西遊記龍華伝

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百はな
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黒炎の中から

公開日時: 2023年3月19日(日) 21:22
文字数:4,519

妖怪達の前に立った美猿王の周りには、黒い炎が現れた。


*黒炎〜妖気に塗(マミ)れた、穢(ケガ)れた炎。

熱い炎ではなく冷たい炎 *


「黒炎(コクエン)?!」


「馬鹿な!?妖が黒炎を使えるのか!?」


驚いている妖怪達に向かって、美猿王はゆっくりと手を挙げた。


「燃えろ。」


ゴォォォォォォォ!!


美猿王の周りで燃えていた黒炎が、妖怪達の体に移った。


「ギャァァァァァ!!」


「痛い、痛い痛い!!」


ガブッ、ガブッ、ガブッ!!


「妖怪達の体が喰われてる?黒炎の影響なのか?」


「俺の黒炎の中には獣がいるんだよ。姿は俺以外には見せないが、俺以外には忠実じゃない。」


沙悟浄の問いに美猿王は、黒炎を見せながら答えた。


「雑魚は黒炎だけで、十分だ。それよりも、この封印を解くには…。神力(シンリョク)がいるな。」


「神…?」


「一応、毘沙門天は神だ。普通の陰陽術だったら、

俺だけでも解けるが…。これは神の力である神力で封印されてる。」


「じゃあ…。今の俺達じゃ、解けないって事か。」


「もう良いだろ?美猿王。」


沙悟浄と美猿王の会話に入って来たのは、鱗青だった。


「あー、お前は使えねーから行って良い。」


「本当か!?」


「さっさと行け。」


「これで、林杏が助かる!!」


タタタタタタタッ!!


「行かせて良かったのか?」


「あぁ、アイツが居たとしても俺の役には立たん。」


美猿王はそう言って、ドカッと地面に座った。


「どうして、飛龍隊を復活させようと思ったんだ?」


「俺達の"強み"になるからだ。」


「美猿王は、何の事を言ってるんだ?」


キィィィ…。


何かが、地面に当たり削れる音が聞こえた。


「来たか。」


炎炎と燃える黒炎を切り裂くように、大きな鎌の刃が見えた。


キィィィン!!


鏡花水月を取り出した沙悟浄は、美猿王に向かって

来た鎌の刃を受け止めていた。


黒炎の中から現れたのは丁だった。


「「頭!!」」


丁の後ろから李と胡が現れ、一斉に美猿王に向かって鎌を振り下ろした。


「コイツ等、美猿王が狙いか!?美猿王!!」


「もらった!!」


李が美猿王の首元を取るように鎌の刃を、首筋に当てようとした瞬間だった。


キィィィン!!


李の鎌の刃は胡が振り下ろした鎌の刃だった。


そこにいる筈の美猿王の姿はなく、美猿王は高く飛んでいた。


「ガァァァァァァァァ!!」


高は叫びながら大きく口を開け、美猿王に噛み付こうとした。


「ハッ、よく吠える犬っころよ。」


「ゴフッ!!」


美猿王は向かって来た高の顎を蹴り上げ、高の頭を掴み地面に叩き付けた。


ドゴーンッ!!


「高!!」


「逃げれると思うなよ。」


「グッ!!」


ガシッ!!


李の首元に手を伸ばし、乱暴に掴んだ。


「あ、あが、あ。」


「威勢だけは認めてやる。」


「美猿王!!避けろ!!」


沙悟浄が美猿王に向かって言葉を放ったが、丁が美猿王の右腕を斬り落とした。


ブシャアアア!!


「李から離れろ。」


「ゴホッ、ゴホッ!!頭…。」


丁は咳き込む李を庇うように前に立った。


「美猿王!?う、腕、腕が!!」


「何を慌てている。」


「慌てるだろ!?腕が切り落とされたんだぞ!?」


「俺が不死身の体だと知っているだろ。」


「あ…。」


シュルルルッ…。


沙悟浄がそう言っうと、地面に落ちた大量の血が集まり美猿王の右腕に集まった。


斬り落とされた腕が浮き上がり、集まった血が何本もの糸のように細くなり、斬り落とされた部分に巻き付いた。


グチュッ、グチュッ。


音を立てながら、斬られた右腕がくっ付いて行く。


「再生…したのか?」


「俺は何をしても死なねー。」


美猿王はジッと、丁達を見つめた。


「お前等が牛魔王の配下なら、俺は殺すだけだ。」


「本気で言ってるのか?美猿王。」


「何が言いたい、沙悟浄。」


「丁達は操られてるだけかもしれないだろ?殺す必要があるのか。」


沙悟浄がそう言うと、美猿王の周りに再び黒炎が燃え上がった。


「俺に楯突く奴は殺すだけだ。それが例え、俺を慕

っていた奴でもだ。牛魔王側の奴等は1人残らず殺す。」


美猿王は沙悟浄を睨み付けた。


「ゔっ!!」


「「頭!!」」


頭を押さえながら丁が地面に膝を付いた。


李と胡は慌てて、丁の側に駆け寄る。


「丁の様子がおかしい?やっぱり、操られてるだけだ、美猿王!!」


「なら、楽にしてやろう。」


沙悟浄の言葉を聞かずに、美猿王は手を広げた。


「やめろ!!美猿王。」


スッ。


沙悟浄は鏡花水月の刃を美猿王に向けた。


「どう言うつもりだ。」


「やめろ、美猿王。悟空の身内を殺させる訳にはいかない。」


「それは俺も入るだろ、何を言ってるか分からんな。」


「俺だって、自分が何を言ってるのか分かってない。だけど、俺は悟空の仲間であって美猿王の仲間じゃねぇ。」


「ほう。だから、俺の言う事は聞かないと言う事か。」


ゴォォォォォォォ。


美猿王がそう言うと、黒炎が勢いよく燃え始めた。


「どう言う事だ?お前は、美猿王の仲間じゃないのか?」


胡は沙悟浄の行動を見て驚いていた。


丁の額には尋常じゃない冷汗が流れていて、顔色も真っ青だった。


「まとめて消し炭にしてやる。燃やせ、黒炎。」


ゴォォォォォォォ!!


黒炎が丁達の方に向かって、放たれた。


「やめろって!!」


キィィィン!!


ゴォォォォォォォ!!


沙悟浄は丁達の前に出て黒炎を受け止めた。


「くっ、なんて威力だっ。」


「ガルルル…。」


「ガルルル…、ガルルル。」


黒炎の中にいた獣達が、沙悟浄の前に顔を出し唸り声を上げた。


「はぁ…、はぁ…。」


「頭!!無理しないで下さい!!」


立ちあがろうとする丁を李は止めるが、丁は李の手を払い鎌を手に取った。


タタタタタタタッ!!


丁は岩の壁を走り、美猿王の背後を取ろうとした。


「ワァオオオオン!!」


黒炎の獣が丁を追い掛ける。


ザク!!


シャッ!!


「ガルルル…ッ!!!」


丁の攻撃を避けた黒炎の獣は、体勢を変えながら丁に噛み付く。


ガブッ!!


「頭ぁあぁぁぁぁ!!この野郎おおおおおお!!」


「待て!!李!!」


噛み付かれた丁の姿を見た李は、美猿王に向かって鎌を振り下ろす。


「まずはお前からか、李。」


バッ!!


美猿王は李に向かって、手のひらを向けた。


「この外道がぁぁあぁぁぁぁ!!高!!」


「ガルルル!!!」


胡と高は李を助ける為、美猿王の左右から攻撃をした。


キィィィン!!


右側から来た胡の鎌の刃を右手の指で止め、左側から来た高の顔を左手で掴み、右足の靴の裏で李の鎌の刃を止めた。


「「「っ!?」」」


「3人の攻撃を止めたのか!?」


沙悟浄は美猿王の行動を見て驚いた。


サッ!!


黒炎の獣に噛まれたまま、丁は美猿王の頭上から鎌の刃を振り下ろした。


ドゴォォォーン!!


「炎舞。」


ゴォォォォォォォ!!!


美猿王がそう呟くと、黒炎が燃えたぎった。


「うわぁぁあぁあ!!」


「ぐっ!!」


吹き飛ばされた李達は、大きな岩にぶつかった。


ドゴォォォーン!!


「今度はこちらからだな。」


ビュンッ!!


美猿王は丁のいる方向に高く飛び、丁の顔を掴み地面に叩き付けた。


「ガハッ!!」


「猿だった頃よりは良かったんじゃないか?丁。す

ぐにあの世に送ってやる。」


「…か。」


「あ?」


「若…。」


丁は意識のないまま「若。」と呟いた。


その言葉を聞いた美猿王は、頭を押さえた。



孫悟空ー


ポチャン…。


水滴が頬に落ちた。


目を開けると、目の前には真っ赤な彼岸花が咲いていた。


ガチャッ。


両手には鉄の手錠がされていて、引っ張っても壊れそうにない。


「ここは…、どこだ。」


俺は闘技場にいた筈だ。


美猿王が俺の体を乗っ取ってる状態なのか?


ポチャン…。


水…。


浅い川の中から動けそうにない。


川の水面には、沙悟浄の姿と丁の姿が見えた。


「美猿王が、丁達と戦ってんのか?」


だけど、丁の様子がおかしい…。


頭を押さえて、苦しんでいる。


牛魔王と毘沙門天に丁達は体以外にも、何かされたのか?


「若…。」


「っ!?」


今、若…って言ったのか?


俺は昔、丁に違う呼び方で呼べと言った事があった。




「別の呼び方は出来ないのか、お前等は。」


俺の後ろを歩く丁達に、振り返り言葉を放った。


「え?別の呼び方…ですか?」


「俺はお前等の大将だろ?だったら、それらしい名前で呼んだ方が良いだろ。」


「た、確かに…。」


丁はそう言って、暫く考え込んだ。


「あ!!"若"って、どうですか?」


そう言ったのは、胡だった。


「若ぁ?」


「この間、本で読んだんだ。大将を他に、若と呼ぶ事もあるって。どうですか!?美猿王。」


李の問いに答えた胡は、俺に尋ねて来た。


「いんじゃね?それで。」


「ありがとうございます!!」


俺の言葉を聞いた胡は、パァァと表情を明るくした。


「美猿王…いや、若。俺達は一生、若に付いて来ます。」


「ふん、勝手にしろ。」


そう言って、俺は赤くなった顔を隠す為に歩き出した。



「丁…、俺の事を忘れていないのか?李、胡、高、お前等もそうなのか?」


「許すのか、悟空。」


そう言って、現れたのは雷龍だった。


「許すって、丁達の事か。」


「彼奴等は、悟空に関しての記憶を封じられておる。毘沙門天の仕業だ。」


「そんな事が分かるのか、雷龍。」


「我は伊邪那美命の神力で、作られた存在じゃ。丁とやらの脳に神力を使った封印の刻印が見えた。」


「封印を解くにはどうしたら良いんだ。」


「丁等にお前と言う存在を、再び強くさせる事だ。」


俺の存在を…、強く…。


「封じられたとはいえ、俺を裏切ったんだぜ?悟空。」


俺の目の前に美猿王が立っていた。


「俺を裏切った僕(シモベ)は殺す。牛魔王側の人間は1人残らず殺す。そうだろ?」


「牛魔王を殺すのは、変わらねぇ。牛魔王の仲間もそうだ。だけど、丁は俺の事を呼んだ。」


「ほう?」


「お前じゃなく、俺を呼んだんだ。俺は丁達を許す。」


「情けか。」


「許してやるのも王の務めだ。」


そう言って、俺は美猿王を睨み付けた。


スッと立ち上がり、鉄の手錠に繋がった鎖を壊した。


パリーンッ!!


「退け、お前は寝てろ。」


ドンッ。


美猿王の体を強く押した。



ゴォォォォォォォ!!


視界が黒炎の炎に覆い尽くされた。


俺の体が黒炎に焼き尽くされているのか?


美猿王の野郎…、俺に戻るのを阻止しようとしたのか。


俺は如意棒を掴み、黒炎を振り払った。


ブンッ!!


「っ!?悟空!!」


黒炎の中から現れた俺を見て沙悟浄は叫んだ。


丁はヨロヨロしながら鎌を掴んだ。


「丁、お前は迷ってんじゃねーのか。」


「っ、何を言ってるんだ。」


「本当の王はどっちなのかって、そうだろ?」


「ゔっ、五月蝿い!!僕達の王は牛魔王様だっ!!」


丁はそう言って、鎌を振り回した。


「頭!!ゔっ!?」


「あ、たまが割れそうだ…。」


「ゔゔ…。」


李達は頭を押さえがら地面に座り込んだ。


「悟空!!大丈夫なのか?」


「あぁ、平気だ。」


「美猿王はどうなったんだ?」


「寝かせた。丁が俺の事を呼んだからだ。」


「殺すのか?」


「殺されねぇ、雷龍。」


沙悟浄の問いに答えた俺は雷龍を呼び出した。


バチ、パチパチバチ…。


電流を放ちながら雷龍が現れた。


「雷龍!?」


「丁達の封印を解く。」


そう言うと、雷龍は黙って頷くと沙悟浄も口を開いた。


「俺もいるからな、悟空。」


「あぁ、当然、お前にも手伝ってもらう。」


「忘れてないなら、良い。」


沙悟浄は鏡花水月を構え直した。


丁は頭を押さえながら、俺達に向かって来た。


如意棒を振り、体勢を整えた。


「お前達の王はどっちなのか、思い出させてやるよ。」



パキッ…。

飛龍隊を覆う氷に小さなヒビが入った。


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