鳴神と美猿王の間に不穏な空気が流れた。
カチャッ。
丁と黒い鎧の飛龍隊が一斉に、お互いに向かって武器を向けた。
丁は鎌を構え、雲嵐は巨大な剣を抜いた。
「お前等、3人で俺達を相手する気か。」
「貴方達こそ、美猿王に向けた刃を下げて頂きたい。」
丁と雲嵐の2人は、一歩も引かない様子だった。
シュッ!!
美猿王に向かって、矢が放たれた。
矢を放ったのは、飛龍隊の弓兵の1人だった。
グシャ!!
ボトッ…。
弓兵の男の首が飛び、血が吹き出した。
「な、な、なな!?」
「おい!?しっかりしろ!!」
飛龍隊の兵士達が騒付き、状況が飲み込めていなかった。
それは三蔵達も同じであった。
「何が一体、どうなったんだ…?赤い何かが、首を吹き飛ばしたような…。」
「一瞬過ぎて、分からなかったな。だが、美猿王が何しか事には変わりない。」
三蔵の言葉に羅刹天が賛同した。
「いかんいかん。」
美猿王がそう言うと、指先から血が出ていた。
その血液はウヨウヨと動いていて、刃物のように鋭く長くなっていた。
「思わず殺してしまった。」
「貴様!!!」
「おっと、動かない方が身の為だ。毘沙門天、貴様等もだ。」
美猿王は大声を上げた雲嵐の動きを言葉で止めた。
ポタッ…。
ポタッ…。
何かが滴る音がした。
シャキンッ!!
赤い血液の刃が毘沙門天達は愚か、天邪鬼や丁達以外の首元に刃を立てていた。
血液の刃は彼方此方(あちらこちら)に張り巡らされ、三蔵達や毘沙門天達は身動きが取れなかった。
「美猿王め、ここまで力を出せる状態なのか。」
「あ?」
シャキシャキシャキシャキ!!
「なっ!?」
パサッ…。
血液の刃が毘沙門天の長い髪を斬り刻む。
ブシャッ!!
毘沙門天の肩から血が噴き出す。
「毘沙門天!?この猿が、妾の夫の体を傷付けるとは何事だ!?」
「王、この女の体…。人間だ!!ねぇ、食べて良い!?」
ブンッ!!
天は興奮しながら中華包丁を吉祥天に振り下ろした。
ブシャッ!!
吉祥天の肩に中華包丁が練り込んだ。
「あがぁぁぁぁぁ!!」
「あははは!!!痛い?ねぇ、痛い?」
叫ぶ吉祥天を見た天は、頬を赤らめ興奮気味に話した。
「天。」
「はぁい。」
美猿王の言葉を聞いた天は、吉祥天から距離を取り美猿王の腕を取った。
「自分の腕を引き裂いて血を出し、張り巡らせていたか。」
「正解、やろうと思えば出来るものだな。血統術(ケットウジュツ)。」
「血統術だと?!」
鳴神は美猿王の言葉を聞いて驚いた。
*血統術 自分の血液を武器に変換、又は自由に操れる。しかし、神の領域に渡った者しか扱えない禁術である。会得するには、数百万年掛かると言われている。*
「俺はお前の息子だかなぁ、神の血がこの体にも半分は流れている。だから、血統術を使えた。それだけだ。」
ビュン!!
キンッ!!
鳴神の槍を邪が爪を長くし、受け止めた。
「コイツ!?目が見えてないくせに、何て速さだ!?」
「目なんか無くても戦えますよ、こうやってね。」
ビュン!!
邪はそう言って、飛龍隊を次々に薙ぎ倒して行く。
パァァアン!!
銃弾の発砲音が波月洞に響き渡る。
だが、放たれた銃弾は美猿王が指で摘んでいた。
「お前か、俺に銃を放ったのは。」
美猿王は静かに三蔵を見下ろした。
源蔵三蔵 二十歳
無意識に霊魂銃を構えて、美猿王に向かって発砲していた。
「王、コイツ殺す。」
スッ。
天は怖い顔をして中華包丁を構えた。
「如来!!」
「ッチ!!」
観音菩薩の声を聞いた如来は、一瞬で俺の前まで移動した。
キィィィン!!
如来に向かって来たのは、邪だった。
「クッソ、どんな爪してんだよっ。」
「刀が震えてますよ。」
キィィィン!!!
ゴォォォォォォォ!!!
「燃えろ、妖!!!」
ヒノカグツチが邪に向かって、炎を放とうとした瞬間だった。
サクッ!!!
ヒノカグツチの頭が宙に浮き、白い煙がたった。
「お前か、丁。」
「美猿王の命令は絶対です。だから、排除します。」
「この野郎、良い度胸じゃねーかよ。」
宙に舞いながら丁は体制を整のえ、鳴神に向かって鎌を振り下ろした。
キィィィン!!
「おうおう、威勢が良いじゃねーかよ!!」
「っ!!」
キィィィン!!
鳴神は軽々と丁の事を投げ飛ばす。
「吉祥天、早くここを離れましょう。牛魔王もいつの間にかいませんし、ここに長居する必要はありません。」
「クソクソクソクソクソ!!殺してやりたい、今すぐに!!」
「まずは貴方の体の傷を治した方が良い。哪吒達、行きますよ。」
毘沙門天がそう言うと、時空に大きな歪みが出来た。
「雲嵐!!毘沙門天達を行かせんな!!」
「御意!!」
ビュン!!
雲嵐達は一斉に毘沙門天の元に向かったが、時空が閉じる方が早かった。
「一度、試してみるか。」
グイッ。
美猿王は鳴神の槍を掴み、腕輪をしている腕を斬り落とした。
グシャ!!
「なっ!?」
自分で腕を落とした!?
「何してんだ、テメェ!!」
ガシッ!!
鳴神は怒りの表情のまま、美猿王の胸ぐらを掴ん
だ。
「やはり、腕を斬り落としても外れぬか。腕が再生すると共に、腕輪も付いて来るのか。ここには用はないな。」
パシッ!!
美猿王は鳴神の腕を払い除け、俺の方に視線を向けた。
「美猿王、まさか三蔵の元から離れる気か?」
「お前は観音菩薩か。よく見たら、如来も居たのか。あの裁判の時にいた神々共が、下界にいるのか。おかしなものだなぁ、観音菩薩。」
「ハハッ、参ったな。僕は鳴神の封印を解き、飛龍隊を復活させる事が目的だったからな。経文も取り戻せたしね。」
観音菩薩と美猿王は淡々と話をする。
「お前如きが俺に意見するなよ、観音菩薩や。」
美猿王の言葉を聞いた如来が、眉間に皺を寄せ刀を構えた。
「だけどね、美猿王。三蔵達と経文を集めると言う約束で、君は檻から出られたんだ。これは契約違反だよ。」
「違反?妖との約束事を信じていたのか。だがな、俺は俺の好きなようにする。」
パチンッ。
美猿王はそう言って、指を鳴らした。
ゴゴゴゴゴゴゴッ!!!
ドゴドゴドゴーン!!!
上から小さな岩の破片がパラパラと落ち、現れたのは巨大な朧車(オボログルマ)だった。
*朧車 昭和・平成以降の妖怪関連の文献においては、朧車とは車争いに敗れた貴族の遺恨が妖怪と化したものであり、京都の加茂(現・木津川市)の大路で、朧夜に車の軋る音を耳にした人が家の外に飛び出して見ると、異形の妖怪・朧車がそこにいた、と解釈されている。*
「美猿王、お待ちしておりました。」
朧車はそう言って、美猿王に頭を下げていた。
「あぁ、ご苦労。お前等、行くぞ。」
「待てよ!!本当に行くのかよ、悟空!!!」
いつの間にか血の刃が無くなっていたので、俺は美猿王に近付いた。
キィィィン。
「っ!?」
丁達が武器を構えて、俺を取り囲んだ。
「何してんだよ、丁!?武器を下げろよ。」
「僕達は貴方達の仲間じゃない。美猿王のモノだ。」
「そう言う事だ、沙悟浄。悪く思うなよ、それと小僧。悟空はな、寝ている。お前の声は届かぬ。」
眠っている?
どう言う事なんだよ。
「お前が、悟空に何かしたんだろ!!悟空を解放しろ!!」
「あははは!!人間とは、愚かな存在だな。力では叶わぬから叫ぶか。生き様を晒しているな、小僧。良いではないか、人間道を進むが良い。」
美猿王はそう言って、朧車に乗り込んだ。
妖怪天邪鬼、丁達も美猿王に続いて朧車に乗り込む。
「待ちやがれ、糞野郎が!!」
「鳴神よ、自分の息子の旅路を邪魔しないでおくれよ。」
フゥ…。
煙管を吸い、煙を吐きながら鳴神に問い掛ける。
ブンッ!!
鳴神が槍を思いっ切り投げ飛ばしたが、美猿王が人差し指を立て大きく息を吸った。
「まずい!!皆、どこかに隠れろ!!大きな岩の後ろにだ!!!」
観音菩薩は俺達に向かって、叫んだ。
沙悟浄に手を引かれ、俺達は大きな岩の後ろに隠れた。
お師匠達や観音菩薩達、鳴神一行も身を潜めた瞬間だった。
「活!!」
美猿王が大きな声を出すと、巨大な超音波が放たれ波月洞全体を揺らした。
ドゴドゴドゴーン!!!
大きな揺れに耐えるのが精一杯だった。
「じゃーな、小僧。」
美猿王はそう言うと、朧車が上に登り始めた。
「ま、待ってよっ。待てよ!!!」
俺は美猿王が乗っている朧車に向かって、手を伸ばした。
ゴゴゴゴゴゴゴッ!!!
「おいおいおい!?嘘だろっ!?」
猪八戒が上を見ながら、大きな声を出した。
上を見上げると、巨大な岩が落下して来ていた。
「これはっ、やばいだろ!!?」
「美猿王の野郎が、落として行きやがったか。仕方ねぇな。」
俺の言葉を聞いた羅刹天は刀を構えた。
「まさか、あれを斬るのか!?」
「俺に斬れねぇ、物はねー!!!」
羅刹天は叫びながら、巨大な岩に向かって飛び跳ねた。
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