坑道への入り口は広場のすぐ先にあった。アーチ状の入口には『第1行路』と標識が掲げられ、地下鉄の出入り口を連想させる。
長い階段を降りると、駅のホームに似た空間が広がっていた。線路が遠く暗闇の彼方まで続いている。そして、線路には5台の手漕ぎトロッコが用意されていた。トロッコに座席は無く、立ち乗りで10人ほどが一度に乗り込める。
第1車両と第2車両には重装備の兵士たちが乗り込み、正義や勇人、グレイ、といったレッドバロン一行はサリューと共に第3車両へと乗り込んだ。第4車両にはメヴェ・サルデの技術者たちが乗り込み、第5車両には再び兵士たちが乗り込む。
屈強な二人の兵士がハンドルを上下に漕ぐと、トロッコは緩やかに発進した。そして、自転車ほどのスピードになると一定の速度を保って進んでゆく。
「今は魔導石の集積場へと向かっています。そこからは昇降機で下へ降ります」
正義の右隣に立つサリューが目的地を説明した。
「メヴェ・サルデには地下10層に渡って巨大な集積場が設けられています。しかし、その第6層まで浸水が進んでしまいました……。今は限られた坑道で細々と採掘しています」
「原因はわかってないんですか?」
「はい。ビフレスト山脈の万年雪が溶けたのか、魔物の仕業か……未だ解明されておりません。メヴェ・サルデの長い歴史の中でも、こんなことは初めてです……」
「そうなんですか……」
正義はサリューの深刻な横顔を見ると言葉に詰まった。
鉱山の町として長い歴史を持つメヴェ・サルデ。そのメヴェ・サルデが解決できない浸水の問題を、自分たちが都合良く解決できるのだろうか? 今さらながらそんな疑問が去来する。
正義が沈黙すると、左隣で手すりにつかまっていた勇人がサリューを見た。
「サリューさん。今まではどんな排水方法を使っていたんですか?」
「今までですか? 今までは鶴瓶と滑車を使って水を汲み上げ、排水を行っておりました……しかし、とても間に合いません」
メヴェ・サルデが行っていた排水方法は滑車を回して井戸のように水を汲み上げて行うもので、人や馬の力に頼っていた。それでは大規模な浸水に対処するのは難しい。
──もし、蒸気圧を用いた揚水機関ができれば……。
勇人は可能性を感じて前を向いた。
トロッコに設置されたカンテラが揺れながら行く手を照らしている。
やがて……。
勇人の視線の先に、ぼんやりと小さな光が見えてきた。
勇者一行は最初の集積場へ到着しようとしていた。
× × ×
ギ、ギ、ギー。
漕ぎ手がブレーキをかけると、金属のこすれ合う嫌な音がしてトロッコは停車した。
降車した正義が見上げると、そこはメヴェ・サルデの街がある場所と同じドーム型の空間になっていた。そして、中央には巨大な昇降機が設けられている。
昇降機には第1層から第10層までを表示した案内が取り付けてある。どうやら、正義たちが今居る場所が第1層ということになるらしい。
トロッコから兵士や技術者たち全員が降りると、サリューが昇降機の前に立った。
「みなさん、浸水は第6層まで進んでいます。危険が無いようにこの昇降機で第5層まで行き、そこからは徒歩で第6層へ向かいます」
サリューが説明すると、兵士たちが昇降機の出入り口に付けられた人止めの鎖を外した。昇降機は巨大で屋根が無く、50名ほどの一行が全員乗り込める。
ガッゴン!!
サリューが兵士にレバーを引かせると、大きな物音がして昇降機は動き出した。
昇降機が降下してゆくと、正義は顔を上げて上空を見た。遥か上空には、外光なのだろう、幾筋かの光の線が見える。光は頼りないが、それでも真っすぐに伸びていた。
──外は晴れているのかな? ガンバルフさんは今頃……。
地中深くへと潜りながら、正義は遠く感じる外界と白髭の大賢者を思った。
× × ×
昇降機が下降を続けると、通り過ぎてゆく壁にぼんやりとした輝きが現れるようになった。おかげで、カンテラの心許ない灯りよりも大分辺りが照らされる。
「この光は魔導石のものです」
サリューが光源の一つを指さして言った。
「魔導石は太陽の光に影響を受けます。ですから、日中はこうやって光り輝くのです。もっとも、地中深くへ進めば、その光は弱まりますが……。まださほど深くはないので、魔導石の反応が見られるのです」
「すごいですね……星空みたいだ」
「勇者さまはロマンチストですね。確かに、魔導石は別名、『地中の恒星』と呼ばれています。もっと深くなると、まるで星空のように輝いて見えますよ」
サリューは微笑みながら教えてくれた。
やがて……。
ガクンと大きく縦揺れして昇降機は止まった。
第5層は第1層と比べると、だいぶ規模が小さくなっている。そして、幾つもの坑口が昇降機のそばに作られていた。
「第5層に到着しました。ここからは坑道を通って第6層へと向かいます」
そう言って昇降機から降りたサリューは、小脇に抱えた兜を被った。
「ゲオルグ」
「ハッ!! ここに!!」
サリューが呼びかけると、巨体の兵士がすぐに跪いた。
「先導を頼む。目指すのは第6層だ」
「畏まりました!!」
ゲオルグは大斧を構えると、他の兵士を引き連れて坑口の一つに進んだ。
「勇者さま、我々も参りましょう」
カンテラを持つサリューに促されて正義たちは坑道へと歩き始めた。
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