同時刻、美猿王達は花の都に到着していた。
朧車(オボログルマ)から降りた天(アマ)は、枯れ果てた土地を見つめた。
「ここが、花の都?何にも無いですけど。」
「天は本当に頭が悪いなぁ、結界が張られているじゃ無いか。」
「むっ、そんな言い方しなくても良いのに。」
「頭が悪いのが、天の可愛い所だよ。」
邪(ジャク)はそう言って、天の頭を撫でた。
「僕、可愛い?」
「あぁ、お前は可愛いよ。」
「えへへへっ。」
妖怪天邪鬼は、仲の良い兄妹である。
名前の通り、2人で1つの存在であり、お互いの命も共有している。
その為か、一般的な兄妹よりも仲が良いのである。
「美猿王、御手をどうぞ。」
「あぁ。」
丁は美猿王の手を取り、丁寧に朧車から降ろした。
「結界を壊しますか?」
「向こうから開けて来るだろ。アイツ等は、この結界を破壊されたら終わりだからな。」
李(リ)の問いに答えた美猿王は、手を大きく叩いた。
パァン!!
「見てないで、さっさと出て来い。」
美猿王がそう言うと、白髪混じりの髭の長い老人が現れた。
「も、申し訳ありません。美猿王様が、いらっしゃるとは…。お、思いもよらず。」
「久しぶりだな、爺さん。まだ、死んでなかったか。」
「意地悪を言わないで下さいよ…。」
「花妖怪は無駄に、長生きだからな。出迎えにしちゃあ、遅い方だよな?爺さん。」
美猿王の言葉を聞いた老人は、カタカタと震え始めた。
「このお爺さんと知り合いなの?王。」
天は美猿王の腕を掴み、問いを投げかける。
「あぁ、昔な。花の都を妖から守ってやった事がある。暫くは滞在していたが、花の妖怪達は律儀だからなぁ。俺とアイツの言う事には逆らえぬ。この爺さんは、花の都を作った人物だ。」
「へぇ、早く行きたい!!お腹空いたよ!!王っ!!」
「あ、こら!!美猿王に引っ付くな!!!」
李はそう言って、美猿王から天を引き剥がした。
「邪魔すんなよ、猿。殺すぞ。」
「あ!?」
「ケンカ、ダメ。」
今にも喧嘩になりそうだった天と李を、高(ガオ)が割って入った。
「あ!!このデカブツ!!邪魔!!」
「ダメ、天、落ち付いて。」
「邪。」
美猿王の言葉を聞いた邪は、天の耳元で何を囁いた。
天はスッと、高から離れた。
「あ、あれ?大人しくなった…?」
「李、あまり天を挑発するな。」
「胡(フー)!!だって、アイツがさぁ!!」
「はいはい。」
怒りが収まらない李を胡は宥めた。
「美猿王様、其方(ソチラ)の方々は…。」
「俺の連れだ、コイツ等の事も丁重に扱え。」
「分かりました。ご、ご案内します。」
老人は鍵を取り出しら捻る動作をした。
ガチャッ。
ドォォォンッ!!
施錠された音と同時に、大きな白色の鳥居が現れた。
「お前等、行くぞ。」
美猿王はそう言って歩き出すと、丁達は後を追うように鳥居を潜った。
鳥居を潜ると、荒れ果てた土地から一変し、華やかな町並みが姿を現した。
「スッゲェ!!!」
李は大きな声を出しながら、周囲を見渡した。
「お待ちしておりました、美猿王様。」
ザッ。
美猿王一行の前に、黒い鎧を着た兵士達が膝を付いた。
兵士達の後ろから、紫色の髪を綺麗に束ね、赤い口
紅をに塗った淑女が現れた。
ロングのチャイナドレスを引き摺り、手には黒い扇子を持っていた。
「美猿王じゃないか、久しぶりだね。」
「椿(ツバキ)か、お前が出迎えて来るとはな。この兵士も、お前の部隊盧連中か。」
椿と呼ばれたこの熟女は、椿の花の妖怪であり、また毒を扱う妖怪である。
「また、良い男になったんじゃないかい?」
「アンタも変わらず、綺麗だよ。」
「おやおや、口も達者になったもんね。アンタ等、服がボロボロじゃないか。服屋に案内してやりな、アンタ等。」
椿はそう言って、兵士達に言葉を掛けた。
「椿。」
「分かってるさ。アンタは私に話があるんだろ?私の屋敷に来ると良い。」
「あぁ、お前等は服でも買って来い。」
美猿王は、袋に入った金貨を丁に渡した。
中身を覗いた丁は、金貨の枚数を見て驚いた。
「び、美猿王!?こ、この金貨は…っ?」
「あ?俺の持ち金だ。」
「そ、そうですか。」
「良い服を買って来い、俺の側に居るんだろ?見窄
らしい格好はすんな。俺のも適当に買って来い。天も邪も好きなのを買って来な。」
丁達は自分達を気に掛ける言葉を言われた事に、嬉しい様子を見せた。
「王は一緒じゃないの?」
「あぁ、邪と仲良くしてろ。」
天の頭をポンポンっと叩き、椿と共に丁達と別れた。
「王がいないのつまんないなぁ。ね、兄者。」
「そうだね、王には王の目的があるからね?」
「どうして、美猿王に忠誠を誓うんだ?アンタ等は。僕達とは、違う出会い方をしただろ?」
丁はそう言って、天と邪に尋ねた。
「何でって、僕達は美猿王に殺されて、生かされたからね。」
邪の言葉を聞いた丁は、唖然とした。
「こ、殺されて、生かされた?」
「僕達ね、美猿王に喧嘩を売って殺されたんだけど。ほら、僕の目と天の目は、その時に潰されたんだよねぇ。」
「そんな軽々と…、言う事かよ。それ?」
李の反応を見た天は、小馬鹿にしたように笑う。
「強い奴の下に付くのは、当然だろ?王は血を飲ませて、僕達を生き返らせた。あの時の王はカッコ良
かったなぁ。それに、僕達を側に置いてくれた。」
「君達とは違うだろうけど、役に立つのは僕達だ。」
丁達と天達の間に不穏な空気が流れた。
そんな中、屋敷に到着し美猿王と椿は酒を酌み交わした。
「桜の精は何処に居る。」
「さぁね、ここ最近は見ていないね。」
「ほう、都を空けているのか。」
「まぁ、宝象国にも行き来しているし。百花仙子と一緒に事務所を開いたしね。仕事にでも行っているんだろ。」
スッ。
椿の首元、体の周りに血統術で作り出したやり刃を張り巡らせた。
「もう一度、聞く。桜の精は何処だ?」
「何を言って…っ。」
「俺に嘘を付いたろ、椿。少し来なかったうちに、偉くなったなぁ?死に損ないの女だった癖にな。」
そう言って、椿を睨み付ける。
椿の額には冷たい汗が流れ、言葉を選ぶ様な仕草を美猿王は見逃さなかった。
「び、美猿王には感謝している。それは、本当よ。」
「話を逸らすなよ?椿。お前はただ、桜の精の居場所を吐けば良い。死にたいなら、直ぐに殺してやる。どっちか選べ。」
「っ…。や、山の丘に居ると思う。」
「丘?何で、そんな所に居る。」
「お墓参りに行ってるのよ。」
「成る程、そうか。」
美猿王が手を下ろすと、血統術は消え、椿は安堵した。
「百花はまだ、生きてんのか?」
「あ、あぁ。何度か死んでは、生まれ変わってるさ。」
「そうか、後ろに持ってる短剣は何だ?お前は俺を殺すに値せん。」
「っ!?」
美猿王はジッと椿を見つめ、椿の腰に触れた。
「
牛鬼に寝返ったな、お前。」
「な、何を…、根拠にっ!?」
「臭えんだよ。牛鬼と取り引きして、百花の居場所を教え、俺の足止めをしろって所か。」
「ゔっ!?」
椿の胸を血統術の刃が貫いた。
「あの爺さんもそうだろ?おい、黙ってないで喋れ。」
「ぐっ、ほ、殆どの花妖怪が、牛鬼側に付いたっ。そ、それも私達がへ、平和に暮らせるようにっ。」
「あははは!!!」
美猿王は言葉を聞き、思わず大声で笑った。
「何がっ、おかしい。」
「お前の頭はお花畑か?牛鬼は、お前等の血肉が欲しいだけだ。それと、桜の精の持っている刀か。花
妖怪達は、阿保(アホ)ばかりだな。」
グサッ!!!
「ぐぁぁぁぁ!!」
血統術の刃は容赦なく、椿の体を突き刺さす。
「俺の事を舐め腐ってんなぁ、椿。恩を仇で返すってのは、この事だな。」
「お、まえの仲間も今頃はっ…。」
「王ー!!迎えに来たよんっ。」
「は、はっ?」
美猿王と椿の前に現れたのは、黒い鎧を被った頭を持った天だった。
ボロボロの服から、胸と脇腹が見えるタイトのグレーのフリルの付いたチャイナドレスを着ていた。
「美猿王!!ご無事ですか!?」
丁は荷物を持ったまま、美猿王に駆け寄る。
「ど、どうしてっ?あ、あの数を倒したのか!?」
「雑魚ばかりで、つまらなかったですよ?ご婦人。」
両手を真っ赤に染めた邪は、椿に言葉を投げ掛けた。
邪もまた、ボロボロの服から青いチャイナシャツを着て、細身の黒いズボンを着用していた。
「俺を誘ったのは、コイツ等を先に殺し、後で俺を殺すつもりだったんだろ。お前の部隊より、俺の部隊の方が上だったなぁ?」
「くっ、くそ…が。」
「天、邪。コイツ、喰って良いぞ。」
美猿王の言葉を聞いた天と邪は、ニヤリと笑う。
「い、いやっ。く、来るなっ!!」
「あはははっ、兄者ー。コイツ、遊んでから喰べよ。」
「天の好きな様にしな?」
「やった!!」
椿を乱暴に天達に渡し、丁の元に向かった美猿王は荷物の中身を見た。
「服は買って来たか。」
「はい!!これ、俺が選びました!!」
「李が選んだのか、中々良いんじゃねーか?」
「ありがとうございます!!」
美猿王は荷物の中から服を取り出し、その場で素早く着替えた。
黒のチャイナシャツには、黒の花が刺繍されていて、黒の細身のズボンを合わせ、黒のブーツを着用した。
「出掛ける。」
「どちらに行かれるのですか?」
「俺の女に会いに行って来る。」
「「「えっ!?」」」
驚く丁達を無視し、美猿王は椿の屋敷を後にした。
「あ、丁達。手伝って欲しい事があるんだけど、良いかな?」
「何だよ。」
李は太々しく、邪の言葉に反応した。
「そろそろ、妖達が到着するんだよね。結界に穴を開けに行かないと、ここには入れないだろ?」
「結界を破壊しに行くのか。」
丁はそう言って、邪に尋ねた。
「正解。あのお爺さんが、結界を作ってるんだと思うんだ。丁、一緒に来てくれない?」
「頭、どうしますか?」
胡は、丁の耳元で囁く。
「分かった、同行する。胡、李達の事を頼む。」
「分かりました。気を付けて下さい。」
「あぁ。」
「じゃあ、行こうか。天ー、大人しくここに居るんだよ。」
「分かった!!」
天は素直に返事をし、椿の髪を引き摺り屋敷の中に入った。
丁と邪は、村の主である爺さんの元に向かった。
桜山の丘ー
大きな桜の木々が一斉に咲き乱れる中に、一つの墓があった。
その前には、花を持った小桃と白虎の姿があった。
「お久しぶりです、少し遅くなりました。」
カサッ。
お墓の前に持って来た花を置き、腰を屈める。
「今日、悟空の仲間に会いました。本当に、生きていたんですね。小桃、早く会いたいです。」
「お嬢、きっと会えますよ。」
「ありがとう、白虎。」
小桃はそう言って、白虎の頭を優しく撫でる。
「そうだよね、会えないって決まった訳じゃないよね!!新しい仕事も始まるし、色々とやる事が…。」
ブワッ!!
大きな風と共に、桜の花びらが舞い散る。
桜の花の匂いとは別に、桃の甘い匂いが漂った。
「甘い…、匂い?」
小桃が呟いた瞬間、腰を掴まれ、引き寄せられる感触がした。
「よぉ、お前が桜の精か。」
美猿王は小桃を見下ろし、フッと口元を緩めた。
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