林杏 二十七歳
目が開けられない。
意識があるのに、体を自由に動かせない。
鱗青の叫び声が聞こえた。
それと、何かが斬られた音と何を吐き出す音。
鱗青…?
何かされたの?
あたしが助けるから…。
目を開けると、真っ暗な闇が広がっていた。
あまりにも暗い所為で、不気味な雰囲気を漂わせている。
「起きたか、小娘。」
女の人の声がした瞬間、周りに灯火が現れた。
「誰か…、いるの。」
「お前だな?妾の器となる小娘は。」
カランッ。
手に何か当たった?
視線を下に向けると、あたしの周りには人間の骨が散らばっていた。
「何…っ、これ!?」
「全て、妾が喰ってやったのじゃ。」
あたしの目の前にいたの人は、凄く綺麗な人だった。
金髪の長い絹のように細い髪、色白な肌に真っ赤な瞳。
だけどあたしはこの人が誰なのか、分かった。
この人は…、吉祥天だ。
毘沙門天のお嫁さんで、私を器にしようとしている奴だ。
あたしは距離を取り、吉祥天を睨み付ける。
「威勢の良い小娘じゃ。だがな、時期にお前の意識は無くなるぞ。今まで、妾の為に生きてくれてご苦労じゃった。」
この女は、何を言ってるんだ。
あたしがどんな思いで、鈴玉を育て、店を守って来たのかを知らないくせに。
ふざけるな。
毘沙門天もこの吉祥天と言う女も、ふざけた事を言ってくれるな。
「ふざけんな。」
「ん?」
「ふざけた事を言うな!!あたしは今まで、鈴玉や店を守る為に生きて来たんだ!!」
あたしは大きな声を出し、吉祥天に言葉を放った。
だが、吉祥天には何も響いていなかった。
「くだらぬ。」
「くだらないって何よ!?アンタには、分からないわよ。ここから、出して。鱗青の所に行くから。」
「あははは!!!」
吉祥天が突然、笑い出した。
何がおかしいの?
「愚かな小娘よ。お前がどうして、こんな運命を強いられたのかを考えた事はないのか?」
「何が言いたいの。」
「お前の親が何故、手紙一つもなしに出て行ったのか。何故、弟と店を残し出て行ったのか。」
考えた事があった。
突然、出て行った両親の事を。
考えても、考えても答えは出なかった。
いや、もう考える事をやめたんだ。
私には小さい鈴玉を守らないといけなかったからだ。
鈴玉はあたしが守らないと。
「真実を教えてやろうぞ、小娘。」
「真実…?」
「お前は親に売られたのじゃ。」
「は…?何を言って…。」
心臓がバクバクしてる。
体が震えて来たのが分かる。
聞きたくない、聞きたくない、聞きたくない。
「我、夫の毘沙門天が金を持って来たのじゃ。お前の親に取り引きしたのじゃ。妾の器として、娘を売ってくれとな。」
吉祥天は更に言葉を続けた。
「其方の親は金に目が眩み、お前を売り金を持って姿を消した。そして、お前の成長を監視するように彼奴に頼んだ。」
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
聞きたくない、聞いたくない。
やめて、やめて、やめて。
「12年前にお前の店に来た男。」
やめて。
やめて、やめて、やめて。
「その男の名前は、鱗青。」
「やめて!!!」
私は耳を抑えて、その場に座り込んだ。
その為には、お金が必要だった。
こんな田舎で、2人で暮らして行くのは大変だった。
料理なんかした事がなかった私は、近所のおばさん
達に料理を習った。
昼間は仕事、夜は料理。
そんな生活は12年続いた。
ようやく、お店を開店でき生活にも少し、余裕が出
来た時だった。
その時のあたしは二十四歳だった。
カランッ、カランッ。
「いらっしゃいませー!!」
私はいつものように、来店したお客様に挨拶をした。
深海のような深い青色の短髪の男は、カウンターに座った。
この土地には相応しくない身なりをしていた。
高級なアクセサリーに思わず目が入ってしまう。
「注文良いか?」
「は、はい!!」
あたしは慌てて、男の元に行き注文を聞いた。
「紹興酒、後はおすすめの物を何品か頼む。」
「嫌いな食べ物はありますか?」
「いや、特にない。」
「かしこまりました。少々、お待ち下さいね。」
キッチンに向かい料理の支度をしていると、鈴玉が下りてて来た。
「姉ちゃん!!手伝うよ!!」
「ありがとう、鈴玉。じゃあ、このお酒とグラスを
カウンターのお客様に持って行って。」
「分かった!!」
ガシャーンッ!!!
店内にグラスの割れた音が響いた。
「テメェ、ふざけるな!!表に出ろ!!」
「上等だ!!」
酔っ払い同士が喧嘩を始めていた。
最悪だ。
止めに入らないと…。
ガタッ。
そう思っていると、カウンターに座っていた男が客同士の間に入った。
「何だよ、兄ちゃん。」
「ここは、酒と料理を楽しむ場所だ。大人しく帰れ。」
「あぁん!?何だと、テメェ!!」
「俺が大人しいうちに帰りな。飲み食いした分の金は置いて行け。」
男はそう言って、酔っ払い達を睨み付けた。
「わ、分かったよ。」
「お、置いて行けば良いんだろ!?」
酔っ払いの客はテーブルにお金を置き、店を出て行った。
「あ、ありがとうございます。」
「気にするな。俺は声を掛けただけだ。」
男はカウンターに座り、紹興酒をグラスに注いだ。
「お兄ちゃん、すごい!!かっこよかった!!」
「あ、こら!!鈴玉!!」
鈴玉が男に近付いた。
「アンタの弟か?」
「はい、すいません。」
「いや、大丈夫だ。お前も姉ちゃんの事を守れるよ
うに大きくなれ。コイツの分の料理も頼むよ。」
「え!!良いの!?」
「あぁ、沢山食えよ。」
「すいません、ありがとうございます。」
これが鱗青との出会いだった。
男は鱗青と名乗り、頻繁に店に来るようになった。
鈴玉は鱗青に凄く懐いて、彼が店に来ると凄く喜んだ。
あたしの中でも、何か惹かれるものがあった。
彼は男らしくて、独特の雰囲気を纏っていた。
人間離れした雰囲気と言うか…、説明するのは難しかった。
「林杏、デートに行かないか?」
「え!?」
持っていた食材を落としそうになった。
彼は少し顔を赤くしながら、あたしをデートに誘った。
そんな彼を可愛いと思った。
「姉ちゃん、行っておいでよ。」
「鈴玉!?子供が口を出すんじゃありません!!」
「だって、姉ちゃんだってお兄ちゃんの事を好きじゃん。」
「馬鹿!!」
あたしは鈴玉の頭を軽く叩いた。
「痛っ!!」
「クックック…。じゃあ、決まりだな。」
鱗青は笑いながら私を見た。
正直な話、最初に出会った時に一目惚れしていたのかもしれない。
あたし達はデートを重ねて、付き合うようになった。
そして、あたしと鈴玉は彼が妖だと知った。
それでも、あたしと鈴玉は彼を軽蔑する事はなかった。
人か妖かなんて、些細な問題なのだ。
一緒にいれれば、それで良かった。
鱗青と鈴玉の3人で、一緒に暮らし始めた。
凄く幸せな日々だった。
鱗青は時々、辛そうな表情を見せた。
あたしと鈴玉は鱗青に聞いても、答えてくれなかった。
鱗青が何で悩んでいたのかは、分からなかった。
なら、せめて側にはいたかった。
「泣き叫んでも、現状は変わらぬよ。」
吉祥天は、あたしを見下ろしながら言葉を放った。
「この吉祥天の器になれるのだぞ、光栄な事だ。泡沫(ウタカタの)の恋を出来て良かったでわないか。」
あたしと鱗青の恋が泡沫?
違う、彼は私を裏切っていない。
だって、妖怪である鱗青が陰陽師を連れて来るわけがない。
彼は本気で、あたしを助けるつもりだった。
鱗青はあたしの事を愛してくれた。
「あたしと鱗青の恋は泡沫なんかじゃない!!」
助けなきゃ。
あの人は本当は、弱い人なんだから。
あたしが側にいないとダメなんだ。
「鱗青の所に行く。あたしは、あの人を助けに…。」
ドサッ。
吉祥天があたしに向かって、何かを投げて来た。
足元に視線を向けると、血だらけの鈴玉だった。
目は見開いていて、見ただけでも死んでいる事が分かった。
「い、いやぁぁあぁぁあ!!鈴玉!!」
あたしは腰を下ろして、鈴玉を抱き締めた。
鈴玉の体は氷のように冷たく、血だけが流れ落ちていた。
「あ、あ、ぁ、ぁ、ぁあぁぁぁぁぁ。」
言葉なんて出なかった。
信じられない現実だけが、目の前に叩き付けられた。
鈴玉のお腹は抉られた跡があった。
吉祥天の口を元をよく見ると、血がベットリと付いていた。
何で、今まで気が付かなかったんだろう。
吉祥天の服や口、手には血がベットリ付いていた事を。
身体中の力が抜けた。
「あぁ、美味かったぞ。其奴の血肉はって言っても、お前には聞こえとらんか。」
「あ、あぁぁぁ。何で、こんな事をしたの!?何で、鈴玉を殺した!?」
「理由など無いよ。腹が減ったら食うのと同じよ。」
「ふざけるな!?鈴玉には手を出さないって、約束したじゃない!!だから、あたしはここに来たのに!!約束を破ったの!?」
パシッ!!
頬に痛みが走った。
吉祥天があたしの頬を叩いたのだ。
「うるさい小娘。約束を交わしたのは妾ではない。
他の奴だろう?なら、妾には関係のない事じゃ。」
「ふざけんな!!」
あたしは吉祥天に向かって、手を振り落とした。
「触るな、無礼者。」
ピシッ!!
吉祥天がそう言うと、あたしの体が動かなくなった。
そのまま吉祥天は手を伸ばし、心臓の部分で手が止
まった。
その瞬間、体に激痛が走った。
ブシャアア!!
あたしの体から沢山の血が噴き出した。
視界真っ赤に染まった。
何が…、起きたの?
赤い視界の中に吉祥天が笑っていた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!