その頃、闘技場では殺された妖達が動き出しているのを悟空と沙悟浄は知らないでいた。
牛魔王に丁と呼ばれた男が、牛魔王の前に跪き口を開けた。
「お呼びですか、王よ。」
その言葉を聞いた悟空は、信じられない気持ちでい
っぱいだった。
悟空の顔を見た牛魔王はニヤリと笑った。
孫悟空ー
王…だって?
牛魔王が言わせてんのか?だとしても、俺の目の前にいるのが丁…?
丁が生きているのか、死んでいるのかも分からなかった。
花果山(ハナカヤマ)を出たあの日から、山に戻れなかったから丁達がその後、どうなったかは知らない。
だけど、牛魔王がこの男の事を丁と呼んだ。
「おい、悟空。丁ってのは、あの男の事か?」
沙悟浄はそう言って、俺と丁を交互に見た。
「丁は、俺の世話係だった猿だ。」
「それって、花果山にいた時の事か?だが…、今は
人間の姿をしているが…。」
「あぁ、丁は猿だった。だから、何で人の姿をしているのかが分から…。」
俺は言葉を飲み込んだ。
「毘沙門天の仕業か。」
「正解。丁は実験に成功した最高傑作だって、毘沙門天が言ってたよ。」
「丁に何をしたんだ。」
「何?怒ってるの?」
「何をしたか聞いてんだ!!」
バキッ!!
悟空が叫ぶと舞台の床にヒビが入った。
「丁の脳を移し替えただけさ。」
「何?」
「久しぶりに見たいだろ?爺さんの事も。」
「さっきから何を言ってるんだよ。」
「丁、連れて来い。」
「分かりました、王。」
俺の言葉を無視し、丁に指示をした。
「何をする気なんだ…?」
ジャラ、ジャラ…。
鎖の音?
「ゔ…ぁ、ぁあ…。」
「あ、ぁ、ぁぁぁぁ。」
呻き声と共に出て来たのは、目が虚の人間達だった。
だが、普通の人間とは違い手足が何かの妖怪の物を継ぎ合わせられていた。
俺にはすぐに分かった。
鎖に繋がった数十人の人間達は、花果山にいた猿達だと。
それは俺にしか分からない何かだった。
「お前が封じられた後、コイツ等は天界に乗り込んで来たんだぜ?だけど、まぁ毘沙門天がコイツ等を
捕まえて拷問並みの実験体にさせたんだよなぁ。」
「あぁ…、ゔぅぅぅ…。」
「ぁぁあ…?」
「お前、悟空の身内に何してんだよ。」
沙悟浄は牛魔王に向かって、槍を投げ飛ばした。
だが、牛魔王は影を操り槍を止めた。
「アハハハ!!悟空の身内?笑わせんなよ。お前はコイツ等の事を大事にも思ってなかったろ。殺し合う事が生き甲斐だったお前が。」
あの頃の俺は、殺し合う事でしか心を満たせなかった。
だけど、そんな俺を慕ってくれたのが丁だった。
丁や護衛部隊の黎明(れいめい)達は、俺に忠義を誓ってくれていた。
俺も丁には心を開いていたのだと、今になって気付く事が出来た。
丁と呼ばれた男の頭に巻かれていた布に黎明と書かれている。
やっぱり、丁なのか…?
だから、俺が具合が悪くなった時に側に来て世話を焼いたのか?
「丁達は俺の言う事を忠実に聞く。自分の爪を剥げ。」
牛魔王がそう言うと、丁は自分の爪を躊躇なく剥いだ。
ベリッ!!
ボタ…。
「何してんだ!?」
沙悟浄は丁の行動を見て思わず叫んでいた。
毘沙門天と牛魔王が今の丁を作った…んだな。
「丁達に何をして、人間の姿にした。」
「脳を取り出して死んだ人間に移植して、何か術?を使ってたな?だけど、めっちゃ痛いそうだった
よ。叫び声とかヤバかったし。」
「「っ?!」」
俺と沙悟浄は牛魔王の言葉に耳を疑った。
脳を取り出した…?
「丁はいつも、お前の名前を呼んでいたよ。美猿王、美猿王って。黎明の奴等もそう言っていたな。爺さん達はただ、叫んでいただけだったけどね。」
ビュッ!!
俺は三節棍を持ち、牛魔王の元に走った。
無意識のまま三節棍を牛魔王の頭上に振り下ろした。
だが、俺の攻撃を止めたのは丁だった。
丁が鎌を使って、三節棍を受け止めて牛魔王を後ろに下がらせた。
「俺の事を見ても分からないのか、丁。」
「俺の王は牛魔王様だけ。牛魔王様を殺そうとする者は殺すだけ。」
「ッチ、聞く耳を持たねー感じだな。」
ブンッ!!
三節棍を丁の脇腹に目掛けて振り翳した。
キィィィン!!
丁は鎌の刃を上手く使い、三節棍の動きを止めた。
「死んで下さい。我、王の為に。」
何で、牛魔王の事を王って呼ぶんだよ。
そんな姿にした牛魔王を何で、王だって讃えるんだ。
「お前をこんな姿にさせた牛魔王を何で、王だって言うんだよ!?お前の意思はないのか?!」
「王…よ。」
「あ、あが…。王…。」
俺の目に映ったのは、爺さんと花果山にいた猿達が牛魔王の前に土下座していた。
人間と言っていいのか分からない体が見慣れない。
牛魔王は満足そうに笑い、爺さんの頭を乱暴に掴み舞台の床に叩き付けた。
「何してんだ!?」
沙悟浄は叫び、牛魔王を止めようと走り出した。
「黎明、コイツを止めろ。」
「「御意。」」
俺には牛魔王の声と謎の声が聞こえた。
だが、沙悟浄にはその声が聞こえてなく、鏡花水月を振り下ろそうとしていた。
「待て!!沙悟浄!!」
バッ!!
キィィィン!!
「っ!?」
沙悟浄の周りに黒いフード付きのマントを被った男達が周りを取り囲んだ。
1人の男が沙悟浄の剣を受け止めていた。
「丁様、牛魔王様。お怪我はありませんか。」
「李(リー)、胡(フー)、高(ガオ)。」
その名前に聞き覚えがあった。
何故なら、黎明の部隊にいた猿の名前だからだ。
「黎明は俺の部隊になったんだよ、美猿王いや、悟空。」
「ふざけんのもいい加減にしろよ。」
そう言ったのは、沙悟浄だった。
「何で、お前は悟空の身内にこんな事するんだ!?お前がやっているのは、悟空の真似だろ!?」
沙悟浄の言葉を聞いた牛魔王は、スッと顔色を変えた。
それと同時に空気が冷たくなった。
牛魔王は見えない速さで沙悟浄の顔を掴み、地面に叩き付けた。
ドゴォォォーン!!
「ガハッ!!」
「沙悟浄!!」
俺は沙悟浄の元へ行こうと方向を変えようとした。
だが、俺の足を掴んだのは爺さんだった。
「あ…、あぅあ…。」
「離せよ。」
「あ…ぅ、あああ。」
血塗れになった顔を上げながら、俺に何かを言っている。
何んで、何で…。
俺と関わった奴等がこんな目に遭わないといけないんだ。
「離してくれ、爺さん。」
「あ…ぅ…あぁ、び、こ、おう…。」
「っ…?!」
俺の名前を呼んだのか?
いつの間にか俺の周りには、鎖で繋がれた妖怪人間にされた猿達が集まっていた。
「俺の名前を呼んだのか。」
「び…、こ…おう。ご、ごろじでぐだざぃ…。」
「ごろじで…。」
「もぅ…、死にたい…。」
爺さんが言葉を放つと、次々に妖怪人間達は言葉を放つ。
「死んで下さい。」
ドゴォォォーン!!
丁が俺の頭を掴み、床に叩き付けた。
ブチッ。
俺の中で何かが切れた。
「俺に代われ、悟空。」
美猿王の声が頭の中に流れ込み、俺の意識が無くなった。
丁は悟空の意識が無くなった事を確認し、頭から手を離した時だった。
「いつの間に偉くなったんだぁ?丁。」
ガシッ!!
丁の手を掴み悟空は立ち上がった。
だが、そこにいたのは悟空ではなかった。
真っ赤な髪に少し伸びた襟足と前髪、赤い瞳が丁を捉えた。
額から流れ血を舐めた。
「出て来たな、美猿王。」
牛魔王の言葉を聞いた沙悟浄は起き上がり、悟空に視線を向けた。
悟空の周りには白い煙が上がっていて、見た目も変わっていた事に気付いた。
「悟空…、なのか?」
美猿王となった悟空は丁の腕を反対に曲げた。
ボキッ!!!
「ゔっ!!」
「退け。」
美猿王はそう言って、丁を投げ飛ばした。
ドゴォォォーン!!
「あ、ああ、美猿王…。」
「お前の望み通り、殺してやるよ。」
ズッ!!
美猿王は変わり果てた長老の胸から心臓を取り出した。
トクン、トクン…。
美猿王の手のひらで心臓が脈を打っていた。
グシャア!!
手のひらに乗っていた心臓を握り潰した美猿王は、
次々に妖怪人間にされた猿達の心臓を取り出した。
ズッ、ズッ、ズッ。
グシャア、グシャア、グシャア!!
美猿王の顔に大量の返り血が付いた。
その姿を見た沙悟浄は、体が縛られているかのように動かなくなってしまった。
「俺が会いたかったのは、お前だよ!!さぁ、美猿王。俺とやり合おうじゃねーか!!」
ビュンビュンッ!!
牛魔王は笑いながら影を操り、美猿王の元に飛ばした。
「避けろ、悟空!!」
沙悟浄はそう言って、美猿王の元に駆け寄ろうと走り出した。
だが、沙悟浄の心配は不必要な物となった。
美猿王が指を立てて、口を開け一喝した。
すると、伸びて来た影が弾き丁達や牛魔王の体に黒い鎖が巻かれていた。
「な、何だ…?この鎖は…?」
「嫌な技を使うなぁ、美猿王よ。」
ビュン!!
美猿王は一瞬にして、牛魔王の目の前まで距離を詰
め手を伸ばした。
「そんなに遊びたいなら、遊んでやるよ。」
グシャア!!
美猿王は牛魔王の左目を抉り出すのをわざと遅くし、グリグリと指を回した。
「ぐぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあ!!」
牛魔王の叫び声が闘技場に響き渡った。
「牛魔王様!!」
丁達は鎖に繋がれている為、動けないでいた。
美猿王が使った技は須菩提祖師に教わった術の1つである。
その術の名前は"定身の法(テイシンノホウ)。
指を立て一喝するだけで、周囲の敵を金縛りにする事が出来るのだ。
その為、牛魔王は動けないでされるがままだった。
「アハハハ!!見ろよ、お前の目玉。」
美猿王は笑いながら牛魔王に繰り抜いた目玉を見せていた。
沙悟浄はその光景を恐ろしく見えていた。
「ほら、どうした?頑張って術を解いてみろ。」
そう言って、美猿王は冷たく牛魔王を見下ろした。
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