悪妖退治事務所
花の都(ハナノミヤコ)には、とある悪妖退治専用の事務所があった。
現代の中華街のような街並みは、今の時代の中国には有り得ない街並みの花の都。
チリリリンッ、チリリリンッ。
小さな事務所内に黒電話がベルを鳴らし、机の上を揺らした。
太陽の光に照らされたアッシュカラーの髪は、ロングスタイルがウルフカットにされていて、色白の肌に紫色の瞳が良く映えた。
タイトのパンツスタイルの黒のチャイナ服を着こなしていた。
「小桃(コモモ)ー、小桃。電話、鳴ってる。」
大きな新聞紙を机の上に足を乗せ、煙管を咥え、小桃と言う女を呼んだ。
ガチャッ!!
事務所の扉が開き、1人の女が入り、ヒールを鳴らしながら歩いて来た。
桃色のふわふわした髪に、レインボーのメッシュが細く入っていて、左右に小さめのお団子を作りハーフツインテールされ、色白の肌にビビットピンクの瞳。
白と黒のレースがあしらわれた短めのチャイナドレス、腰から下げられている2本の刀。
カツカツカツ。
「もー、百花(ヒャッカ)ちゃんが出てくれたら良いじゃん。」
「電話は小桃が出た方が、仕事になるじゃん。頼むよ、小桃。」
「うっ、仕方ないなぁ…。はい、お電話ありがとうございます、悪妖退治事務所です。」
ガサッ!!
「うわっ、新聞が…。」
「お嬢に雑用をさせるな、百花よ。」
百花の手から新聞紙を取り上げたのは、白虎だった。
白虎と言うのは、小桃に従っている神獣(シンジュウ)の白虎である。
顔の左側に大きな切り傷がある。
「白虎、私には相変わらずの態度だな。また、小桃に引っ付いて仕事してたんだろ。」
「貴様に何と言われても、我はお嬢の側にいる。」
「まぁ、白虎がいるなら安心ね。これからも、小桃の事をしっかり守りなさい。」
「む、お前にしては珍しい事を言うな。」
百花の言葉を聞いて、不思議そうにしている白虎の頭を小桃は優しく撫でた。
白虎は気持ち良さそうに、ゴロゴロと喉を鳴らした。
「仕事の電話?」
「うん、宝像国周辺に悪妖が出たから退治してくれって。」
「最近、その手の話が増えたな。報酬は?いつも通り?」
「いつもの5倍だよ。」
小桃の言葉を聞いた百花はフッと笑い、椅子から腰を上げた。
「へぇ、報酬が弾んだな。行くか、仕事しに。」
「百花ちゃんは、いつも楽しそうに仕事するね。」
「そりゃあ、金が入れば遊べるしご飯も食べれる。1番の理由は、小桃の名前を売れる事だ。」
ワシャワシャワシャ!!
「わっ、わ!?ちょっと、百花ちゃん!!」
「おい、百花!!お嬢の頭を大切に扱えと、何度も言っているだろう!!」
「おっと、白虎が怒る前に事務所を出るか。」
そう言って、百花はそそくさに事務所を出て行った。
「百花ちゃん、何かあったのかな。」
「お嬢、百花がどうかしましたか?」
「う、ううん、何でもない!!小桃達も行こう。」
小桃は白虎と共に、事務所を後にした。
のちに小桃の不安は的中してしまう事を、まだ知らないのである。
小桃(桜の精)ー
*桜の精 安曇野の林に猟に入った久兵衛は、美しい山桜の林に迷い込んだ。若く美しい女と出会い幸福の時間を過ごし、再会の約束後女の姿は消え桜も散った。里に戻って再び山へ出向いた久兵衛だが、山桜の花びらに埋もれて死体で発見され、女は桜の精と噂された。 *
桜の精である小桃は、この花の都の姫だった。
花妖怪達は力が弱い為に狙われてしまう。
それはこんな伝説が外に流れてしまった事が原因。
花妖怪の血肉を食べれば長命を得られ、どんな病や傷も治すと言われている。
ただ、それを信じた妖達が花妖怪達を襲い始めてしまった。
桜の精であった小桃と百花仙子(センシ)の百花ちゃんは、強さを求められた。
百花ちゃんの場合は、六代目百花仙子だからだ。
*百花仙子 百花仙子(ひゃっかせんし)は、中国神話に登場する蓬莱山に住む仙女。李汝珍による伝奇小説『鏡花縁』でも登場する。*
花妖怪を生み出した百花ちゃんは、妖に狙われやすかった。
だから、小桃と百花ちゃんは幼い頃から、武術を叩き込まれた。
自分の身は自分で守る為に、小桃達は常に死と隣合わせだった。
この花の都を作り出したのは、小桃のお父さんとお母さん、そして花妖怪達だ。
妖達に見つからないように、陰陽師の力を借り、
花の都を作り出した。
人と妖怪が初めて、手を取り作り出した物。
百花ちゃんと共に花の都を守り続けて、何百年も経った。
小桃は、須菩提祖師(スボダイソシ)のお爺ちゃんと、約束をしたから…。
あの人にこの、刀を渡す為に。
ふと、灰色の布に梵字が描かれ、巻かれた刀に視線を向けた。
グシャ!!
「グッァァァァァァァァ!!」
紫色の血飛沫が目の前で吹き荒らした。
「く、来るなっ!!アガァァァァ!!!」
妖怪達の隙を付き、素早く刀を振るう。
グシャ、グシャ、グシャ!!
ブシャアアアア!!!
「くっ、くそ…。」
バタッ。
妖怪達の血が地面に血溜まりを作り、死骸が転がっといた。
呼吸を整え、刀に付いた血を払い落とす。
「小桃ー、そっちは片付いた?」
「あ、百花ちゃん。」
「どうしたの?ボーッとして。」
「何でもないよ!!こっちは終わったよ。」
「なら、良いけど。ほら、頬に返り血が付いてる。」
そう言って、百花ちゃんは頬に付いた血を拭いてくれた。
「あ、ありがとう。」
「先に事務所に戻ってて、仕事の報告してくるから。」
「分かった。」
「白虎、小桃と一緒に帰ってな。」
「む、言われなくても帰る。」
「はいはい、じゃあ。」
百花ちゃんは小桃達に背を向け、宝像国に向かって行った。
主に、小桃達に仕事を依頼してくるのは宝像国の国王だ。
花の都の前にある宝像国は、花妖怪が食料や衣服を調達しに出入りしている。
国王は花妖怪の出入りを許可する代わりに、小桃達に悪妖を退治させる契約になっている。
小桃のお家は花の都の中でも、大きなお城だった。
お母さんとお父さんは、百花ちゃんと白虎と一緒にいる事に反対していた。
悪妖達に狙われる百花ちゃん、天から落とされた白虎はお母さんとお父さんの悩みの種だった。
2人に心配されないように、悪妖を退治しているのもある。
だから、小桃は強くならないといけない。
この刀をあの人に渡すまで…。
事務所に戻った小桃達は、百花ちゃんの帰りを待っていた。
刀の手入れをしていると、白虎に声を掛けられた。
「お嬢。そろそろ、墓参りに行かないといけませんね。」
「そうだね、もう三月になるね。白虎は、記憶力が良いねー、おいで。」
小桃がそう言うと、白虎は近付いて来て、太ももに顎を乗せた。
「よしよし、白虎は賢いねー。」
「お、お嬢…。や、やめて下さいよ、そう言うの…。」
「嫌いじゃない癖に。」
「うっ…。」
「ふふ、白虎は小桃に弱いねー。」
白虎を撫でてる時が一番、落ち着くなぁ…。
「百花ちゃん、遅いなぁ…。」
「また、国王と飲み比べをしてるんでしょう。」
「確かに、あり得る。じゃあ、ワカメスープでも作ろうかなぁ。」
「お嬢、手伝いますよ。」
「ありがとう、白虎。」
ソファーから立ち上がり、白虎と共に台所に向かった。
宝像国ー
国王の報告を終えていた百花は、小桃のお土産を選んでいた。
「あ、小桃の好きな干し杏がある。今日、元気なかったし、買ってこ。」
百花は干し杏を買いに、甘露屋に訪れた。
*甘露屋 新鮮な果実や、干し果実、菓子などが売られているお店の事。(オリジナル設定)*
宝像国には他の地域よりも発達しており、街並みや建物、売っている物までが高価である。
他国から仕入れた物もお店に売られている。
「はいよー。干し杏、お待ちどうさん。」
「ありがとう。」
「お姉さん、花見の季節にお酒もいかが?」
店主はそう言って、桃の絵柄が描かれた冷酒を見せて来た。
「これは、桃の冷酒だよ!!滅多に飲めない、貴重な物さ!!」
「へぇ…、桃の絵のお酒か…。小桃が好きそうだな、それも頂戴。」
「ありがとう!!これは、おまけだ。」
冷酒の入れた紙袋の中に、新鮮なフルーツを幾つか入れた。
「ありがとう、また来るよ。」
「はいよー!!また来てねー!!」
甘露屋を出た百花は、頬が緩んだ。
「小桃、喜ぶかな。早く事務所に戻ろ。」
百花は宝像国の街並みを歩きながら、ふと考え事をしていた。
「いつになったら、迎え来てくれるのかな。」
百花には何百年も前から恋人がいた。
百花仙子六代目として、この世に生を受け、ある男と出会った。
そして、その男は百花の前から姿を消した。
酷く落ち込んだ百花と出会ったのは、小桃と白虎であった。
百花は男の残した言葉を信じて、何百年のも時を経ている。
ザワザワザワ…。
「ん?急にどうしたんだろ?女の人達が騒いでる。」
「あの殿方、素敵ねぇ。」
「えぇ、どこか怪しげな雰囲気がまた…。」
とある男を見ながら、街の女達は頬を赤らめた。
黒い髪を靡かせ、左目には眼帯を巻いた男に百花は目を奪われた。
百花は、持っていた荷物を落としてしまったが、男が素早く手でキャッチした。
「久しぶりだね、百花。良い女になったな。」
男はそう言って、百花の頬を指で撫でた。
「本物…なの?本当に…っ。」
百花は目に涙を溜め、ゆっくりと口を開き、男の名前を呼んだ。
「牛鬼(ギュウキ)様…なの?」
「あぁ、待たせたな…、百花。」
「牛鬼様っ!!」
百花は名前を呼びながら、牛鬼に抱き付いた。
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