西遊記龍華伝

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百はな
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第伍章 美猿王と悟空、2人の王

人参果と流行り病 壱

公開日時: 2023年2月10日(金) 20:11
文字数:6,469

羅刹天(ラセツテン)の屋敷を出た三蔵一行(サンゾウイッコウ)は、未だに道中を歩いていた。


季節は肌寒い冬に入り準備を済ませた頃だった。    


「あーっ、ざみぃ…。」


三蔵は鼻を赤くし、ブルブルと震えながら呟いた。


三蔵の吐かれた白い息が空へと消えて行く。


十九歳だった三蔵も二十歳になった。


「まぁ、最初の小さな町を出てから大分経つしなー。そろそろ、宿とかで休みたい所だけど…。」


猪八戒(チョッハッカイ)はそう言って、悴(カジカ)んだ手を自分の息で温めた。


「そろそろ風呂に入りてぇ。冬だから良いけど、夏だったら臭せーぞ。」


悟空(ゴクウ)は髪を弄りながら呟く。


「じゃあ、川の中で洗って来るか?寒い中。」


沙悟浄(サゴジョウ)は近くに流れている川を指差し、悟空に尋ねた。


「絶対ヤダ。」


「じゃあ、我慢な。」


「ッチ。」


「それにしてもさー。この辺、妖多過ぎねぇ?」


悟空と沙悟浄が話してる間に猪八戒が言葉を投げ掛けた。


「この辺って言うか…。小さな町を出てからじゃね?」


「明らかに俺達を狙って来てんのは分かるけど、何でだ?羅刹天の屋敷を出た辺りからじゃない?」


沙悟浄はそう言うと、手のひらから鏡花水月(キョウカスイゲツ)を取り出した。


鏡花水月と言うのは、沙悟浄の武器である刀の事だ。


いち早く妖気を察した沙悟浄は武器を取り出したのだった。


悟空も小さくしていた如意棒を長く伸ばす。


猪八戒も手のひらから紫色の銃、紫洸(ムラサキコウ)を2つ取り出した。


「全然、休憩してないのになぁ…。」


三蔵は嫌々、霊魂銃(レイコンジュウ)を取り出した。


ドドドドドド!!!


大勢の足音が響き渡る。


「居たぞ!!三蔵一行だ!!」


現れた1人の妖怪が三蔵達の姿を見て叫んだ。


「寄ってたかって鬱陶しい…。何だよ。」


悟空はそう言って、妖怪達を睨み付けた。


「お前等に用はねーんだよ!」


「俺達はその坊さんに用があるんだ!!」


妖怪達の言葉を聞いた悟空達は三蔵に目を向けた。


「お、俺?!な、何で?」


三蔵はポカーンッとした顔で妖怪達に尋ねた。


「妖怪達の間で噂になってんだよ。」


「源蔵三蔵(ゲンゾウサンゾウ)を食べれば長寿を得れるってな!!」


その言葉を聞いた悟空は呆れた様子で口を開いた。


「はぁ?お前等、長生きしたい訳?」


「当たり前だろ!!」


「死にたい奴なんかいねーだろ?!」


「へー。」


「さっきから何なんだよお前は!!」


「お前からぶっ殺すぞ!!」


悟空の態度に苛ついた妖達が、悟空に向かって来た。


「ただ、戦うのもつまんねーし。何人殺(ヤ)れるか勝負しね?」


如意棒を構えた悟空は三蔵達に提案をした。


「暇潰しにはいんじゃない?」


紫洸を構えた猪八戒はニヤニヤしながら答えた。


「じゃあ、少なかった奴が次の町の酒代奢るって事で。」


三蔵の言葉を聞いた悟空達は「乗った!!」と叫んだ。


その言葉を聞いた三蔵は霊魂銃の引き金を引いた。


パァァアン!!



数分後ー


三蔵達の足元には沢山の妖怪達が倒れていた。


数分の間に沢山いた妖怪達を倒してしまったのだった。


「お前の負けな猪八戒。」


沙悟浄はニヤッと笑いながら猪八戒を指差した。


「しゃーねーな…。」


「ゔゔ…。」


猪八戒の近くに転がっていた犬の顔をした妖が唸り声を上げた。


「どうせ…、他にもお前等を狙って来る奴はいー。」


「あ、みっけ。」


パァァアン!!


猪八戒はそう言って、紫洸の引き金を引いた。


「あちゃー、これで引き分けになっちゃったなー。」


三蔵は指で頬を掻きながら呟いた。


「だけど、負けたのはお前なんだから払えよ猪八戒。」


「横暴過ぎません?!悟空さん?!」


「はいはい。俺が奢ってやるから…。」


悟空と猪八戒を宥めるように沙悟浄が間に入った。


「「ご馳走になりまーす。」」


悟空と猪八戒はニヤニヤしながら沙悟浄にお礼を言った。


「お前等、ワザとだろ。まぁ、それよりも妖達の狙いが三蔵だったとわな。」


沙悟浄は話をすぐに変えた。


「俺を食べたら長寿するって噂を聞いた奴等が群がって来てるって事?何でまた…。誰がそんな事を言い出したんだか。」


三蔵は呆れた声を出した。


「誰が噂を流したかが問題じゃねーよ。お前が狙われてんのが問題だろ。警戒はしとけよ。」


悟空はそう言って、フードを深く被った。


「ま、今までも何とかなったんだし。何とかなるだろ。さ、行こうぜ。」


三蔵が言葉を放った瞬間、再び足音が聞こえて来た。


「おいおい、嘘だろ?今さっき戦ったばっかなんだけど…。」


猪八戒は呟いた後、再び紫洸を取り出した。


「どんだけ狙われてんだよ、お前。」


「知らないよ!!そんな事!!」


「ほらほら、さっさと構えるぞ?」


三蔵と悟空が言い合いをしている間に沙悟浄が入り仲裁をした。


「居たぞおおおおおお!!!」


「源蔵三蔵は俺が食う!!!」


「ギャハハハハハハ!!!」


妖怪達は笑いながら三蔵達に飛び掛かった。


三蔵は札をばら撒き指を素早く動かし、口を開けた。


「オン・デイバヤキシャ・バンダンバンダ・カカカカ・ソワカ。」


*縛魔術*


そう言って、三蔵は指を横にスライドさせた。


すると、ばら撒かれた札から水色の鎖が現れ妖達の体を拘束した。


キィィィン!!


「な、何だよこれ!!」


「く、くそっ!!体が動かせねぇっ!!」


鎖に捕まった妖達は動こうとするが、鎖が更に体に食い込んで行った。


「悪いけど。お前等に殺される程、弱くないでね。」


三蔵がそう呟やくと、拘束されている妖達の背後を悟空達が既に取っていた。


悟空達の気配に気が付いた妖怪達が振り返ろうと、首を動かそうとした。


グシャッ!!


パァァアン!!


ザクッ!!


振り返える前に悟空達は妖達を倒して行った。


三蔵達のマントは血だらけになり、ベージュ色だったマントが真っ赤に染まった。


「うげぇぇ…。返り血でベトベト…。」


猪八戒はそう言って、髪に付着した血を触って言葉を放った。


「本格的に宿を探そうか…っても、この辺は田んぼと山しかないけど…。」


三蔵は周辺を見渡しながら言葉を放った。


「これは、本当に川に入らないといけなくなるんじゃ…。」


「無理。絶対に無理。」


沙悟浄の言葉を遮ったのは悟空だった。


そんな時だった。


「あ、貴方は!!!」


三蔵達に声を掛けて来たのは坊主頭の少年だった。


「貴方は、三蔵様ですか?」


オレンジ色の長袖の増衣を着ている事に気が付いた三蔵は、少年の問いに応えた。


「あぁ、俺が源蔵三蔵だ。君はどこかの寺の子?」


三蔵の言葉を聞いた悟空達は、顔を隠すようにフードを深く被った。


「はい!!私は三蔵様を探していたのです!!」


「俺を?何でまた…。」


「私のお師匠が、三蔵様達がここを通ると噂で聞いたそうで…。私は三蔵様を寺に案内するようにと言われました。その血は…?」


少年は三蔵のマントに付着している血を見て驚いていた。


「これは返り血だ。さっきまで妖怪を退治していてな。」


「あ、そうだったんですね!!この辺りに妖が増えて我々も困っておりました。さ、寺へご案内します。お連れ様も血を流して下さい。」


「あ、助かりますー。」


少年に向かって、猪八戒は微笑み掛けた。


悟空と沙悟浄はスッと妖気を消せれる飴玉を口に放り込んだ。


羅刹天が屋敷を出る前に何個か持たせてくれていたのだった。


「この辺に寺なんかあるのか?」


三蔵はそう言って、猪八戒を背に隠した。


その瞬間に猪八戒も飴玉を口に放り込む。


「はい。この先に万寿山(マンジュウサン)と言う山があります。万寿山の中に寺はあります。」


少年はそう言って、目の前にある大きな山を指差した。


山の入り口に近付くと、大きな鳥居には結界札がいくつか貼られていた。


「鳥居には妖達が入って来れないように結界を貼っていますからご安心下さい。」


「成る程、だから妖達はこの山には近寄らなかったのか。」


「はい。この辺にいる妖達は下級妖怪ですから、結界に負けてしまいます。ただ、上級妖怪達には破られてしまう恐れはあります。」


「あんまり強力な結果じゃねーなら、安心は出来ねーな。」


三蔵はそう言って、後ろにいる悟空達にスッと札を渡した。


その札は"透(トウ)"と言う札で、一時的だが姿を透明に出来る札だった。


結果の話をしてる間に悟空達に体に貼るように指で指示をした。


悟空達は札を受け取り自分の体に貼り付けた。


「少し登りますが、宜しいですか?」


「あぁ、別に構わないよ。」


「ありがとうございます!!ご案内しますね!!」


三蔵達は万寿山へと足を踏み入れた。



万寿山 五荘観(ゴソウカン)



「「「三蔵様!!ようこそいらっしゃいました!!」」


木々に囲まれた寺に着くと、坊主頭をした少年達が三蔵に群がった。


「おいおい、大人気だな三蔵。」


その様子を見た沙悟浄が三蔵に声を掛けた。


「若くして源蔵三蔵の名を持ち、数々の妖を退治して来た三蔵様に会えるなんて…っ。」


「感激です!!」


「是非、お話しを聞かせて下さい!!」


「落ち着きなさい!まずは、お風呂にご案内するの

が先でしょう?!」


三蔵を巡って口論が始まってしまった中、寺まで案内してくれた少年がお風呂場に案内した。


「ここがお風呂場です。お湯は既に張ってありますから、ごゆっくり血を流して来て下さい。」


「わざわざ悪いな。助かる。」


三蔵の言葉を聞いた少年はパッと表情が明るくなった。


「い、いえ!!私は食事の支度をしますから、失礼します!!」


パタンッ。


「行ったか…。はぁぁぁあ…。」


猪八戒はそう言って、大きく息を吐いた。


「そう言えば、悟空と猪八戒ずっと黙ってたな。」


「ここは空気が悪過ぎんだよ。息苦しくて仕方ねぇ。」


三蔵の問いに応えながら服を脱ぎ始めた。


「あぁ…、成る程。とにかく風呂に入ろ。」


服を脱いだ三蔵達は、体に付いた血や汚れを洗い流してから湯船に入った。


ザバァァァァン。


「あー、極楽、極楽。」


「久々に風呂に入れたー。気持ち良い…。」


「俺達しか風呂場にいないからのんびり出来るな。」


悟空達が話しているのを三蔵は黙って見ていた。


見た目は同じ人間なのに、体に入っている入れ墨を見ると妖なんだと実感していた。


悟空の体に入っている赤色のトライバルの入れ墨は不老不死の術を受けている証になる。


猪八戒の蓮の花の入れ墨も、沙悟浄の水龍の入れ墨もそれぞれの妖である証になっている。


三蔵は頸(ウナジ)に太陽のマークの入れ墨が彫られている。


「それにしても、羅刹天がくれた飴って本当に凄いな。全然バレてなくない?」


猪八戒はそう言いながら髪の毛を掻き分けた。


「あんまり数がねーんだから、必要な時だけしか使えねーけどな。効力は2、3日だろ?」


悟空は濡れた髪を全て後ろに流し、湯船の湯を掬(スク)い自分の顔を洗った。


「あー、あんまり滞在は出来ないね。」


「俺達の目的は経文を集める事だ。毘沙門天(ビシャモンテン)達よりも先に見つけないと。これからの事

を話し合うか。」


猪八戒の言葉を聞いた沙悟浄は、三蔵に視線を送る。


「経文があるのはこの先にある町だったよな。妖怪達も活発になってるみたいだし…。」


「俺の技を使って行くしかねぇな。」


「あ!あの雲?良いんじゃない?」


猪八戒はそう言って、手を叩いた。


「何日も使えるのか?」


沙悟浄は言葉を吐きながら悟空に視線を送った。


「使えると言えば、使えるがかなり疲れるんだ。町に着いたら休ませて貰うけど。」


「悪いな悟空。俺の所為で…。」


バシャ!!


三蔵の少し落ち込んだ顔を見た悟空が、三蔵の顔に向かって湯船の湯を掛けた。


「うわぁ!!な、何すんの?!」


「辛気臭せー顔してんじゃねーよ。」


「悟空…。」


「キラキラした目で見るな!!!」


「ほらほら、そろそろ出ないとまずいだろ?早く出るぞ。」


沙悟浄の声掛けと共に、三蔵達は風呂場を出た。


悟空は手の甲にも赤いトライバルが入ってる為、素早く腕に包帯を巻いた。


用意されていた服に着替え脱衣所を出ると、先ほどの少年が待っていた。


「三蔵様!!お付きの方もごゆっくり出来ました?」


「あぁ、ありがとう。服も洗濯してくれたのか?」


「はい!汚れていましたので。さ!細やかですがお食事のご用意が出来ました。それと、お師匠様もお待ちです。」


三蔵達は少年に連れられ、広間へと向かった。



源蔵三蔵 二十歳


「お師匠様!!三蔵様をお連れしました!!」


少年がそう言うと、坊主頭の爺さんが立ち上がった。


「三蔵様、初めてまして。私は鎮元(チンゲン)と申します。」


「鎮元仙人(センニン)。我々を滞在させて頂き感謝してます。」


「いえいえ、とんでもない!三蔵様達がここを通ると噂で聞きまして、是非お会いしたいと思っておりました。お付きの方もごゆっくりして行って下さい。」


この爺さん、感じの良い人だな。


テーブルに置かれた料理は野菜と米だけの料理でご馳走とは呼べない物だった。


悟空達は食べなくても平気だが、俺は…。


足りない。


申し訳ないが。


「三蔵様、こちらへ。お渡ししたい物があるんです。」


「渡したい物?」


「はい。アレを持って来なさい。」


爺さんは近くにいた少年に指示をした。


戻って来た少年の手には赤ん坊が2人腕の中にいた。


「あ、赤ちゃん?」


猪八戒が赤ん坊を見て言葉を放った。


「あははは!!違いますよ。これは人参果(ニンジンカ)と言って、3000年に一度だけ30個収穫できる人参果なんです。私の寺にはその人参果が取れる木があるんです。」


「そうなんですか?だ、だけど、赤ん坊の形をしているんですか?本物の赤ん坊にしか見えないんですが…。」


俺が呟くと、悟空が耳打ちした。


「それ、4万7千年も生きれる果実だ。手に渡された絶対に落とすなよ。」


「な、何で?」


「勘。」


「勘かよ。」


悟空は何で、人参果の事を知ってんだよ…。


それに勘って。


「是非、三蔵様にお渡ししたいと!!」


爺さんはそう言って、人参果を渡して来た。


う、うわぁ…。

これ、赤ちゃんだよ。


赤ちゃんそのままなんだよー。


食べれる訳ないだろー!!


「それと、三蔵様の耳に入れておきたい話があります。」


「話?」


「はい。ここ2、3日前から病と言っていのか分からないのですが…。近くの町で生きたまま骨になると言う病が流行っているのです。」


「骨…?どう言う事ですか?」


生きたまま骨になる?


意味が分からない。


どう言う事?


「普通の病とは違うみたいで、体の節々が骨になりやがては全身が骨になるみたいなんです。私としても初めて見る病ですので、情報があまりないのですよ。」


「体が骨になってる奴は俺達は見てない。病じゃないんじゃねーのそれ。」


爺さんの話を聞いた悟空が言葉を放った。


それは俺も思っていた。


もしかしたら…、これは病気ではなく…。


「はい。お付きの方が言った通り、これは妖の仕業だと思います。」


「やっぱり…。呪いの一種のような物と言う事か。」


「我々も町の住民に助けを求められるのですが、何しろかなり強力な呪いでして…。術者の妖を退治しない限りはなんとも…。」


妖の動きが活発になってる。


どうなってるんだ…?



一方、その頃ー


鎮江市(チンコウシ)  金山寺


「た、大変です!!法明和尚お師匠!!」


長い廊下を水元(スイゲン)は冷や汗を掻きながら走っていた。


「何だよ、水元。」


短かった髪が少し伸びた法明和尚が襖を開け顔を覗かせた。


法明和尚とは、川に流された赤ん坊だった三蔵を助け、大きくなるまで育てた方だ。


「お、お師匠。い、いま。」


何かの気配を察知した法明和尚が霊魂銃を持ち立ち上がった。


「入り口にいんだな。」


「は、はい。法明和尚お師匠に会いたいと…。」


「俺に?」


「はい…。」


法明和尚と水元は寺の入り口に向かった。


寺の入り口に到着すると、法明和尚の弟子達が集ま

っていた。


「法明和尚お師匠!!」


法明和尚は弟子達を掻き分けた。


そこにいたのは、薄い青色の肌をした黒髪短髪の男だった。


「鱗青(リンセイ)って言ったか、お前?江流(コウリュウ)が読んでいた本に載ってた妖だろ。」


江流と言うのは三蔵の本当の名前である。


「アンタ、1番腕が良い坊さんだろ?!」


「牛魔王(ギュウマオウ)の仲間が何の用だ。」

法明和尚はそう言って、霊魂を向けた。


すると、鱗青が法明和尚に向かって頭を下げた。


「頼む!!アイツに掛かった呪いを解いてくれ!!」


その声は、寺中に響いた。


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