沙希は職員室に急いだ。
まだ明かりが付いていて、中に先生が数人居残って作業をしているようだった。
「失礼します」
沙希は、先生方の視線を感じながらも、ドア近くの席に座っている先生に声をかけた。
「斎藤先生って、まだいますか?」
「斎藤先生って言っても、二人いるから下の名前を教えてくれるかな?」
「文人って名前の先生ですけど……」
「斎藤文人、ね……ちょっと待ってて」
そう言って席を立ち、書棚に向かっていってしばし眺めてから、思い出したようにある書棚の扉を開けて、中からファイルを取り出すと席に戻ってきた。
「彼は、もう辞めてるよ。違う学校に転勤したのかも。この先生がどうかしたの?」
「ちょっと知り合いが、この学校が懐かしくなって会いたい先生がいると言っていて。名前を斎藤文人って言うとか曖昧な記憶だけど、もしまだいるなら顔を見たいと言ってるんです」
「卒業生が、懐かしくなって会いにくるのは、珍しくない話だけど、残念ながら先ほど話したようにもう辞めてるからね……」
残念そうな顔をしてその先生は話した。
沙希は、失礼しましたと頭を下げると薄暗い階段を駆け上がって、美愛たちのいるところに急いで戻ってきた。
「お待たせ。あのね、クラサトさん、残念なお知らせだけど、斎藤文人って先生はもうこの学校にはいないってさ。美弥から伝えてもらっていい?」
「もちろんよ。クラサトさん、よく聞いてね。斎藤文人はもうこの学校にはいないらしいよ」
美弥は、沙希の言葉を彼女にそのまま伝えた。
「そんな……。わたしは………のために…………にずっといたのか……もうここにいる必要はない……わたしは……生きてる意味……なかった……死にたい」
「いや、もう死んでいるからね。肉体はとっくに滅んでるから。そろそろ成仏しよう?」
唯一、幽霊と会話ができる美弥は、クラサトさんをなだめるように話した。
「……嘘。……身体はここに……ほら、動いてる」
クラサトさんは、美愛の身体を乗っとったのか、勘違いしているのもわかっていないみたいで、美愛が自分だと思っているらしい。
「それは、全くの他人の身体だよ。平成生まれの少女の身体を乗っとっただけ。クラサトさん、そろそろ亡くなった事実を受け入れて」
美弥は、美愛の背中を撫でている。
小さく震えているのは、自分の心と葛藤しているからだと美弥生は感じた。
「それじゃ……わたしは……身体無し……今まで……どう過ごしてたか………からない………」
うめき声を上げると身もだえて、その場に俯せになって動かなくなった。
沙希が腕時計を見たら、あと15分で7時になろうとしている。
「美弥、あと15分くらいしかないよ」
「わかった。ねえ、クラサトさん、また来ると約束するからそろそろ、その人から離れて。斎藤文人って人を連れて来る! だから、お願い、解放してあげて」
「約束して。次来る時に、必ず斎藤文人を連れて来て」
その瞬間、美愛の身体から抜けたのか、ぐったりした美愛に、どこかに行っていた沙希が戻ってきて、うっすら開ける口元へ何かを飲ませると、意識を少しずつ取り戻した美愛は立ち上がった。
「走れないなら、歩いてでも学校から出よう。7時過ぎてるし。急がせてごめんね」
「ううん、大丈夫。何かわかった事あったらメールで教えてね」
沙希の肩を借りながらも、美愛もゆっくりとした足取りで階段を下りていく。
「美弥、かばん持たせてごめんね。学校から出たら受けとるから」
「大丈夫。きょうも想定外な事起きて遅くなったね。でも、あともう少しだから美愛ちゃん、頑張ってね」
「うん。ほとんど記憶がないけど頑張るわ。沙希もありがとう。自力で歩いて帰れるよ」
こうして、三人の再度の肝試しは終わったのだ。
本当は、美愛からクラサトさんが抜けていない事を、美弥も気づいていない。
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