孫悟空ー
ハッ!!
俺は勢い良く空を見上げた。
一瞬、嫌な予感が俺の体に触れたのだった。
「どうかしたのか?」
「いや…。嫌な感じがしただけだ。」
俺の勘違いか?
いや、今まで俺の勘が間違った事はなかった。
「悟空の腕のアクセサリーが光ってるぞ。」
「光ってる?」
沙悟浄に言われて、羅刹天に貰った数珠に視線を送った。
「悟空か。」
頭の中に羅刹天が話し掛け来た。
「羅刹天か、どうかしたか?」
「天界で毘沙門天の手下が暴れてるんだよ。俺も駆り出されて天界に来てるんだけど、そっちはどうだ。」
手下…。
哪吒と一緒にいた男の事か。
「こっちは今の所は問題ねーけど、結界張られて外に出れない状況だ。」
「出れない?どこかにいるのか?」
俺は闘技場にいる事、賞品が経文である事を話した。
「成る程、妖怪達の死体をいっぺんに集めるのには効率が良いな。」
「何かしようとしてんのか、毘沙門天は。」
「吉祥天と言う神の遺骨が持ち出されてな?毘沙門天の目的は吉祥天を復活させる事だ。闘技場に集めたのも奴の目的の1つだろう。経文をダシに使い、悟空を呼び寄せるのも目的だったに違いない。」
毘沙門天はそんな単純な事をする為に、爺さんを殺したのか。
「俺は奴がそんな単純な事だけで動いてるとは思っていないけどな。」
「悟空の考えが合ってるだろう。俺の数珠があるとは言え、何かあったら気休めにしかならねぇ。俺は暫くは天界からは出られない。」
「了解。」
羅刹天の話を聞いて、1つだけ疑問に思った事がある。
毘沙門天と牛魔王はどうして手を組んだ?
牛魔王も吉祥天を復活させたいのか?
あの糞野郎の考えは…。
「おい、どうしたんだ?」
沙悟浄に声を掛けられて、俺は我に帰った。
「羅刹天が俺の頭の中に話し掛けて来たんだよ。」
俺は沙悟浄に羅刹天とした話をした。
「吉祥天って…、毘沙門天の伴侶だった奴か?」
「伴侶…?」
「あぁ、吉祥天は毘沙門天の伴侶だったんだが。彼女の性格が我儘で傲慢で、とにかく最悪の神だったらしい。」
我儘で傲慢…。
「嫌な女だな。」
「まー、俺も聞いただけだし。」
「見た事ねーの?」
「ないよ。だって、吉祥天が生きてたのは俺の産まれる前だよ。」
沙悟浄は見た事はないのか。
「3335番!!決勝戦を始めますので、こちらに来て下さい!!」
俺達の姿を見つけた河童の妖怪が声を掛けて来た。
「お、俺達の番だな。羅刹天の言う通り、注意しといた方が良いな。」
「経文を取って、さっさとここから出てーからな。」
コキッ。
俺はそう言って、指を鳴らし決勝戦が行われる中央舞台に上がった。
「お待たせ致しました!!只今より決勝戦を行います!
右方の3335番、左方の5675番は武器を構えて下さい!!」
「「「ワァァァァアアア!!」」」
河童の妖怪の言葉を聞いたギャラリー達が盛り上がった。
いつの間にか、経文狙いで来た妖怪達が観客側に回っていた。
「コイツ等、何しに来たんだよ…。」
「戦いに来たけど見てる方が楽しくなったんじゃないか?ほら、俺達が勝つかアイツ等が勝つか賭けてる。」
沙悟浄に言われ周りに目を向けると、金貨を持った妖達が騒いでいた。
「見せ物じゃねーぞ、こっちは。」
「毘沙門天の姿がないけど、主催者がいなくて大丈夫なのか?」
「どこかしらで見てるだろ。アイツがこの試合を見ない訳がないからな。」
沙悟浄と話していると、どこからか視線を感じた。
まただ。
また、この視線だ。
どこから見てる。
殺意はなく、面白い物を見ているような気持ち悪い視線を度々、感じていた。
この闘技場に入ってから、俺は誰かに見られる。
どこだ、どこから俺を見てる。
キョロキョロと視線だけを動かすが、怪しい奴は見当たらない。
こうやって、アッサリと決勝戦に行けたのもおかしい気がして来た。
対戦相手は俺に水をくれた火傷の跡と縫い目だらけの男に、顔に包帯を巻いている男だった。
包帯の男からは嫌な雰囲気を漂わせている。
俺はコソッと沙悟浄に耳打ちをした。
「沙悟浄。」
「分かってる。今までの奴等とは違うのが分かる。」
「それでは、試合開始!!!」
河童の妖怪はそう言って、手を上げた。
手を上げた瞬間に包帯を顔に巻いた男が沙悟浄に向かって、走って来た。
男は素早い動きで沙悟浄に剣を振り下ろして来た。
ビュンッ!!
キィィィン!!
「あっぶねーな…。」
タッ。
大鎌を持った火傷跡だらけの男も何故か、沙悟浄を狙って鎌を振った。
ブンッ!!
俺は三節棍を使い、鎌の刃の方向をずらした。
キィィィンッ。
コイツ等、沙悟浄を狙って攻撃をして来てる。
何で沙悟浄を集中攻撃してるのかは、分からないが怪しいのだけは分かる。
「ハッ!!」
沙悟浄も槍を使い2人から距離を取った。
「平気か、沙悟浄。」
「あぁ。俺の事を狙って来てるよな…、あの2人の作戦か何かだろうけど。」
本当に作戦なのか…。
いや、何かある。
俺は勢いを付け包帯を巻いている男に向かって、三節棍を振り下ろした瞬間だった。
キィィィン!!
火傷跡の男が鎌を持っている手を持ち変え、刃の先を向け俺の喉に向かって振り下ろして来た。
「させねーよ。」
沙悟浄はそう言って、槍を振り回して鎌の刃を弾き包帯の男に向かって回し蹴りをした。
ガシッ!!
だが、火傷跡の男が沙悟浄の足を掴み壁に向かって投げ飛ばした。
ビュンッ!!
ドゴォォォーン!!
「なっ?!」
動きが見えなかった。
包帯の男から黒い霧みたいな物が出ていた。
「いってぇ…な。」
服に付いた砂埃を払いながら沙悟浄は立ち上がった。
「「「ワァァァアァァァァァア!!」」」
沙悟浄の姿を見た観客が騒ぎ出した。
「おや、盛り上がっているようですね。」
毘沙門天が何を喋ったのかは分からないが、チャイナドレスを着た哪吒がいた。
哪吒の様子がおかしい事に気が付いた。
沙悟浄の屋敷で見た哪吒だった。
操られてるのか?
哪吒が毘沙門天に操られてるのなら、経文を見つけられなかったって事だ。
「よそ見する余裕があるんだなぁ、悟空。」
その声を忘れた事はなかった。
憎くて殺したくて仕方のない男の声が、俺の耳に届いた。
俺は三節棍を包帯の男に向かって、叩き付けていた。
ドゴォォォーン!!
包帯の男は地面に強く叩き付けられたのに、傷一つ付いていなかった。
何故なら、三節棍を受け止めいたのは火傷跡の男の鎌だった。
包帯の男は地面に倒れているのに、顔に当たらないように刃を浮かせていた。
「テメェ、邪魔すんじゃねーぞ。」
俺はそう言って、火傷跡の男を睨み付ける。
「あははは!!!まだ、俺の事が分からないの?」
包帯の男は言葉を放った後、俺に向かって手を伸ばして来た。
「離れろ!!」
グイッ!!
沙悟浄が俺の腕を掴み、包帯の男から引き剥がした。
その瞬間、黒い影が伸びて俺達に攻撃して来た。
「「「ワァァァアァァァァァア!!」」」
「良いぞー!!」
「もっとやれ!!」
観客達は俺達が影の攻撃を避けているのを見て興奮していた。
だが、黒い影は騒いでいる観客達の頭を吹き飛ばした。
ビュンッ!!
ブシャッ!!
「え?」
「うわぁぁぁぁあぁあ!?」
1人の妖怪が騒ぎ出すと、会場中はパニックに落ちた。
「5、5675番!?何をしてるんですか??!」
河童の妖怪が慌てて包帯の男に近寄ろうとしていた。
「殺せ。」
包帯の男がそう呟くと、火傷の男が大きく鎌を振るった。
ブシャッ!!
河童の頭が吹き飛んだ後、血が噴き出した。
「おいおい、まさか…。」
沙悟浄も包帯の男の正体に気付いたみたいだな。
「久しぶりだな?悟空。500年振りか?」
包帯の男はそう言って、顔に巻いていた包帯を解いた。
パサッ…。
「牛魔王…、テメェだったか。」
「俺がここにいる事は気付いてたろ?俺の仲間が世話になったみたいだなぁ?」
牛魔王は嫌味を含んだ言葉を放った。
仲間と言うのは六大魔王の事、黄風達の事を言っているんだろう。
だが、俺の体は勝手に動き牛魔王に向かって三節棍を振り下ろした。
ビュンッ!!
ガッ!!
三節棍は影の壁に動きを止められていた。
「俺の話は無視かよ?つれないんじゃねーの?」
「馬鹿にしてんのか?馬鹿にすんのもいい加減にしろよ。」
「馬鹿にしてんのはお前だろ?」
「悟空!!」
沙悟浄が後ろから牛魔王に向かって、槍を飛ばしているのが視界に入った。
俺は素早く牛魔王から離れると、牛魔王の目の前で槍の動きが止まった。
影が槍に巻き付き動きを止めていた。
「やっぱり、ただ投げ飛ばしただけじゃ駄目か。」
「牛魔王は簡単に殺せねーよ。」
「だよな。こんなんじゃ、試合どころじゃないよな。そろそろ変化の術を解いた方が良いな。」
「俺等の存在もバレてるみたいだし。」
俺達は変化の術を解いた。
「お、おい、あれって。」
「美猿王じゃないのか!?」
「本物がこの試合に出ていたのか!?」
観客達が俺の姿を見て声を上げた。
「やっぱり、お前は目を引く存在だよな?」
牛魔王はそう言って、火傷跡の男を見た。
火傷跡の男は観客席に飛び移り、次々に妖怪達を斬り始めた。
「ギャァァァァァ!!」
「や、やめてく…。アガァアア!!!」
「く、くるなぁぁぁぁ!!」
妖怪達は観客席の中を逃げ回るが、火傷跡の男は次々に斬り刻んで行く。
何なんだ?
あの男は…。
無表情のまま、妖を斬り刻んでいる。
訳の分からない光景が目の前に広がり、赤い血が闘
技場を染め上げた。
何なんだよ、一体。
「お前は妖を殺す事が目的で来たのか?」
「それは毘沙門天の目的だなぁ。俺の目的?あははは!!そんな事を聞くようになったんだぁ?」
「悟空は普通に聞いてんだろ、何がおかしい。」
俺の言葉を聞いて笑い出した牛魔王を、沙悟浄が睨み付ける。
笑っていた牛魔王がスッと顔を変え、小さく呟い
た。
「気に入らねーな。やれ、丁(チョン)。」
丁…?
俺は牛魔王の小さな声を聞き逃さなかった。
ビュンッ!!
火傷跡の男が沙悟浄に向かって、飛んで来た瞬間に鎌を大きく振った。
沙悟浄は近くにあった槍を取り、攻撃を受け止めた。
キィィィン!!
「テメェ、何で丁の名前を出した。」
「あれ?何、怒ったの?」
「良いから、答えろ!!」
嫌な予感がした。
俺の予感と違う言葉を言ってくれ。
「目の前にいるだろ?生まれ変わった丁が。」
牛魔王の言葉を聞いて、俺は再び火傷跡の男に視線を向けた。
繋ぎ合わされた縫い目、沢山の火傷の跡。
「嘘だろ…?丁、なのか?」
俺がそう言うと、ゆっくりと火傷跡の男が振り返えった。
そこにいたのは俺の知らない丁の姿で、人間の姿をしていた。
「テメェ、丁に何したんだ。」
俺の中の何かが、音を立てて切れた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!