い良く開いた。
「ど、ど、ど、どうだ!? に、に、に、似合ってるか!?」
部屋から出てきた茜は動揺しながら勇人に尋ねた。
茜が選んだのは赤の衣装で、腕を覆うベールを金色の細いブレスレットで留めている。
「だから、似合ってるのか!? 似合ってないのか!? どっちなんだよ!!」
「うん。すごく似合ってる」
勇人が爽やかな笑顔で言うと、とたんに茜の顔はパァッと明るくなった。
どうだ!! という自信に満ち溢れた表情で茜は京子を見る。京子は「ふん」と不満気な顔つきになり、腕を組んだ。
「じゃあ……わたしも着てみようかな」
沙希も衣装に手を伸ばした。
「え!? 沙希も着るの!?」
正義は驚いて沙希を見る。
「着るよ。さっき言ったじゃん」
なんか文句あるの?? と沙希の目は言っている。
言葉に詰まる正義を尻目に、沙希は奥の部屋へと入って行った。
「やっほ~♪ 着替えたよ♪」
沙希が着替えた黄色の衣装には細い銀細工のサークレットも含まれていた。一見するとどこかのお姫様のように見える。
「お姫様じゃねーか!!」
「沙希、カワイイ!!」
茜と京子が珍しく意気投合してはしゃいでいる。
「明日は勇者としてのデビュー戦だからね。みんなの衣装も気合入れてみました」
「異世界デビューか……なんか……緊張してきた」
「茜、大丈夫だよ。みんな、やれる事はやった。ここまで来たら……明日は勇者としての本気を見せつけようよ!!」
「沙希、なんかカッケーな!!」
「うん。沙希、本当の勇者みたい」
沙希、茜、京子が一緒になってはしゃぐ姿は、バロンプリンの販売を明日に控えた緊張感を和らげる。沙希、茜、京子はバロンプリンに期待し、上手く行く予感を感じて笑顔になった。特に、沙希はレッドバロンに召喚されてから、一番の明るい笑顔を見せている。
沙希の笑顔を見た正義は、何故か少し胸が苦しくなった。
──?
何故、胸が苦しくなるのか疑問に思っていると、勇人が小声で話しかけてきた。
「なあ、正義」
「?」
「敬とかっちゃん、上手くやってると思うか?」
「え!?」
勇人の真剣な声色に正義は急に現実に引き戻された。
「もし、こっちの世界の存在がバレたらって思うと……暗い考えばかりが思いつくんだ。せっかく、みんな張り切ってるのに……なんか……悪い」
勇人はチラリと盛り上がる沙希たちに視線を送った。
「……」
暗い考えが何か、正義は聞けなかった。
正義は勇人ほど自分たちの世界やこちらの世界に対して、思いを馳せることが無かった。レッドバロンに来てからとういもの、なんとなく時を過ごしている。正義は勇人にかける言葉が見つからない。
「正義、なんで難しい顔をしてるの??」
突然、視界に沙希の笑顔が飛び込んできた。
正義は顔を覗き込んで来る沙希と目が合うと、胸が高鳴り、苦しくなるのを感じた。正義は、慌てて取り繕う言葉を探す。
「……みんなの衣装見てたら、信号機みたいだなぁって」
「は!? なにそれ??」
きつい口調とは裏腹に、沙希の顔はほころんでいる。
赤、青、黄色。確かに沙希たちの衣装は信号機と同じ配色だった。
「ちょっと勇人もなんとか言ってよ!!」
「いや、うまいことを言うと思ったよ」
正義に合わせて勇人も笑った。
正義は沙希を見て胸が苦しくなる理由も、勇人の暗い考えも、何もわからないままだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!