毘沙門天が不思議な笑みを浮かべた後、部屋の中に警備隊が駆け付けた。
部屋の中の惨事を見せつけるかのように毘沙門天が話し出した。
「今、ここに天帝の命令に反(ソム)いた者達がいる。これは反逆罪に問われる事になりますよ?飛龍隊長?」
毘沙門天はそう言って、飛龍に笑い掛けた。
飛龍は怒りが爆発しそうになっていた。
何故なら伊邪那岐命を殺した事を俺に擦り付け、伊
邪那美命は天帝の命令に反いた事にしようとしているからだ。
「お前…っ、伊邪那美命まで罪人にする気なのか!?俺だけならまだしも…っ!!!」
飛龍はそう言って、自分の拳を握り絞めた。
「飛龍隊の隊員を全員、捕縛しなさい!!そして、天帝の命令に反いた伊邪那美命には、裁判を行う!!!」
「「「ハッ!!!」」」
毘沙門天の言葉を聞いた警備兵達は飛龍が率いる隊長達を捕縛しようと足を踏み出した。
「隊長、どうしますか?俺はいつでもやれます。」
雲嵐が言葉を放った後、他の隊員達が飛龍に視線を送り口を次々に開けた。
「俺達は隊長の命令に従います。」
「隊長、命令を!!」
隊長達の言葉を聞いた飛龍は、伊邪那美命の肩から手を離した。
「飛龍…。」
伊邪那美命は飛龍は言葉を投げ掛けると、飛龍は伊邪那美命に背を向けた。
「惚れた女を死んでも守るのが男の務めだ。俺は、お前等みたいな奴等に出会えた事に感謝する。」
剣を手に取った飛龍は大きな声で更に言葉を放った。
「妖怪討伐一番隊、隊長の飛龍が命じる。今、この現場にいる人間は1人残らず殺せ。そして、この屋敷から伊邪那美命と共に出るぞ。」
飛龍がそう言うと、隊員達は「おおおおお!!」と声を上げた。
「全く、隊長はいつも俺達にめちゃくちゃな要望を平気でして来る。」
「俺がお前等に出来ない命令をした事があったか?雲嵐。」
雲嵐に向かって飛龍が笑い掛けた。
「だからこそ、貴方の背中を追い掛けたくなる。俺達はアンタ以外に従う気もないし、従うつもりもない!!」
そう言って雲嵐は近くにいた警備兵を斬り付けた。
「グァァァァァァァア!!!」
「ハハハハ!!副隊長に続けぇー!!!」
「「「おおおおおおお!!!」」」
毘沙門天率いる警備兵と飛龍率いる妖怪討伐兵達の乱戦が行われた。
伊邪那岐命の屋敷が一気に乱戦城となった。
戦場慣れしている飛龍率いる妖怪討伐兵達との力の差が目に分かるくらいに出ていた。
ろくに戦場にも行かず、またしても鍛練をサボっていた城の警備兵達は手も足も出ていなかった。
「グィァァァァァァ!!」
「隊長!!道を作りました!!」
「先に行って下さい!!」
部屋の扉の前にいた警備兵を斬り付けた隊員が飛龍に声を掛けた。
「伊邪那美命、立てるか。」
飛龍はそう言って伊邪那美命の方を振り返った。
「あ、あぁ…。」
「伊邪那美命、悪かった。助けに来るのが遅くなった。」
伊邪那美命の手を取った飛龍は、走りながら伊邪那美命に謝った。
「毘沙門天が何か企んでいる事は勘づいてた。俺が動く前に毘沙門天が手を打って来た。それが、妖怪討伐兵の移籍だった。」
「毘沙門天がっ?」
「毘沙門天は俺に言ったよ。伊邪那美命が俺を護衛から外したって!!」
ブシャッ!!
飛龍は伊邪那美命と話しながら次々に警備兵達を斬って行った。
「俺は、アンタが俺を外したなんて思ってないよ。全部、毘沙門天が仕組んだ事なんだろ。」
「私は、お前が辞めたいと言っていたって聞いていた。だ、だから伊邪那岐命を飛龍だと思って抱かれていた。」
伊邪那美命の言葉を聞いた飛龍は思わず足を止めてしまった。
「隊長…?」
雲嵐はそう言って飛龍に声を掛けた。
「俺だと思って…って、つまり…?」
飛龍は伊邪那美命の方を振り返った。
伊邪那美命は今にも吹き出しそうな程、真っ赤な顔をしていた。
「私はお前の事を…、すー。」
そう言って伊邪那美が飛龍の腕を掴もうとした瞬間だった。
「みぃーつけたっ。」
子供の声が廊下に響いた瞬間、飛龍を含めた隊員達の体が何かに縛れた。
ドサッ!!
飛龍は顔から床に転んだ。
「なっ?!!」
グサッ!!
飛龍の体に痛みが走った。
飛龍は自分の体を見つめると、黒い棘のような物が体に巻き付いていた。
黒い棘は廊下全体に張り巡っていた。
「飛龍!!」
伊邪那美命が飛龍の体に触れようとした時、黒い棘が伊邪那美命の体を縛り付けた。
シュルルルッ!!!
伊邪那美の体が宙に浮き、後ろから毘沙門天が現れた。
「毘沙門天っ、お前の仕業か!!!」
飛龍の叫び声が廊下に響いた。
「俺の仕業だけど?」
飛龍の影から真っ赤な目と緑色の髪をした少年が現れた。
「お前、俺の犬の癖に主人を呼び出してんじゃねーぞ。」
少年は指を鳴らしながら毘沙門天に近寄った。
この少年こそ、のちに大妖怪となる牛魔王であった。
毘沙門天は遥か昔から牛魔王と交流していた。
飛龍はこの少年(牛魔王)を見て妖だと見抜いていた。
だが、見た目こそは少年だが飛龍の額には汗が流れていた。
妖怪討伐の時にたまに見る大物の妖怪と同じオーラが出ていた。
誰が見てもこの少年は恐れる存在だと飛龍は悟った。
「お前、相変わらず嫌な奴だな。最初からコイツ等を殺すつもりで神を生み出した癖に。」
少年の言葉はこの場にいる人間を黙らせた。
「殺すつもり…?どう言う意味だ!!毘沙門天!!」
そう叫んだのは伊邪那美命だった。
伊邪那美命の表情は怒りに満ちていた。
「貴方の考えを実行に移しただけですよ。貴方の方こそ恐ろしい考えをお持ちで。」
「俺は妖だ。人間みてぇにお気楽な脳みそは持ってねーよ。お前はただコイツの駒となる神?を生まされただけって事。」
少年はサラッと言葉をを放った。
その言葉を聞いた飛龍は少年に殴り掛かろうと立ち上がった。
「何?そんな怒る事かよ。」
少年は言葉を続けながら飛龍に近寄より、黒い棘を引っ張り自分の前で膝を付かせた。
「隊長!!!?」
「お前、何すんだ!!!」
隊員達が次々に立ち上がろうとした時だった。
「誰が動いて良いって許可した。」
少年はそう言って隊員達を睨み付けた。
そして、黒い棘が鋭い刃になり隊員達の首元を掻き斬った。
ブシャッ。
ブシャッ、ブシャッ!!!
少年は影を自由に操り、敵味方を斬り付けた。
「アハハハ!!」
大きな声で少年は笑った。
飛龍はこの少年に初めて"恐怖"を感じたのだった。
「俺を恨むなんて生意気なんだよ!!恨むならこの世界の存在を恨め。」
「伊邪那美命を傷付けたお前等を俺は許さねぇ。絶対に!!」
そう言って、飛龍は少年を睨み付けた。
「お前、よっぽど死にたいようだな。」
ジャキッン!!
飛龍の周りに影の刃が現れた。
「待て!!!」
伊邪那美命が少年を呼び止めた。
「罰なら私が受ける。それで良いだろ?」
「へぇ、従うんだ。この世界に。」
「だから一年、私に飛龍と過ごす時間をくれないか。」
「何を…、言ってるんだよ!!」
飛龍の目に映った伊邪那美命は美しかった。
その姿は伊邪那岐命達が来る前の凛々しい姿だった。
「別に一年くらい良いよ。」
「貴方は勝手に物事を決めないで下さい!!」
「俺に意見すんのか毘沙門天。」
「うっ!!!」
少年はそう言って、毘沙門天の右頬を殴り付けた。
「お前はどっちが上なのか理解出来てねーようだなぁ?あ?」
「す、すみません。」
「ただし、この屋敷で過ごせ。逃げ出そうなどと言う浅はかな考えは捨てる事だな。」
少年は伊邪那美命を見ながら言葉を放った。
「分かってる。そんな馬鹿な事をするつもりはない。」
「そ、なら良いけど。この屋敷には俺の影が張り巡らせてあるから、逃げれないけど。」
「伊邪那美命、何を勝手に決めてんだよ!!」
「あー、うるせー。俺は帰るよ。」
少年は飛龍や隊員達の拘束を解き、廊下を歩いて行った。
「ま、待って下さい!!」
タタタタタタタ!!!
毘沙門天は少年を追い掛けるように廊下を走って行った。
「飛龍!!!」
拘束が解かれた飛龍に伊邪那美命は抱き着いた。
「伊邪那美命、何で…。」
「ごめんね、飛龍。」
「アイツ等の言いなりになるのか。」
「そうするしか、お前といる時間が出来ないだろ。」
飛龍は言葉を出さずに伊邪那美命を抱き締めた。
数日後、天帝が伊邪那美命に"黄泉渡の刑"と言う判決を下した。
天界とは違う死者が行く黄泉の国に渡れと言う神の中では最も重い刑罰と言われている。
人に崇められる存在が位を落とされると言う事、つまりは死者と言うのは人間として認められない存在だからだ。
そんな国に落とされるのはもっとも恥ずべき事なのだった。
伊邪那岐命の屋敷に閉じ込められた伊邪那美命と飛龍は
閉ざされた空間の中、一年だけの幸せを2人は噛み締めていた。
春、2人は閉じ込められた妖怪討伐兵達と屋敷の外から見える桜を見て宴会をした。
雲嵐達は伊邪那美命を神としてではなく、飛龍の伴侶として接していた。
飛龍と伊邪那美命には言葉などいらなかった。
2人は互いを求め合っていた。
初夏、伊邪那美命のお腹に新しい命が宿った。
この子供は伊邪那美命にとって、初めて愛おしく思える存在であった。
「本当…、なのか?」
「あぁ。お前と私の子だ。」
伊邪那美命はそう言って、自分のお腹を撫でた。
飛龍は目に涙を溜めながら伊邪那美命を抱き締めた。
「お、おい飛龍…っ。」
「ありがとう。」
「飛龍…。」
「俺の子を宿してくれてありがとうっ。俺はお前との間に新しい命が宿って凄く嬉しいっ…。」
「飛龍…。私、この子に会いたい。」
伊邪那美命はそう言ってお腹を再び撫でた。
「私はこの子を守るよ。私がいなくなったとしてもお前はこの子を守ってくれ。」
「伊邪那美命…。」
「お前と私の子だよ?愛さずにはいられないだろ。」
「伊邪那美命、俺はお前を守る事を諦めてないからな。」
そう言って、飛龍は伊邪那美命を見つめた。
「この子の母親は伊邪那美命、お前しかいないんだからさ。母親がいなかったらこの子も寂しがるだろ?」
「飛龍…。私はお前と出会えて良かったよ。」
伊邪那美命に宿ったこの子こそが、牛魔王の宿敵となる悟空であった。
雲嵐達は伊邪那美命と飛龍の間に子供が出来た事
を涙を流しながら祝福した。
秋、伊邪那美命のお腹は見る見る大きくなっていた。
神は人よりも早く出産する為、子供の成長も早いものだった。
伊邪那美命と飛龍はお腹の子に毎日、話掛けていた。
伊邪那美命に子供が出来た事を知った牛魔王と毘沙門天が見逃す筈がなかった。
「神と人の子が誕生するなど、あり得ないですよ!!」
毘沙門天は大きな声を牛魔王に浴びせた。
「殺せば良いだけだろ。何をそんな慌ててんだか。」
「あ、確かにそうですね。失礼しました。」
「幸せな時間は後、半年で終わるんだ。夢を見せてやっても良いじゃねーか。産まれてすぐ殺せば。」
少年の姿をした牛魔王は煙管を口に咥えた。
「夢麗(ユメウララ)な時間が壊れるまで半年。この世に神なんて存在は小っぽけなモノだ。」
「牛魔王、貴方は何故そんなにこの世界を恨んでいるのですか?」
毘沙門天はそう言って、牛魔王に尋ねた。
「神のお前に分かる訳がねーよ。お前は黙って自分の娯楽を楽しんどけ。」
共に行動している毘沙門天にさえ、牛魔王は心の内を話さなかった。
彼には彼の野望があったからだ。
その野望を理解する者は、数百年経った頃に1人だけ現れる事をこの時の牛魔王は知るよしもなかった。
冬、伊邪那美命は子を出産最中だった。
飛龍達は伊邪那美命の出産を手伝う為、屋敷の中にある布やお湯など、出産する為に必要な物を揃えた。
「ゔーっ!!!」
「頑張れ伊邪那美!!」
「頑張って下さい伊邪那美命様!!頭が出て来ましたよ!!」
雲嵐はそう言って、伊邪那美命に声を掛けてた。
飛龍は苦しむ伊邪那美命の手を強く握っていた。
「ゔっー!!!」
「オギャァァァァァァ!!」
「「っ!!」」
伊邪那美命が踏ん張ると、赤子の鳴き声がした。
雲嵐が出て来た赤子を布で包み、伊邪那美命と飛龍に見せた。
「おめでとう御座います!!無事に産まれましたよ。」
「伊邪那美命、俺達の赤ちゃんだぞ。」
「私と…、飛龍の…。」
雲嵐から産まれたばかりの我が子を抱き締めると、
伊邪那美命の目から涙が零れ落ちた。
伊邪那美命はこれまで自分が産んだ後に赤子を抱いた事がなかった。
産まれた後はすぐに赤子と引き剥がされ、それから
一度も子供の顔を見せては貰えていなかったのだ。
今、抱き締めている我が子を伊邪那美命は初めて顔を見る事が出来た。
「赤ちゃんってこんなに小さいのね。こんなに可愛いのね。」
飛龍は伊邪那美命の肩を抱き寄せた。
「俺達の子供だから特に可愛いんだよ。な?」
「本当に伊邪那美命様と飛龍隊長の子供ですよ。顔が2人にソックリです。」
雲嵐は産まれたばかりの赤子を見て呟いた。
「当たり前だろ。俺と伊邪那美命の子供なんだからな。」
隊員達は皆、産まれた事を喜ぶように涙を流していた。
「おめでとうございます!!」
「お疲れ様でした、伊邪那美命様。」
「ゆっくり休んで下さい。」
「皆んなも疲れただろ?」
話し掛けて来る隊員達に伊邪那美命は労いの言葉を掛けている時だった。
屋敷が大きく揺れた。
ガタガタガタガタガタガタ!!
「な、なんだ!?」
「隊長!!伊邪那美命様の側を離れないで下さい!!」
隊員達は伊邪那美命と飛龍を囲むように体勢を組んだ。
伊邪那美命の頭に嫌な予感が過った。
「アイツ等が黙って子供を産ませる訳がない。」
伊邪那美命がそう言葉を放った瞬間、屋敷に張り巡らせていた影が一斉に向かって来た。
雲嵐達は剣を抜き、影の攻撃を弾いていた。
キンキンキンッ!!!
「飛龍、毘沙門天はこの子を殺すつもりよ。」
「嘘だろ?!俺達の子供を殺すだと?!」
「この子を天界から落とす。死なせた事にする。」
伊邪那美命はそう言って、ある札を取り出し床に貼り付けた。
「落とすって…、どこに?」
「下界に落とす。下界なら奴等の手は届く事はないだろ。」
「それしか方法はないんだな、伊邪那美命。」
飛龍の言葉を聞いた伊邪那美命は黙って頷いた。
「この子を殺させない。私と飛龍の子供を殺さてたまるか。」
伊邪那美命はそう言葉を放った後、指を動かした。
ビリッ!!
ビリッ、ビリッ!!
伊邪那美命の周りに雷がビリビリと音を鳴らしていた。
それと雷龍が現れた。
「雷龍よ、この子を宜しく頼む。絶対にお前を迎えに行くから。」
伊邪那美命は寝息を立ている我が子の額に口付けをした。
そして、雷龍は赤子を背中に乗せて札の中に入って行った時だった。
ビュンッ!!
グサッ!!
飛龍の耳に嫌な音がした。
恐る恐る飛龍は音のした方に視線を向けると、そこには影の刃に刺さっている伊邪那美命の姿があった。
「い、伊邪那美命!!!」
「伊邪那美命様!?」
「伊邪那美様ー!!!」
飛龍は、刺され倒れそうになった伊邪那美命を抱き締めた。
「さぁてと、幕を下ろそうか伊邪那美命。」
暗闇の中、牛魔王は言葉を放った後に手を叩いた。
パンッ。
パコンッ!!
飛龍達の足元、部屋の床一面が真っ黒になった。
「なっ?!」
「どうして、床がって…っ?!」
戸惑う飛龍と雲嵐が言葉を放ったその瞬間に飛龍達は暗闇の中に堕ちて行ってしまった。
「まだ、約束の一年も経っていないのに黄泉の国に送るなんて酷いな。毘沙門天よ。」
牛魔王はそう言って、毘沙門天に視線を向けた。
「貴方が警戒した事でしょ。私はただ、黄泉の扉を開ける札を部屋中に張り巡らせただけ。あの2人や隊員達にバレないように。」
牛魔王と毘沙門天は、は最初から伊邪那美命との約束を守るつもりはなかった。
伊邪那岐命の屋敷に閉じ込めたのは、黄泉の扉を開き落とす為だった。
飛龍の隊員達、いや伊邪那岐命を毘沙門天が殺したのを見た者達の口封じの為だった。
「黄泉の国に行って無事に戻って来れた者はいない。あの赤ん坊は勿論、伊邪那美命達は死ぬだろ。」
「なんせ死者の国ですからね。これで、神話を書けますね。」
「お前の作り絵巻か。」
「私の願望ですからね。私の理想話とでも言っておきますか。」
毘沙門天と牛魔王は伊邪那岐命の屋敷を後にした。
「毘沙門天の野郎…、殺してやる、殺してやる。」
暗闇の中、飛龍の呟く声が響いた。
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