勇者たちの産業革命

田舎の高校生、異世界で町おこし!!
綾野トモヒト
綾野トモヒト

第77話 勇者、謎を抱え込む

公開日時: 2021年6月14日(月) 12:00
文字数:2,023

若槻わかつき優香ゆか先輩は確かに篠高しのこうの生徒だよ。でも、先輩がこっちの世界に来ている訳がない……来れるはずが無いんだ」


 勇人はそう言ってみんなの顔を交互に見る。


 勇人と視線が合った正義が口を開いた。


「勇人、どういうことだよ?」

「いや、つまり……若槻先輩は……交通事故に遭って、昏睡状態のまま目を覚ましていないんだ。今も、札幌の総合病院に入院しているはずだよ」

「「「えっ!!??」」」


 衝撃の事実に、正義、沙希、佳織は目を丸くして勇人を見る。


 勇者たちが驚く姿に、ビンスまでもが「どうされたのですか!? 優香さまの身に何か起きたのですか!?」と不安気な顔つきになる。


「勇人……知っていることを教えて」


 沙希に促されると、勇人はポツリポツリと若槻優香について語り始めた。


 勇人の話によれば……。


 一年と三か月ほど前。みんなが篠津高校への入学を控えた春休み。


 野球部への入部を決めていた勇人は、篠津高校まで野球部の練習を見学に行った。その時、学校に不慣れな勇人を案内してくれたのが、当時一年生だった若槻優香だったという。


「明るくて、綺麗な先輩だった。剣道部なのに野球部の説明までしてくれた……でも……」


 勇人は眉を寄せると、沈痛な面持ちで話を続けた。


「……それからすぐに事故に遭ったんだ……」


 若槻優香は勇人と会って間もなく、二年生になる直前の春休みに剣道部の合宿先で交通事故に遭った。そして、そのまま昏睡状態となり、篠津町と遠く離れた札幌市内の総合病院に入院している。


 勇人が野球部の先輩から聞いた話しもまじえて説明すると、みんなは沈黙した。それぞれが悲しげな顔つきになり、項垂うなだれている。


 少し経つと、沙希が顔を上げた。


「……そっか……だから、わたしも正義も若槻さんを知らなかったんだ……」


 沙希が呟きながら正義を見ると、正義も悲痛な表情で頷いている。


 沙希は自分が『若槻優香』の名前に違和感を感じた理由に思い当たった。


 篠津町という小さな町で、交通事故に遭った先輩の話をどこかで聞いたのだろう。その時は印象深かったはずなのに、いつの間にか忘れていたのだ。


 当時は篠津高校に在学していなかったとはいえ、沙希は若槻優香の名前を思い出せなかった自分を悔しく思った。そして、深刻に考えを巡らせていたのは正義も同じだった。


「ちょっと待ってくれよ……? 俺たちの世界にも若槻さんが居て……こっちの世界にも若槻さんが居る? ……どうなってるんだ?」


 正義は困惑した顔でみんなを見渡した。


「それは……」


 沙希も困り顔になって返答に窮した。すると、隣の佳織がおずおずと手を上げて発言する。


「あのね……ハイファンタジーのお話だと……交通事故に遭って死んじゃった人が異世界に召喚されることが多いんだよね。その場合、肉体は現世に残されたまま、たましいや精神だけが異世界に召喚されることもあって……あ、時には外見が全くの別人になったりして……」


 佳織が説明すると、正義、沙希、勇人、そしてビンスまでもがポカン顔になった。


 みんなの表情を見た佳織は困った顔つきになり、オロオロする。


「言ってる意味、わかんないよね、クレイジーだよね……ごめんね」


 佳織は一人で結論づけてショボンとしてしまった。


「そんなことないよ。かっちゃん、ありがとう」


 沙希は佳織に微笑むと、あらためて正義と勇人を見る。


「もし、かっちゃんが説明してくれた通りで……若槻さんの魂とか、精神だけがこっちの世界に召喚されたのなら……こっちの若槻さんが、あのロッカーを越えたらどうなるのかな? 昏睡状態から目覚めたりしないかな?」

「そう都合良くいくか……そのまま死んじゃうってことだって有り得るぞ」


 勇人が答えると、沙希は「そうだよね」と言って肩を落とした。


 気落ちする沙希を見た正義が励ますように口を開く。


「とにかく、若槻さんがどんな状態にあるのか調べてみようよ。ガンバルフさんに聞けば……あ……」


 正義は言いかけて言葉を呑んだ。


 ガンバルフはメヴェ・サルデに到着した翌日に『ラ・サ』へと向かってしまい、それきりだ。


「「「……」」」


 みんなは無責任なガンバルフを想い、ため息を吐く。


 誰も彼もが思案に暮れて空気が沈みかけた時、外が再び騒がしくなった。かと思えば、ドタバタと足音をさせて『勇者の宿』の老婆が部屋に駆け込んで来た。


「またまた勇者さまがお戻りですよ!! 今日は忙しいったらありゃしない!!」


 老婆が叫ぶように言うと、正義たちは一様に驚いて顔を見合わせる。


「きっと、茜と京子だよ!!」


 沙希が重たい空気を振り払うように明るく言った。


「茜ちゃんと京子ちゃんも無事に帰って来たんだね!!」


 佳織が答えたのを合図にしてみんなが外へ出ようとした時だった。


「お待ちくだされ!!」


 老婆が部屋を出ようとする沙希の袖を引いた。


 沙希は「?」と顔に疑問を浮かべて老婆を見る。


「それが……勇者さまは軍隊を連れてお帰りです……」

「「「「ぐ、軍隊!?」」」」


 正義たちだけではなく、ビンスまでもが一緒になって驚愕の声を上げた。


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