勇者たちの産業革命

田舎の高校生、異世界で町おこし!!
綾野トモヒト
綾野トモヒト

第4話 勇者、勢いで手紙を受け取る

公開日時: 2021年4月6日(火) 12:00
更新日時: 2021年5月31日(月) 16:43
文字数:2,950

「おっはよー!! 起きろー!!」


 沙希の大声で正義と勇人、敬は目を覚ました。


 もう沙希たち女性陣は制服に着替え、朝食も済ませたと言う。


「やけに元気がいいな……」

「まあね。へこんでても、現状が好転するわけでもないしさ」


 正義の問いに沙希は笑顔で答えた。沙希につられたのか、茜や京子、佳織の顔にも笑顔が見える。


 昨日のあの表情は何だったのだろう? と正義は少し考えた。


 朝食を終えると、見計らったかのようにビンスとガンバルフが現れた。


「わたくしたちが勇者さまをお呼びしたのは間違いでした」


 前日の熱弁を振るう姿とは打って変わり、ビンスはしおらしい態度で正義たちに謝った。ただ、ガンバルフは納得出来ていない様子で、「意味も無く、勇者として召喚されるはずは無いんじゃ!!」と独り言を言っている。


 正義たちが召喚された聖堂はその建物自体が魔法陣であり、時の女神フィリスの加護を受けていると言う。


「帰る方法は解らんが、勇者の言う通り、何か手がかりくらいはあるかもしれん」


 不機嫌なガンバルフはぶっきらぼうに説明した。


×  ×  ×


 『勇者の宿』を出て聖堂へと向かう正義たちが目にしたのは、昨日の群衆がまるで嘘のような閑散とした町並みだった。


 宿屋、酒場、武器屋、道具屋、鍛冶屋、紋章屋、魔導器具店……様々な店が軒を連ねているが、どの店も扉が閉まり、カーテンが閉められている。


「見事なシャッター街じゃねーか」

「シャッターガイ?」


 茜が言うと、先頭を歩くビンスが首をかしげた。


「あ、あの……閉店したお店が並ぶ町並みのことです」


 佳織がビンスに説明する。


「ああ、勇者さまの業界用語なんですね。今はみんな細々と頑張ってますが……開店休業みたいなもので……昔は本当に活気があったのですよ」


 また活気溢れる往時おうじの姿を思い出したのか、ビンスは目を細めて遠くを見つめる。どうやら、昔を思い出す時に虚空を見つめるのはビンスの癖らしい。過去にひたるビンスを見て、誰も彼もが無言になった。


×  ×  ×


 それは、正義たちがレッドバロンの中央広場に差し掛かった時のことだった。


 初老の男女の人だかりが正義たちを見つけて取り囲んだ。昨日の勇者を歓迎する熱狂とは違う、深刻な雰囲気が人だかりを支配している。


「勇者さま、お願いがございます!!」


 白髪の混じった集団のリーダーとおぼしき女性が進み出た。


「遠方より降臨された勇者さまご一行に申し上げます。誠に恐縮ではございますが、手紙を頼まれてはくれませんでしょうか?」


 女性がそう言うと、後ろから麻袋を大事そうに抱えた男性が進み出た。


「手紙??」

「はい。どうか、どうか、お願い申し上げます!!」


 人だかりに頼み込まれた正義は、困惑してビンスを見た。しかし、困っているのはビンスも同じで、「みなさん、勇者さまはお忙しいのです!!」と必死に人々を制止している。


「……やっぱりご無理を言うもんじゃないよ……」


 人だかりの押し問答を見ていた茜の隣で、老婆が呟いた。


「え?」


 茜は小柄な老婆を見た。


「わしらの息子や孫は王都やザハに出稼ぎに行って、息災かどうかもわかりゃしない。せめて手紙だけでも届けたいのじゃが、レッドバロンを訪れる隊商も少なくなってのう。手紙を託せる人がおらんのじゃ……」


 嘆息まじりに話す老婆の態度からは、どことなく諦めが見て取れる。気落ちする老婆の姿に、茜は自分を可愛がってくれる祖母の姿を重ね合わせた。

 

 おばあちゃん子の茜は黙っていられなかった。


「わかったよ……届けてやるよ。ちゃんと住所は書いてあるのか?」


 茜がそう言った瞬間だった。


「勇者さまがお引き受けくださったぁー!!!!」


 先程までの気落ちする姿がまるで嘘のように、老婆は大声を上げた。


 その場の全員が一斉に茜を見る。


「え!? あ……その……ま、まあ、なんとかなんだろ。任せとけ!!」


 茜は言い淀んでいたが、ついに麻袋を受け取ってしまった。


「ありがとうございます!!」


 人々は茜を拝し崇めるように感謝する。


「何、安請け合いしてんだ暇ゴリラ!!」


 京子が茜の肩を掴んだ。


「放っとけるかよ!! それに今さら断れねーだろ!!」

「そ、それは……そうだけど……」


 京子も歓喜に沸くレッドバロンの老人たちをの当たりにして黙ってしまった。


「茜らしいな。でも、そういう向こう見ずな所、嫌いじゃないよ」


 言いながら勇人が茜から手紙の入った麻袋を受け取った。さりげなく荷物を持つあたりが、男前の勇人らしい。


「嫌いじゃない!? じゃあそれって好きってこと!?」

「違うだろ。勘違いするな暇ゴリラ!!」


 頬を赤らめる茜に京子が釘を刺す。


 結局……正義たちは昨日と同様の歓声を受けながら、聖堂へと向かった。


×  ×  ×


 レッドバロンから聖堂までの道のりは、昨日の馬車の揺れが示した通り悪路だった。わだちに気を付けながら丘陵地帯を歩んでゆくと、やがて石造りの聖堂が見えてくる。昨日は気づかなかったが、聖堂には立派な鐘楼も備えられていた。


 長い間、風雨に晒されたせいか、聖堂はレッドバロンの建築物より年季が入って見え、おごそかな雰囲気を醸し出していた。


「手がかりって……何を探せば良いんですか??」


 聖堂に入ると、手紙の入った麻袋を長椅子に置いて勇人が尋ねた。


「だから、知らんと言っておろうが!!」


 腕組みをしたガンバルフが答える。このガンバルフという大魔法使いは残念なことを自信満々に言う。


 正義たちを召喚した大魔法使いに解らないものをどうやって探せば良いのだろうか?? みんなは諦めにも似た気持ちを抱きつつ、聖堂の中を見て回った。


 ふと……。


 正義はトイレに行きたくなった。


「すいません……トイレはどこに……」

「トイレ?? ああ、勇者さまでも、もよおすのですね。そこの扉がかわやになっております」


 ビンスは祭壇の横に見える通路の奥を指さした。そこには木でできた小さな扉が見える。


「聖なる場所にもトイレってあるんだな……」


 そんな感想をつぶやきながら正義はビンスに言われた扉を開いた。


 しかし……。


 そこはトイレとは程遠い場所だった。それどころか、どこか見慣れた雰囲気の部屋だ。埃にまみれた部屋の棚の上には、今はもう懐かしい『レタス侍』のヌイグルミが置いてある。


「あっらぁ????」


 疑念に駆られた正義は振り返った。


 聖堂では大魔法使いにもわからない手がかりを、みんなが必死になって探している。


 再び、『レタス侍』の置かれた部屋に目をやると、正義は深呼吸をして悲鳴をあげた。


「繋がっテるぅえ!!!!????」


 情けない悲鳴に全員が集まって来る。


「体育準備室だよきっと!!」


 正義の肩越しに部屋を覗き込んだ沙希が歓喜の声を上げた。


「さすが生徒会長!! よく見つけたな!!」


 勇人は正義の肩を叩くと、先陣を切って体育準備室へと入って行った。


「これ、ロッカーだ。使ってないロッカーの扉と繋がってる。それに、来た時のような頭痛はしない。大丈夫だ!!」


 勇人は辺りを見回しながら説明した。勇人は安全を確認するために先陣を切ったのだ。


「「「やったー!! 帰れる!!!!」」」


 沙希、茜、佳織は口を揃えて叫び、京子に抱き付いた。


「沙希、かっちゃん、苦しい……放せ、暇ゴリラ……」


 迷惑がる京子の顔もほころんでいる。


「ビンスさん! 帰れま……」


 言いかけて正義は言葉を止めた。


「待って下さい!!」


 ビンスが正義の足元にすがりついてきたのだ。

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