勇者たちの産業革命

田舎の高校生、異世界で町おこし!!
綾野トモヒト
綾野トモヒト

プロローグ

勇者たちの異世界転移

公開日時: 2021年4月2日(金) 22:00
更新日時: 2021年8月17日(火) 10:20
文字数:8,148

 北海道……広大な石狩平野の最果てに位置する篠津しのつちょう


 レタスと白菜の産地で名を馳せる篠津町は、最寄りの都市までバスで二時間という典型的な田舎だ。その交通の不便さから『陸の孤島 篠津町』と言われている。


 前田まえだ正義まさよしは炎天下の中、自転車を激走させて篠津しのつ高校こうこうへと向かっていた。


──俺のスーパーサイクロン号!! もっとスピードを出すんだ!! 風になれ!! ……あ、曲がらなきゃ……。


 コンクリートでできた校舎が見えてくると、正義は急にハンドルを切り、アスファルトの農道をれて原っぱを突き進んだ。


 篠津高校への最短距離をとり、自転車を思いきり加速させてひた走る。土埃つちぼこりを巻き上げながらグラウンドを突っ切ると、体育館の入り口付近に勢い良く自転車を乗り捨てた。


──タクシーが走ってれば遅刻しなかった……。

──いや、俺に計画性が無いからこうなる……。

──みんな、怒ってるだろうな……。


 正義は開け放たれた扉から体育館へと転がり込んだ。


「ゴ、ゴメン!! 遅れた!!」


 肩で息をしながら見渡すと、体育館では数人の生徒が祭りの行灯あんどんや看板を作っている。行灯やのぼり、看板や垂れ幕には『篠津町農業祭り』と書かれていた。


「「「遅いぞ、正義」」」


 生徒たちは作業の手を止め、たしなめる表情で正義を見る。


 生徒会長を務める正義は前日の終業式で、「明日から夏休みですが、『篠津町農業祭り』を手伝う生徒は遅刻しないように気をつけてください!!」と、呼びかけていた。言ってる本人が遅刻したのだから言い訳のしようがない。遅刻の理由が寝坊ならなおさらだ。


「生徒会長さん……20分遅刻なので、お昼の買い出し決定ね!!」


 明るく声をかけてきたのは西園寺さいおんじ沙希さきだった。沙希は篠津町にある唯一の総合商店、『西園寺ストア』の一人娘で生徒会書記と会計を務めている。


 生徒会長を押し付けられた正義とは違い、沙希は生徒や先生方から頼み込まれて書記と会計を兼任していた。


 しかも……。


 学校祭から体育祭まで、イベントを完璧に切り盛りする沙希は生徒や先生方の信頼も厚く、正義を差し置いて『篠津高校の鉄血宰相』と呼ばれている。もっとも、本人はそう呼ばれることを嫌っているが……。


 沙希はセミロングの黒髪を手で耳にかけると、正義に笑顔を向けた。


「お母さんにお弁当、取りに行くって言ってあるから」 

「え!? 持ってきてくれないの??」

「何言ってるの。ただでさえ安くお弁当用意してるんだから、感謝してよね」

「わ、わかったよ。また戻んのか……マジか……」


 正義は『西園寺ストア』までの道のりを思い浮かべ、落胆した。


「正義、俺も一緒に行ってやるから……あきらめろ」


 正義の肩を叩いて同情するのは須藤すどう勇人ゆうとだ。勇人は野球部で、義理堅い性格と凛々しい男前であることから、篠津高校のみんなに慕われている。


 野球部が夏の甲子園を目指す南北海道大会の予選で敗れてから、勇人は何かと生徒会を手伝ってくれていた。


 勇人だけではない。高橋たかはしあかねも笑いながら声をかけてくる。


「アハハ、初日から生徒会長が遅刻してたら世話ねーな!!」


 茜は長髪をアシンメトリーにした髪型と気の強そうな目つきがあいまって、外見はちょっとしたアウトサイダーだ。そして、外見通りに硬派で喧嘩っ早く、姉御肌な性格をしている。


 茜は小学校時代、兄から貰ったニューヨークヤンキースの帽子をいつも被っており、「ヤンキーさん」というあだ名で呼ばれていた。そのせいかどうかは解らないが、篠津高校に通う今では校内でただ一人の「ヤンキー」と呼ばれる存在になっている。


 茜は体育のソフトボールや現国のディベートといった勝負事には熱心に顔を出すが、気づくと学校から居なくなっている。


 ただ……。


 篠津町に学校をサボって遊べる場所は皆無と言って良い。せいぜい『篠津町健康ランド』に旧世代のゲーム機が置いてあるくらいだ。それに、田舎特有のネットワークで、「あら、高橋さんとこの茜ちゃん」とすぐ誰かしらに見つかってしまうのだ……。


 自由人の茜が地味な作業に顔を出すのは珍しい。正義は少し驚きながら茜に話しかけた。


「茜が来てるとは思わなかった……」

「ウチは真面目なんだよ」


 得意気に答える茜を見て、勇人が口を挟んでくる。


「どうせ、出席日数がやばくて先生にイロイロ言われたんだろ?」

「う、うっせーよ勇人……」


 図星だったのか茜は黙ってしまった。


×  ×  ×


「ホラ、みんな作業に戻って!! かっちゃんだけに作業をやらせない!!」


 沙希がみんなを急かすように言った。


「「「え!? かっちゃんも居るの!?」」」


 正義、茜、勇人が辺りを見回みまわすと、体育館のすみに一人で黙々と看板を描いている黒田くろだ佳織かおりが居た。


 佳織は栗色の髪にデジタルパーマが良く似合う、小柄で可愛らしい女の子だ。その女の子が、必死になって看板に『レタス侍』を描いている。


「また『レタス侍』かよ……かっちゃんも大変だな……」


 佳織の肩越しに看板を見た正義がため息をつく。看板にはレタスの外見に劇画を思わせる太い眉、燃える瞳のクリーチャーが描かれており、吹き出しには「獲ったるでー!!」と書かれている。


「レタスがレタス収穫してどうする……」


 呆れ気味にツッコミを入れる正義の横から茜が進み出た。


「かっちゃん、ウチも手伝う!!」


 茜は佳織の隣にしゃがみこみ、三ツ割になった筆洗の中から筆を取る。


「茜ちゃん、ありがとう!! じゃあ、背景お願いします!!」


 顔を上げた佳織は嬉しそうに微笑んで『レタス侍』の瞳を描きはじめた。


「正義、俺たちも作業しようぜ。行灯の補強頼む」


 勇人が工具を渡しながら体育館の中央に置かれた巨大な行灯を指さした。


 しかし……。


 行灯を見た正義は口をポカーンと開けて絶句した。


 農業祭りではメインのもよおし物として行灯行列が行われる。町をり歩く行灯行列といえば、神話や逸話を元にした勇壮な行灯が一般的だ。ところが……篠津町の行灯行列は数年程前から『町興し』の名のもとに『レタス侍』のゴリ押しが目立つようになった。


 今年の行灯はスサノオノミコトがヤマタノオロチを退治する場面がテーマとなっているらしい。スサノオノミコトの顔も、ヤマタノオロチの八つの顔も、全てが『レタス侍』になった巨大な行灯が正義を見下ろしていた。


「な、何だよ、コレ……」


 観光客がブログで『篠津町農業祭り』を『キワモノ祭り』と紹介していたのもうなずける。『レタス侍』は篠津町の大人たちがその場の思いつきと勢いだけで作った負の遺産だ。


「……ぶち壊したいよ」


 もはや疫病神にしか見えない『レタス侍』を見上げながら正義は呟いた。


「生徒会長がスパナを持ってそんなこと言ってたら、笑えねーよ」


 行灯の下から勇人の声が聞こえてくる。


 正義は仕方なく作業に取りかかった。


×  ×  ×


 作業を始めてしばらく経つと、体育館の校舎側の扉が開いて伊藤いとう京子きょうこが入ってきた。京子はすらりと伸びた手足にシャープな顔立ちで、容姿端麗という言葉がぴたりと当てはまる美人だった。


「み、みんな、ゴメン。朝の記録会とミーティング、なかなか終わらなくて……」


 よほど急いで来たのだろう。京子は正義が来た時と同じく、息を切らせている。それに、ショートヘアの前髪が汗でおでこにくっついていた。


「あれ? 記録会ってグランド使ってた?」


 正義は自分が来た時を思い出して聞いた。


「いや、『運動公園』であったんだ……」


 京子の言う『運動公園』とは、篠津町が身のたけを考えずに建てた宿泊施設、『篠津町健康ランド』に併設された総合競技場のことである。


 総合競技場はいつもならパークゴルフを愛するお爺さん、お婆さんの憩いの場でしかない。しかし、夏休みの時期になると、道内、道外の大学や実業団が陸上競技の合宿場所として利用する。陸上部で駅伝をしている京子は朝から大学との合同練習に参加していた。


 篠津町内を運行するバスはない。京子は『運動公園』から篠津高校まで、10キロ近い距離を走って来たと言う。


「京子、忙しいのにゴメンね……」


 沙希はクーラーボックスからジュースを取り出して渡した。当然だが、正義が来た時とは対応の仕方が180度違う。


「サンキュー、沙希」


 笑顔でジュースを受け取る京子の息はもう整い始めていた。


「京子、さぼってんじゃねーよ!!」

 

 突然、正義の後ろから茜の悪態が聞こえてくる。振り返ると、腕組みをした茜が京子を睨みつけていた。


 京子はそんな茜を一瞥いちべつして、プイッと顔をそむけた。


「わたしは茜みたいに暇ゴリラじゃないからさ」

「暇だと!? ……え!? ゴリラ?? ……今、ゴリラって言ったかテメー!!」


 まさに売り言葉に買い言葉。正義を挟んで火花が飛び散った。


 茜と京子の仲の悪さは、篠津高校では有名だ。


 沙希に言わせれば「ケンカするほど仲が良い」の典型例らしいが、正義にはそうは思えない。以前、正義は二人のケンカに仲裁で割って入り、顔面とみぞおちに見えない角度から素晴らしいパンチをもらって悶絶した。あれは本気の殺人ナックルだった……。


 今ではもう、茜と京子のケンカは先生方の命名した『ゴジラ対キングギドラ』として認識され、篠津高校の名物となっている。


「喧嘩はやめろよ……」


 さっきまで行灯の下で作業していた勇人が、茜と京子の間に入った。


「茜、京子が部活で遅れたことくらい、わかってるだろ? それに、京子もさ……茜は『篠津町農業祭り』が大好きだから、作業が遅れるのを心配してキツイ言い方になっただけなんだよ」


 小さな子供に言って聞かせるような、優しい口調だった。


「あ、ああ」

「うん……」


 勇人に見つめられて茜と京子は目を伏せた。二人の頬が少しだけ赤くなっている。


 二人をなだめた勇人は、「みんなでやれば早いからさ」と工具を渡しながら笑顔で締めくくった。


 茜と京子は勇人の前だとやけにしおらしくなってしまう。


 そもそも、茜と京子の関係は勇人に起因する。茜と京子は一方的な好意を勇人に向ける過程で衝突したのだ。


 最初はお互いの対抗心だったのが、段々とベクトルがずれていき、今年のバレンタインデーでついに武力衝突へと発展した。バレンタインデーは本当に血のバレンタインデーとなった。結局……茜と京子は本来の目的である勇人への告白を果たせていない。


 勇人を巡る三角関係と言えば解りやすいのかもしれないが、篠津高校には他にも勇人に想いを寄せる女生徒が多い。そして、当の本人である勇人には今のところ特別な感情を抱く女性は居ない。正確には勇人を中心点とした正多角形だった。


「なんかさ……誰にでも優しい勇人ってある意味、残酷だよね……」


 勇人たちを見ていた沙希が小声で正義に話しかけてくる。


「え?」

「女の子は好きな人に優しくされると、期待しちゃうからさ~」


 そう言って沙希は正義にもジュースを渡した。ガラナだった。


「……今までの関係が壊れてしまうかもって考えると、臆病にもなるよ」


 言われてみると、正義は沙希の言葉がなんとなくわかる気がした。


 高校生にもなれば普通に恋愛だってするだろうし、そのせいでみんなとの関係性が壊れることだってある。茜と京子はそれが怖いのだ。篠津町という小さな世界で、幼い頃からみんな一緒に育ったのだから、なおさら。


 もしかすると、茜と京子はケンカという形で、行き場の無いお互いの感情を発散しているのかもしれない。正義は無頓着な自分と違って、みんなの心に気を配る沙希が大人びて見えた。


「あと来てないのは誰?」


 正義は話題を変えるようにして尋ねた。


「あとはたかしだけだよ。今日はまだ見てないけど」

「あー敬か。でも、アイツなら居ない方が……」


 正義と沙希が『敬』という名前を口にした瞬間。


 バチンという音と共に体育館の舞台の照明が点いた。


×  ×  ×  


 みんなが一斉に舞台を見ると、今度はキーンという耳を塞ぎたくなるハウリングが体育館に響き渡る。


「やっと僕の話題が出たね!!」


 大音量の声と共に、右手にマイク、左手に角材を持った白鳥しらとりたかしが登場した。


「君たち、お待たせ!!」


 得意気な顔で登場した敬は、みんなを見回して「ハァ~」とため息を吐いた。


「せっかく朝早くからコッソリ学校に忍び込んで、ずっと名前が呼ばれるのを待っていたのに……君たちときたら、遅刻はするわ、ケンカは始めるわ……ちょっとは人の迷惑も考えてもらいたいな」


 コッソリ忍び込んだら泥棒だ。お前が人の迷惑を考えろ。と、全員が思った。


「おい、敬。勝手に照明とかマイク使ったら、怒られるぞ!!」

「生徒会長殿、僕の心配なら無用です。何故なら……僕はスターだから!!!!」


 敬は長髪をかきあげてキメポーズを取った。すると、またハウリングが起きる。


「とりあえずマイク使うのやめてくれよ。声なら十分、聞こえるからさ」


 正義は首をすくめながら、舞台袖を指さした。


「そう?? それじゃあ、マイク切って来る」


 そそくさと敬は舞台袖へと向かった。


 敬は黙って立っていれば眉目秀麗で、背の高い美男子だ。しかし、その発想や言動が、常に予想の斜め上を行く存在だった。


 例えば……。


 去年の秋口。札幌で行われたアニメのコスプレイベントに、敬は篠津町からアニメのキャラクターである『魔法使い』の格好をして自転車で向かった。


 敬本人にしてみれば、「リアルな冒険をした方が、その『魔法使い』のキャラクターにより近づける!!」と思ったらしいが、残された家族にしてみれば、たまったものではない。


 敬の両親はスマホを自宅に置き、魔法使いの格好をして出かけたまま帰らない息子を、「山にでも籠ったのではないか!?」と本気で心配して警察に捜索願を出した。


 北海道の山間部は秋口だと極端に冷え込むことがあり、またヒグマというモンスターも出る。下手をすれば命に関わる事態なだけに、篠津町では地元消防団や青年部も出動して山狩やまがりまで行われた。正義や勇人も山狩りに参加し、沙希、茜、京子、佳織はしをする婦人会を手伝った。


 もちろん、みんなを心配させた敬には天罰が下る。普段は北海道にあまり上陸しない季節外れの台風が敬の道中を襲ったのだ。記録的な暴風雨になったこの台風は、天気予報など全く見ないで出発した魔法使いの心をポッキリと折った。


 翌日……。


 台風が過ぎ去り、爽やかに晴れ渡った青空の下で、コスプレイベントが華やかに開催された頃……札幌を目前とした江別という町の国道沿いでは、ずぶ濡れの魔法使いが座り込んでいた。


 やがて、この哀れな魔法使いは篠津町方面へと向かう心優しいトラックの運転手さんに拾われて、無事に篠津町へ帰還した。


 大人たちにこっぴどく叱られた敬は反省するどころか、コスプレイベントに参加できなかったことを悔やんでいたと言う。篠津高校の残念、ここに極まれり。


 案の定……。


 舞台へと戻った敬は角材を剣に見立てて、「我を呼ぶ偉大なる王よ!! いにしえの精霊たちよ……」と一人芝居を始めた。


「オイオイ、遊んでんじゃねーよ!! 敬、手伝え!!」


 呆れて茜が怒鳴った。


「敬君、夏祭りで演劇部の出し物があるから練習してるんだよ……」


 佳織が作業の手を止めて敬をフォローする。


「そうやってかっちゃんがいつもかばうから、アイツ調子に乗るんだって……」


 不満気な茜を、今度は沙希がなだめた。


「茜、敬は学校に忍び込んでる間も作業してたみたいだから許してあげなよ」

「え!? そうなのか!?」

「朝来たら、パネルの縁取り作業が終わってたの。多分、敬がやったんだと思う」

「へぇ~。やるじゃねーか、アイツ」


 感心する茜を尻目に、沙希は佳織を見る。


「……かっちゃん、演劇部って敬しか居ないよね?? それなのに夏祭りで出し物するの?? 一人芝居とか??」


 沙希は首をかしげて尋ねた。


「あのね。敬君、町役場の人や農家さんの青年部と一緒に出るんだよ!!」

「「「「「へ~すごいね!!」」」」」


 沙希だけではなく、みんなも口をそろえて感心した。


「でしょ!!」


 みんなが驚くのを見て、佳織は自分のことのように喜んでみせた。


 敬は『魔法使い』の格好で篠津町を飛び出した事件で一躍、篠津町一番の有名人になっていた。そして何故かそれ以降、町の大人たちの間で人気者になっている。


 あれだけ敬のことを怒っていた町の大人たちが今では、「台風の中、あんな格好で札幌目指すなんて、今時根性が座ってる」と敬を評価していた。だから、敬が「『篠津町農業祭り』で演劇をしたいんです!!」と町役場に申し出た時、大人たちはこころよく許可を出した。許可を出すだけではなく、公民館で敬と一緒になって演じると言う。


「夏祭りで演劇やるんだ……かっちゃん、演目は何をやるの?」

「……ワ、ワイアット・アープのO.K.コラルの決闘……」

「え? ラリアット・ロープ? K.O.有りの決闘? なんだそれ? プロレスか?」


 茜が真面目に聞き返すと、「西部劇だよ。暇ゴリラ」と呆れた京子の声が飛ぶ。


「西部劇か……ん!? 京子、お前またヒマゴ……リ……」


 怒りかけた茜は、勇人の視線に気づいて語気を弱めた。


「京子、後で覚えてろよ。……それにしても、西部劇にも剣とか精霊が出てくるんだな……」


 茜は不思議そうに壇上の敬を見る。


 『篠津町農業祭り』で何故、西部劇?? と言う疑問は置いておくとして……壇上の敬は「精霊の宿りし我が剣よ、その真価を示せ!!」と叫びながら角材を振り回している。銃ではなく剣を振り回す姿は、西部劇とはほど遠い。


 みんなの顔に疑問が浮かぶと、佳織は慌てて説明を始める。


「え!? あ、ちが……。今、敬君がやってるのは、『ドラゴンロード 神々の黄昏』って言うオンラインゲームのオープニングムービーで……勇者であるプレーヤーが闇の狼王フェンリルの呼びかけに応えるシーンなの。あ、フェンリルって言うのは闇を統べる異形の者たちの王で、ラグナロクで主神オーディンを……」

「かっちゃん……ゴメン、外国語にしか聞こえない……」


 佳織の説明をさえぎって、茜が申し訳なさそうに言った。


「そっか……」


 しょんぼりとした佳織は気を取り直して、今度は京子を見る。


「あのね。今、結構、流行ってるんだよ。リアルタイムストラテジーって言うジャンルのゲームで……」

「わたし、ゲームやらないから……かっちゃん、ゴメン……」


 京子も気まずそうに答えた。


「……そうだよね……。わたしは大人しく『レタス侍』描いてるね……」


 佳織は取り繕うように明るく笑って描きかけの看板の方へと歩いて行った。


「京子、お前が、ゲームやらないとか言うから……」

「最初に外国語とか言ったの茜だろ……」

「「あ、かっちゃん、待って!!」」


 茜と京子が肩を落とした佳織を追いかける。仲の悪い茜と京子が一緒になって佳織に気をつかっていた。


「それじゃあ、わたしたちも作業始めよう」

「「ああ」」


 沙希の言葉に正義と勇人は頷いた。


×  ×  ×


 自分の世界にひたっている敬を放っておいて、みんなが作業に戻ろうとした瞬間だった。


「我を呼ぶ偉大なる王よ、手招てまねいにしえの精霊たちよ。今こそ、その呼びかけに応えん。勇者たちよ……立ち上がれ!!」

 

 壇上の敬が叫びながら角材を高く掲げた、まさにその瞬間。 


 前田正義

 西園寺沙希

 須藤勇人

 高橋茜

 伊藤京子

 黒田佳織

 白鳥敬


 全員の身体が淡い光りに包まれ、輝き始めた。


 正義たちは同時に「え??」という表情をして、お互いの身体に起きた異変を見つめ合った。壇上の敬も、「おや??」と言いながら、自分の身体を不思議そうに見つめている。


「敬、お前……また何かしただろ!?」


 茜が敬に向かって声を張り上げた。


 その時。


 茜の姿が一瞬、強く光り輝いたかと思うと、その姿が跡形も無く消え去った。正義たちは何が起きたか理解できずに、茜が立っていた場所を呆然と見つめた。


「あ、茜ちゃん!!??」


 やっとの思いで、佳織が悲鳴に近い声をあげた。すると、今度は佳織の身体が強く輝き、その姿がフッと掻き消える。


 茜と佳織だけではない。


 沙希、勇人、京子もまばゆい光を放って消えていく。みんなが持っていた工具やジュース、それにスマホやハンカチまでもが床に落ちた。


 正義は慌てて壇上の敬を見た。しかし、敬も「僕が知るわけな……」と言いかけて消えてしまった。敬の持っていた角材がガランという音を立てて、舞台に転がる。


「……!?」


 正義は自分の身体も強く光り輝いているのに気付いた。


 そして、次の瞬間。


 頭を絞られるような耐え難い頭痛がしたかと思うと、正義の視界は真っ暗になった。正義は気を失ったのだ。

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