ここで話は時を遡り、場面は正義と勇人が茜や京子とグータッチで別れた所まで戻る。
今度は高橋茜と伊藤京子の冒険譚だ。
× × ×
疾駆する馬車は再び草原を抜け、ザハに迫っていた。
視界に砂漠が迫ってくると、茜は馬車の窓から身を乗り出した。アシンメトリーにした髪型が風で乱れるのを押さえながら茜は声を張り上げる。
「おい、京子!! 砂漠が見えて来たぜ!! やっぱ最高の眺めじゃねーか!!」
「うっさいな。わかってるよ……」
座席で物思いに沈む京子は迷惑そうに顔を顰めた。しかし、茜はそんな京子にお構いなしで捲し立てる。
「なあ、京子。ザハに着いたら観光しよーぜ!! 砂船に乗ってみたいし、ロビーキングの丘で屋台の食べ歩きもいいな……あ、『ザハ・デ・ビーチ』のプールで泳ぐのもいいよな!!」
はしゃぐ茜はどこで手に入れたのか、ザハのパンフレットを取り出している。
京子は溜め息を吐いて茜を見た。
「よく浮かれていられるな。遊びに行くわけじゃないぞ」
「敬からもらった路銀だっていっぱい有るんだ。少しくらい遊んだっていいだろ?」
「路銀の問題じゃない。茜、目的を忘れるな」
「……んなこと、わかってるよ」
茜は急に声のトーンを変えた。
茜の気の強そうな眼差しが、優しげに変わる。
「一人で思い詰めてんじゃねーよ。真面目な京子が真剣に考えたんだろ? きっと上手く行くよ」
爽やかに言ってのける茜に、京子は思い切り照れてしまった。茜は京子を励ます為にわざと明るく振舞っていたのだ。
茜はその性格通り、思ったことを素直に口にする。その性格を知ってはいても、京子は戸惑ってしまうのだ。
「だから、うっさいって暇ゴリラ……」
「そうでーす♪ ウチはヒマなゴリラさんでーす♪」
茜はおどけながら言うと、再びパンフレットに視線を落とした。
茜の気遣いに触れた京子の顔に微かな笑みが浮かぶ。
ゴジラ対キングギドラの戦いは勃発しなかった。
× × ×
茜と京子が商人ギルド会館のバッバーニを訪ねると、バッバーニは「え!? 何しに来たの!?」と片眼鏡をクイっと直した。その顔は思い切り嫌そうな顔だった。
「取りあえず、お話をお聞きしましょう。どうぞおかけ下さい」
茜と京子の後ろに親衛隊である『チーム茜』は居ない。彼らは今、商人ギルド会館の前で待機している。しかし、バッバーニは茜と京子に丁重に接した。バッバーニはバロンプリンの一件以来、茜たち勇者一行に一目置いていたのだ。
席に座ると、京子は『郵便システム』について話し始めた。
京子の語る『郵便システム』とは手紙を集めるポストや窓口を設け、手紙を集積して配達する、自分たちの社会で行われている従来のやり方だった。
ただ、少し異なるのは、武器屋や道具屋といった商人たちにも手紙を扱ってもらう点だった。
こちらの世界に郵便局やコンビニは無い。そこで、京子は商人たちにも協力を仰ぐことで、手紙の集積と配達網を確立しようと考えたのだ。
「きっと、武器屋や道具屋でも手紙が出せるなら、お店の集客にも寄与しますし、みなさんへの周知も滞りなく進むと思うんです」
京子は語り終えると、対峙するバッバーニを見た。
「ふむ……勇者さまは色んなことを思いつきますな……」
手紙を専門に扱うという話はバッバーニの興味を惹いたようだ。バッバーニは再び方眼鏡をクイッと直して身を乗り出した。
「確かに……手紙を扱うのは素晴らしいお考えです……。我々の世界では、行商人が手紙を預かり、商売の片手間で手紙を届けます。もちろん、お代を頂いてですが。好きな時に手紙を出せる手紙専門の商売が始まりましたら、きっと繁盛なさいますぞ……」
「だろ? じゃあ、決まりでいいじゃねーか」
茜がテーブルに運ばれたイーナイを飲み干して言った。
バッバーニはそんな茜を一瞥すると、薄くなった眉を寄せた。
「それが……。ザハ一帯の流通はガルタイ族という砂漠の民が取り仕切っています。手紙と言えども、一手に扱えば一大事業となります。……ガルタイ族が何と言うか……」
バッバーニの説明によれば……。
ガルタイ族は巨大な砂船を有し、物の流通から隊商の護衛までを行っており、その勢力は『魔王の鍋』と呼ばれるバクラマカン砂漠一帯を支配しているという。
「ガルタイ族は保守的かつ戦闘的な部族で、自分たちの領域を侵されることを嫌います。例え、勇者さまと言えども、勝手に手紙の配達を始めれば、黙っておりますまい」
「なんだよ……やっぱり問題ごとがあるじゃねーか」
「そうは申されましても、我々には我々のやり方がございます。どうです? ガルタイ族の長に会ってみますか?」
「会えんのか!? だったら会わせてくれよ!! その方が話が早い!!」
茜が答えると、バッバーニの口の端が微かに笑った。
「……そうですか。勇者さまがそう仰るなら、ガルタイ族の部族長の所まで案内いたしましょう。ちょうど先日、『砂漠の幽霊船』と呼ばれるかれらの砂船がザハの港に入港したところです」
そう言ってバッバーニは立ち上がった。
「さ、『砂漠の幽霊船』……?」
砂船の不気味な異名に驚いて京子が尋ねた。
「ええ。ガルタイ族の部族長が乗る船はそう呼ばれています。神出鬼没で、めったにお目にかかれません。さすが、勇者さまには天祐がある」
バッバーニは意味深に言うと、執務室を後にした。
「……茜、大丈夫なのか?」
「ま、なんとかなるだろ。ウチは外務大臣だからな。任せてくれたまへ」
敬の真似をしてふざける茜を見て、京子の顔は一瞬だけ曇った。
──バッバーニさん、何も企んでないといいけど……。
一抹の不安を抱えながら、京子は茜と共に執務室を出た。
しかし……。
例によって、篠津高校のアサシンシェフ、伊藤京子の悪い予感はズバッと的中する。
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