孫悟空ー
真っ暗の中、体が吸い込まれ、何処かに飛ばされている途中だった。
どれだけもがいても、状況は変わらなかった。
「どうしたものか…。」
「悟空!!!」
ガブッ!!
聞き覚えのある声と同時に、何かが腕に噛み付いた。
視線を向けると、そこには雷龍(ライリュウ)が現れていた。
「雷龍!?お前、いつの間に?」
「我を離すな。」
「は、は?どう言う事だよ!?」
「今の状況を簡潔に説明する。我々は、誰かの記憶の世界に引き込まれている。」
雷龍は、本当に簡潔に説明をした。
誰かの記憶?
ふと、脳裏に泣いている子供の姿が過ぎった。
「身に覚えがあるのか?」
「あぁ、俺の頭の中に入って来るガキがいる。」
「成る程。もしや、悟空に助けを求めているのかもしれんな。」
牛魔王が俺に助けて欲しいのか?
爺さんを殺し、俺を落としたアイツが?
俺には、牛魔王を助けてやる義理なんか無い。
寧ろ、憎んでる。
殺してやりたい相手を何故、助けてやらないといけない。
そう思っていると、一筋の光が俺達を照らした。
「ゔっ。」
あまりの眩しいさに手で光を遮断した。
ガヤガヤガヤガヤ…。
目を開けると、俺達は町中に立っていた。
人々が行き交う、騒がしくも華やかな町が伺えた。
「ここはどこだ?」
「どこかの町のようだが…。」
雷龍はそう言って、辺りを見渡した。
「さぁ、さぁ!!よってらっしゃい!!今朝採れたての新鮮野菜があるよ!!」
「大根を貰おうかしら。」
「あいよ!!」
「そこの兄ちゃんも、どうだい?」
八百屋のおっさんが、俺に声を掛けて来た。
「俺に話し掛けたのか、おっさん。」
「あははは!!兄ちゃんしか、居ないだろ?ほら、この大根なんかどうだ?」
「いや、俺は…。」
ドンッ!!!
ドサッ!!!
「痛たた…っ、おい!!お前、こんな所に立ってるなよ!?」
突然、俺にぶつかって来た子供が、文句を言って来た。
ガキの顔を見て、驚愕した。
髪色は今と違うが瞳の色と顔を見て、一目で誰か分かった。
「お前っ…、牛魔王(ギュウマオウ)なの…か?」
牛魔王が何で、子供の姿になってるんだ?
「おい、待てよ!!!」
牛魔王の後ろから、数人の子供が走って来た。
ビュンッ!!
小石を牛魔王に投げ付けた。
「この、化け物!!!」
「あははは!!!赤目なんて、おかしいよ!!」
「母ちゃんが言ってた。お寺の息子のお前は、化け物だってな!!!」
子供達は罵声を浴びせながら、小石を投げる手を止めなかった。
牛魔王は、その場に蹲(ウズクマ)りされるがままだった。
周りの人間達は、子供達のやっている事を見て見ぬフリをしていた。
何だ?
「もしや、牛魔王は牛魔王では無いのかもしれぬな。」
「あ?どう言う事だ。」
「牛魔王の幼き頃は、人の子であったやもしれん。現に、妖だったら、この子供等を殺す事が出来るであろう。」
確かに、牛魔王だったら…。
この子供達を殺し、見て見ぬフリした奴等も皆殺しにする筈だ。
今の牛魔王からは、妖気や殺気を感じない。
「くらえ!!」
ビュンッ!!!
子供の1人が牛魔王に向かって、大きめの石を投げ付けた。
「っ!!」
牛魔王はギュッと目を瞑り、震えていた。
パシッ!!
俺は牛魔王の前に出て、石を掴んだ。
「なっ!?」
「お前、誰だよ!!何で、邪魔すんだよ!?」
バキッ!!
「「っ!!?」」
子供の目の前で石を握り潰すと、子供達は黙った。
その光景を見ていた大人達も驚愕していた。
「うるせぇ、ガキだな。男のくせに寄って集って、
カッコ悪りぃな。」
「は、はぁ!?」
「あ、アンタ、何なんだよ!?コイツは、化け物で…。」
「ごちゃごちゃ、うるせぇ。とっとと失せろ、それとも俺とやるか?」
そう言って、子供を見下ろすと子供達は泣きそうな
顔をして、走り去った。
チラッと周りに目を向けると、大人達は俺から視線を逸らした。
「人間は弱い生き物だ。止めれば、面倒事に巻き込まれると思い、誰も止めぬ。」
雷龍の言う事は、もっともな意見だ。
誰が虐められてる子供を、喜んで助けに行くんだ?
街の嫌われ者と関わったら、自分にも嫌な噂を広められるかもしれないと思うだろう。
「あ、あの…。」
牛魔王は、顔を上げ恐る恐る声を掛けて来た。
額からは真っ赤な血が流れ、あちこち傷だらけだった。
「何で、助けてくれたんですか?」
今の牛魔王なら、殺せるんじゃ無いか?
この細い首をへし折れば、爺さんも死なずに済む。
牛魔王に向かって、思わず手が伸びてしまった。
ビクッ!!
牛魔王の体がピクッと反応した後、震え出した。
お前が、お前が、俺を貶めたんだろ。
お前は俺の生活と人生を、ぶち壊した張本人だろ。
何で、何で…。
そんなに人間らしく、弱々しいんだよ。
俺は手を戻し、ポケットに仕舞い込んだ。
「あの、お兄さんは妖怪ですよね?」
「お前も妖だろ。」
「ぼ、僕?僕は…、寺の息子です。僕の父は、有名なお坊さんです。」
寺…、坊さん…。
「悟空、此奴…。もしや、牛魔王が言っていた…。須菩提祖師(スボダイソシ)の事を言っているんじゃないか?」
雷龍はそう言って、耳元で囁いた。
「直接、本人に確かめてみねーと。おい、親父の名前はなんて言うだ。」
「え、え?父の事ですか…?」
「宇轩(ユーシェン)!!!」
聞き覚えのある声を聞いた俺は、咄嗟に振り返った。
こっちに向かって来る袈裟(ケサ)を着た男の顔を見て、驚いた。
*袈裟(けさ)仏教の僧侶が身につける布状の衣装のことである。 梵語で「壊色・混濁色」を意味するカーシャーヤ を音訳したもの。 糞掃衣 ( ふんぞうえ ) 、 福田衣 ( ふくでんね ) 、 法衣 ( ほうえ ) ともいう。*
三十代前半の爺さんが目の前に現れた。
俺の目の前で死んだ爺さんが、俺の目の前で生きている。
「爺…さん。」
「爺さん?失礼な、俺はまだ三十代だ!!君、俺の息子を助けてくれたのか?」
そう言って、爺さんは牛魔王の顔を見た。
「ありがとう、宇轩を助けてくれて。宇轩、ケガを
見せて見なさい。」
「やめてよ!!」
パシッ!!!
爺さんの手を払い除け、走り去ってしまった。
「宇轩と言うのは、あのガキの名前?」
「あぁ、そうだよ。すまないね、嫌な所を見せてしまった。」
「爺さ…いや、アンタは宇轩が虐められてんのは知ってるのか。」
俺の言葉を聞いた爺さんは、苦笑いを浮かべた。
「あぁ、あの子の赤い目が原因でね。赤目は生まれ付きだったんだが、町の子供達は怖がってしまっている。君、妖だろ?妖気が漏れているから分かったが、妖の君が人間を助けるなんてね。」
「助けたい覚えはねぇ。俺は、アイツを許したつもりも、許すつもりもない。アンタには悪いがな。」
爺さんは暫く黙った後、近くにあったお茶屋を指差した。
「少し、話さないか?」
「あぁ。」
俺達はお茶屋に入り、話をする事にした。
ガヤガヤと騒ぐ空間に、俺達の間だけ妙な静けさが流れた。
「名前は何て言うんだ?」
「悟空。」
「空を悟る者…か。良い名前だね、意味もちゃんと考えられている。」
アンタが付けた名前だろっと、言いそうになった。
また、爺さんと話せる日がくるとは思ってなかっ
た。
「悟空、君は違う次元から来たみたいだね。」
「どう言う意味だ?」
「君とこの世界は、交わらない場所にあった筈なんだ。現に、この時代や町の事は何も知らないだろ?」
「成る程、俺は宇轩や若い頃のアンタに会っていないからな。」
そう言って、工芸茶を口に運ぶ。
「若い頃の俺に?」
「あぁ、もっと爺さんになったアンタとは、会うがな。」
「あははは!!そうか、だから悟空とは、初めて会った気がしないのか。」
爺さんは笑いながら、俺の髪を撫でた。
あぁ、こうやって頭を撫でられたのは500年振りだ。
その優しげな眼差しも、声も、話し方も変わっていない。
「爺さん、アンタは…。」
キィーン!!!
突然、大きな耳鳴りがした。
「ん?どうした?」
何だ?
何で、この先に起こる事を話そうとすると、言葉が出なくなるんだ?
「悟空、過去を変える事は出来ないようだ。」
「じゃあ、俺は黙ってこの先を見るしかないのか?」
「この記憶は牛魔王の物と断言しても良い。悟空に記憶を見せているやもしれん。」
未来は変えられても、過去は変えられんと言うものか。
牛魔王は元は人間の子だった。
だとしたら何故、牛魔王はどうやって妖になったんだ?
「
どうした?」
「何でも無い。自分の息子に避けられてんの?」
「仕事で寺を開ける事が多くてね…。妻も病で亡くなってしまったし…。宇轩や弟子達を食わせるに
は、働かないとね。」
成る程、だとしたら二人の距離が離れても仕方ないだろうな。
「悟空、宇轩と仲良くしてくれないか?」
思わず工芸茶を噴き出しそうになってしまった。
「は、は?今、何て?」
「悟空、頼むよ。」
「どうして、俺なんだ?寺の奴等じゃ、駄目なのか。」
「頼むよ。」
爺さんはそう言って、俺の顔をジッと見つめた。
「はぁぁ…、分かった。」
「ありがとう、助かるよ。」
「アンタは昔からそうだよ。俺の顔を見て、頼み事をする。」
「悟空だから頼んでるんだよ。また、町から出ないと行けないんだ。依頼でね、そろそろ行くよ。」
会計を済ませた爺さんは、宇轩のいそうな所を教えて、どこかに行ってしまった。
「須菩提祖師には弱いんだな、悟空。」
「雷龍、馬鹿にしてんだろ。」
「いやいや、我の姿は須菩提祖師には見えておらんようだったな。」
「触れて来なかったからな。あの、山に引き篭もってんのか。」
遠くに見えている大きな山に視線を向けた。
「妖気を感じるな。」
「牛魔王は何かしら、妖と接点を取り妖怪になったんだと思う。だから、アイツの行動を見てみる必要があるな。」
俺と雷龍は人目に付かないように、屋根の上に登った。
「さっさと山に向かうか。」
「ここは本当に不思議な空間じゃな。記憶の世界に
しては、悟空の感触を受け入れているだ。」
「受け入れてる?」
「うむ、記憶の中の須菩提祖師がそうだ。悟空を疑いもせずに、自分の息子を預けるか?」
雷龍の言っている事は、最もな意見だ。
リズム良く次々に屋根に飛び移り、走りながら山に向かった。
山に到着すると、入り口から強い妖気を感じた。
「残りは雑魚だが、一人だけ強いのが居るな。」
「うむ、勘付かれない方が良いだろう。我のオーラ
を纏え、目眩しにはなるだろう。」
そう言って、雷龍は俺の体の中に入った。
俺達は山の中に入り、強い妖気を放つ妖を探した。
「奥のあれか。」
俺は木の上から山奥に見つけた、大きな岩を見つめた。
そこには、黒い靄(モヤ)が掛かった何が座っている。
姿はハッキリ見えないが、実体が無いように見える。
「アレは…、もしや牛鬼か?」
「牛鬼?誰だ、それ。」
「お前が美猿王に飲み込まれた時に、牛魔王もまた牛鬼と言う奴に乗っ取られてしまってな。ほら、様子がおかしなっていたのを覚えてないか?」
確か…、波月洞(ハゲツドウ)の時か。
まさか…、宇轩は俺と同じなのか?
「待っていたぞ、宇轩。」
「はぁ、はぁ、お待たせ!!牛鬼。」
宇轩は黒い靄が掛かった何かに向かって、そう言った。
「お前、また虐められたのか。」
「いつもの事だよ、僕が虐められるのは。」
「少しはやり返したら、どうなんだ。男なら、いつまでも舐められてはいかんだろ。」
普通に会話してるな…。
牛魔王と牛鬼は全く、別物の妖なんだろうか。
「で、でも、今日はカッコイイお兄さんに助けて貰
ったんだ!!凄いんだよ!!大きな石をさ、こうやって!!止めたんだよ!!」
「ほう、珍しい事もあるものだな。」
「カッコ良かったんだ!!それでね、それ…。」
「腹が減ったんだが。」
牛鬼の言葉を聞いた宇轩は、腕を捲った。
すると、牛鬼は大きな口を開けて腕に噛み付いた。
ガブッ!!
「ゔっ!!」
クチャクチャッ。
宇轩の腕をクチャクチャッと音を立てながら、血肉を啜っていた。
「腕を食ってるのか?」
「牛鬼は彼奴を食料としているのだろう。彼奴もその事は了承しているように見える。」
「何で、そんな事を了承したんだ?普通なら、自分が食料にされるのは嫌な筈だ。」
「悟空や、彼奴には牛鬼しか話す相手がいない筈だ。町の奴等には虐められ、父親は殆ど寺には居ない。そんな時に牛鬼に会ったんじゃろ。」
宇轩は話し相手が欲しかった。
だから、食料になる事を了承したのか。
牛鬼はちゃんと、アイツの話を聞いている感じじゃない。
散々、腕を食った後はすぐに姿を消した。
俺は木の上から降りて、宇轩に話し掛けた。
「おい。」
「うわっ!?な、何で、ここに?」
「散歩だ、散歩。」
「えぇ…。」
「その腕、平気なのか。」
俺がそう言うと、宇轩は慌てて腕を隠した。
宇轩の腕は骨が見えそうな程、抉(エグ)られ、血がポタポタと落ちていた。
服の袖を破り、宇轩の腕を持ち上げ、布を巻き付けた。
「え?」
「何もしねーよりは、マシだろ。」
「ありがとうございます…。あの、この事は誰にも言わないで下さい。あの子は、僕と同じで寂しい子なんです。」
寂しい子?
「ずっと前に悪い妖に虐められて、あの子は姿を無くしてしまったんです。この山にずっと、何百年も一人で居たんです。だから、僕はあの子の友達として…。」
「その友達は、お前の腕を食うのか。」
「そ、それは…。」
「友達なら、お前に嫌な事はしねーだろ。まぁ、お前自身が良いなら良いけど。」
俺の言葉を聞いた宇轩は、黙ってしまった。
「はぁ、俺が言いたいのはそれだけだ。じゃあな。」
そう言って、歩き出した時だった。
ガバッ!!
宇轩は俺に抱き付いて来た。
「は?」
「あ、あの!!僕を強くして下さい!!!」
「は、はぁ?」
「アイツ等を見返したら、僕は変われますか!?」
俺の行動で、過去が変わろうとしているのか?
だとしたら、コイツの前に現れた瞬間から耳鳴りがする筈だ。
じゃあ、爺さん時は何故、耳鳴りがした?
爺さんの過去は、変えれないようになっているのか?
コイツの行動を変える事で、爺さんは死なずに済むのか?
「変われんじゃね?お前次第だけど。」
「僕、変わります!!だから、お願いします!!」
「分かった、分かったから離せ!!!」
俺の言葉を聞いた宇轩は、体から手を離した。
「あ、ありがとうございます!!」
「はぁ、仕方ないからな…。」
「あの、お兄さんのお家はあるんですか?」
「いや、無いけど。」
そう言うと、宇轩は表情を明るくした。
何か、嫌な予感が…。
「僕のお寺に住みましょう!!大丈夫です、誰も文
句は言いませんから!!」
「いやいや、そう言う問題じゃ…。」
「案内します、お兄さん!!行きましょう!!」
「話を聞け!!!」
嬉しそうな顔をしながら、宇轩は俺の手を引き、山を降りた。
牛鬼は姿を現し、俺の背中を睨付けていた。
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