ひと悶着が落ち着くと、テレサは滞在先の宿屋を『勇者の宿』と決めた。
ガルタイ族の姫君御一行が宿泊すると決まると、ビンスは態度をコロッと変えて大喜びした。さっそく、『勇者の宿』の主である老婆が、ガルタイ族の団体客を部屋へと案内する。
テレサを見送った正義たちは『勇者の宿』の大会議室へと向かった。
再び正義、勇人、沙希、茜、京子、佳織、そして敬が大会議室に勢揃いする。
みんなは改めて再会を喜び合い、取り残された敬のために仕方なくグータッチをした。そして、『蒸気機関』や『郵便システム』の首尾について報告し合った。
正義と勇人がグレイ、ジョルジュ、ドグといったレッドバロンの技術者たちがメヴェ・サルデに残ったことを告げると、茜が「ふーん」と言って腕を組んだ。
「グレイのやつ、なかなか根性が有るじゃねーか……なあ、京子?」
「うん。紋章師って、やっぱり凄いんだね……」
ボクッ娘グレイは茜と京子にとって、勇人を巡る恋敵でもある。けれども、二人はグレイの不在を喜ぶどころか、むしろ感心していた。そして、それはビンスも同じだった。
「グレイさん、ジョルジュさん、ドグ爺……レッドバロンの技術者たちはみんな職人魂の塊で、優秀なのです!!」
ビンスは例によって自分のことのように得意気だ。
しかし……。
正義の口から『レッドバロン辺境同盟』の話と、地方行政の監察官であるペリゴールの名前を聞くと、見る間にその顔が曇った。
「ち、地方行政監察官……ペリゴール……」
「ビンスさん、ペリゴールのヤツを知っているんですか?」
勇人が尋ねると、ビンスは困り顔で頷いた。
「ええ……。悪名高い監察官として有名です。レッドバロンは女王さま縁の地ということで被害を受けておりませんが……」
ビンスは辺りをキョロキョロと見回して声をひそめた。
「……ペリゴールは困窮する地方にやって来ては、『便宜を図る』と言って賄賂を要求し、果てはその土地の美女まで献上させるそうです……」
「……クソ野郎ですね」
「シー!! 勇人勇者さま、どこで誰が聞いているかわかりません!!」
ビンスは慌てて口に人差し指を当てた。しかし、大会議室には正義たちの他には誰も居ない。それでも周囲を気にしてしまうほど、ペリゴールの影響力が大きいのだろう。
「ところで……ビンスさん、レッドバロンも『バルザック辺境同盟』に入るんですよね?」
勇人はビンスを真っすぐに見つめた。その真剣な眼差しと声色に、ビンスは戸惑う顔つきになった。気づけば、正義もビンスに鋭い視線を向けている。
「そ、それは……」
ビンスは『バルザック辺境同盟』に参加することで、ペリゴール……引いては王府の人間に睨まれることを心配した。きっと、サリューもそれを心配したからこそ、正義や勇人にレッドバロンの『バルザック辺境同盟』への加入を頼まなかったのだろう。
「そ、その……」
言葉に詰まったビンスは、助けを求めるように沙希を見た。すると、思案顔をしていた沙希が口を開く。
「正義や勇人の話を聞く限り、レッドバロンも『バルザック辺境同盟』に参加するべきだと思います。もうすでにグレイやジョルジュさんたち技術者を派遣してますし……『バルザック辺境同盟』の盟主になったサリューさんは『勇者に忠誠を誓う』って公言してるんです……無関係じゃいられません……それに、こうなったらレッドバロンの立場を明確にしておくべきです」
篠津高校の鉄血宰相は、意を決した表情で決断した。
「沙希勇者さま……」
王府を恐れない沙希を見て、ビンスはかつての勇者である若槻優香を思い出した。そして、奮い立った。
「そ、そうですか……いや、そうですよね!! 畏まりました、沙希勇者さま。さっそくメヴェ・サルデへと使者を飛ばし、『バルザック辺境同盟』への加入を申し伝えます。きっと、サリュー・ドラモンド伯爵も喜びますよ!!」
「ビンスさん、よろしくお願いします」
沙希がペコリと頭を下げると、正義や勇人も「よろしくお願いします」と声をそろえて頭を下げた。
「じゃあ、次はウチらだな……外務大臣さまから報告してやるよ!!」
今度は茜が進み出た。
茜は京子がテレサと『熱波苦悶開脚走』で戦った経緯を掻い摘んで話した。
結果として『郵便システム』の構築にガルタイ族と商人ギルドの協力を得られたが、みんなは茜のムチャを知って絶句した。
「茜……あんまりムチャをしないでよ……」
「そ、そうだよ。京子ちゃん、怪我しちゃったんでしょ……」
沙希が半ば呆れ気味に言うと、その隣で佳織も頷いている。
「沙希、かっちゃん……京子には悪いと思ってるよ……もう、こんなマネはしない」
「頼むぞ、暇ゴリラ」
珍しくしおらしい茜を見て、京子が悪態を吐く。茜は「チッ」と舌打ちをして「報告は以上だよ」と締めくくった。
正義たちの報告が終わると、敬が両手を上げてみんなを称賛した。
「みんな、大活躍じゃないか!! どんどんと規模が大きくなってきたね!! 僕も負けていられない……伝説になるような偉業を成し遂げてみせるよ!!」
テレサの鉄拳を喰らって伸びていた敬は、自分もみんなに続こうとして張り切った。その姿に、みんなは「お前が張り切ると、何か事件が起きるんだよな……」と思い、ため息を吐いた。佳織も眉根を寄せて苦笑いを浮かべている。
沙希がビンスへ語りかけた。
「じゃあ……『蒸気機関』も、『郵便システム』もメドがついたってことで、わたしたちは一度、帰ります。ビンスさん、後のことはよろしく頼みますね。わたしたちが次に来れるのは……早くて三日後……こちらの世界で二ヶ月以上、先になります……」
「……はい、畏まりました。勇者さまやガンバルフさまが居ないのはやはり不安ですが、このビンス、勇者さまの再来までレッドバロンを切り盛りしてみせますぞ!!」
ビンスは頼もしげに胸をドンと叩いた。
「「「ビンスさん、お願いします!!」」」
沙希や正義たちは口々に言って頭を下げる。
「それじゃあ……みんな、帰ろっか!!」
沙希が号令をかけた。
正義と勇人は『勇者ホール』に戻ろうとした敬を捕まえ、茜と京子はテレサに別れを告げ、沙希と佳織はビンスにお礼を言って……みんなは『勇者の宿』を後にした。
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